姉さん、大変なことになりました(上)
「……森部やめるかなぁ」
昼。
アホみたいにでかいおにぎりと格闘していた小森の耳に入ったのは、相棒のこんな呟きだった。
「なななな何つった今!?」
「うおっ、やめろよ!んな乱暴にしたら、俺のブルガリアヨーグルトが悲劇の最期を迎えるじゃねーか!」
いきなり掴みかかってきた小森を相棒こと啓介は、心底ウザそうにはねのける。
只今マイブームのヨーグルト。このバカのせいで台無しにされてはかなわない。
「ヨーグルトなんぞどうでもいい!それより今、森部やめようとか言わなかったか?!」
「言った。」
他人の独り言聞いて一人で勝手に盛り上がってんじゃねぇよ、と思いつつ啓介はさらりと答える。
「NO!!物語冒頭から不吉な事いってんじゃねー!」
「あ?物語って何の話だよ……まぁそれは置いといて、だ。そろそろお前とも話し合おうと思ってたんだけど」
「な、何だよ」
珍しく真剣な眼差しの啓介を前に、思わず姿勢を正す小森。
「そのタラコにぎりくれ」
真剣に見てたのはおにぎりかよ!!
真面目な話の最中におにぎりかよ!とかイチゴヨーグルトとおにぎり一緒に食べるってありえなくね?とか色々ツッコみたいのをグッっとこらえて、小森は素直におにぎりを渡す。
啓介のマイペースっぷりは今に始まった事ではない。これくらいの事でツッコミ入れるなんて時間の無駄だ。
春日家自慢の特大おにぎり(※母親が不器用でこの大きさしか作れない)を嬉しそうに食べること4分半、再び──先ほどより3割減だが──真剣な顔をした啓介に、小森はやはり先ほどの3割減姿勢を正した状態で聞きモードに入った。
「いや、お前と話し合おうと思ってたのはおにぎりの交渉じゃなくてだな、」
「わかってる。いいから早く話せ」
「タラコの焼きが甘かったとおばさんに言っ」
「早く話せ」
「…………」
「早く!」
「……あんま認めたくないんだけどさ、
森部って
存在価値無くねぇ?」
森部──『チーム☆森鴎外』は前述の通り、人助けを目的とした部活動である。
決して文学作家研究サークルではない。小森の名前と啓介の苗字である櫻外を組み合わせた結果、この様な名前に落ち着いただけだ。
所属部員は設立者の二人のみ。部員常時募集中ではあるものの、なかなか入りたいという生徒が居ないのが悲しいかな現実で……。
その理由は明白だ。
漫画やドラマの世界と違い、平凡な学校には事件は早々転がっていない。
学園は至って平和、大活躍出来るような事件にお目にかかれる機会が少ない現状だったり。
加えて部員二人のステータス。
春日小森は、恵まれた運動能力以外は至って普通。しかも変人。
櫻外啓介は、抜群のルックスと手先の器用さ以外は至って普通。しかも変人。
つまり頭脳方面が著しく欠けている。成績が悪い訳ではないものの、普段の行動からはあまり知性は感じられない。変人だし。
そんな二人に難しい事を頼む人もいなく、来る依頼といえば
「春日ー、今度の試合助っ人頼むわ」
「おーい、これ放課後までに資料室に運んどいてくれ」
「櫻外くん、今度の日曜日映画に付き合って☆」
こんな感じ。
ぶっちゃけ良い様に雑務を押し付けられてるだけだ。
設立から半年、正義の味方を夢見て始動された森部は今や完全に雑用部と化していた。
ヒーローマニアの啓介にとって、これは大変嘆かわしい事だろう。
なんせ仕事の大半が、女の子とのデート。
ヒーローらしさ0。
価値を見い出せないのも無理はない。
薄々感づいていた啓介の爆弾発言に、小森は戸惑っていた。
コイツ、俺の頭を何度もかすめては気のせいだと打ち消してきた考えを、こうもあっさりと言いやがって……!!
言葉というのは生きているのだ。口に出せばそれが真実になりうる。
世の中には言ってはいけない言葉があるのだと。
だから今、小森は自分の言葉で真実を紡がねばならない。
「よし、辞めるか 森部」
それはゲーム機のリセットボタンよろしく清々しく、かつ今までの努力を全て無にする虚しさ爆発の素敵な魔法の呪文だった。