第二話
本格的に日が傾き、路地裏には冷たい風が吹いていた。
電柱の外灯がポツポツと点灯を始め、東の空には星も見え始めている。
礼二はボロ雑巾のようにぐったりとした裕平を壁際に転がし、自分のカバンを誠から受け取った。
「お前ら、もう行くぞ」
昭成と誠が、後ろからヒョコヒョコと付いてくる。
つまらない、どうでもいい世界。
その、どうでもいい世界にいる、つまらない人間。
礼二にとって、その代表が『入野裕平』だ。
これといって理由は無いが、生理的に嫌いだとでも言えばいいのだろうか。
大人しく、クラスでも目立たない存在のはずの裕平だが、なぜか妙に、その存在が許せないのだ。
礼二の家は、かなりの資産家だ。
高校にも多額の寄付金をしているため、何をやっても退学にはならない。
教師は全員、腫れ物に触るかのように接してくるし、金にだって困っていない。
不良と一緒にバカをやっても、優秀な兄と弟がいるため、親さえも見捨てていた。
そんな礼二に取って、人間とはゴミだった。
ただ世界に寄生しているだけのくらだらない生き物。
それが人間であり、全世界のゴミだ。
そして祐平はその象徴で、生きているだけでくだらないゴミの代表だった。
こんなヤツは早く死ねばいいんだと、物騒なことを考える。
カツ。
靴音を立てて、ぐったりとした裕平の視線の先に人影が現れた。
目を細めても、夕日が眩しくて全貌まではよく見えない。
「ねーねー、これ三対一?!」
この場の緊迫した空気に似合わない能天気な声に、礼二、昭成、誠の三人が一斉に振り返った。
一体、どこから現れたのだろうか。
その青年はまるで、ふっと沸いたかのように姿を現した。
自分達と同じくらいの年齢の、茶髪に長身の青年だ。
細身に見えるが腕まくりをした肘から下の筋骨は隆々としていて、少し長めの前髪からは、形の良い切れ長のブラウンの瞳がキラリと輝いている。
だが、服装が妙だった。
一見、制服にも見えるが、派手に改良してあってコスプレみたいだ。
「なんだ、おめー」
礼二の太い眉が、怪訝そうに跳ね上がる。
それじゃなくてもイラついているのに、もっとも不愉快な『イケメンくん』というヤツだ。
「いやさ、三対一なら加勢してもいいかなって思って。俺、こういうの見ると、ちょい血が騒ぐんだよね」
青年が、爽やかな笑顔を作る。
礼二が、ばさっとカバンを地面の端に投げた。
ボキボキと指を鳴らして威嚇する。
「昭成、誠、やるぞ」
「「え?」」
二人が同時に顔を見合わせた。
「これで三対二だな。どうする?こっちも一人減らしてやろうか?」
三対二と言っても、裕平なんか使い物にならない。
彼は、まだ壁にもたれかかったままぐったりとしていて、生きているのか死んでいるのか、分からないくらい無反応だ。
事実上、三対一。
それでも、挑んでくるという事は、腕に自信がある証拠だった。
青年が一笑する。
嫌味っぽさはないが、あまりの好青年な雰囲気に礼二の苛立ちが頂点に達する。
「どうせ、そっちの部が悪くなったら加勢するんでしょ?だったら、始めから参加でOK」
礼二の顔が、ピクピクと引きつった。
「上等だな」
と、固く拳を握り締める。