第一話
ガツ!
頬を殴られ、裕平はアスファルトの上に転倒した。
人通りの少ない路地裏。
明かりは乏しく、仄かに浮かび上がる顔は、苦悶の表情だ。
殴った少年が、倒れている少年のカバンを漁る。
「お、まったコイツ、こんなに持ってるぜ」
財布から札を抜き取り、乱暴に、カバンを少年の体に叩きつけるように返した。
「昭成と誠に、二千円づつ。残りの五千円は俺な」
多少不公平な分配だがニヤケ顔で受け取る二人の少年は、楽しそうに倒れている少年に手を振っている。
「いつもいつも、俺たちにお小遣いあんがとねー」
「いやー、悪いねぇ。入野くん」
入野裕平は、冷たい壁に寄りかかったまま、視点の定まらない瞳で大柄な少年を見上げている。
関口礼二は、その裕平の抵抗するワケでもない、無気力な態度に再びイラっとした。
始めのうちは「止めてくれ」とか「金ならあげるから」など、泣きながらも叫んでいたのに、最近は黙って殴られる一方だ。
礼二にとってイジメとは――――、無力なものが無駄な抵抗をするから楽しいのであって、人形のようにただ黙って殴られているヤツを構ってもつまらない。
ぐったりとした祐平の胸倉を掴み、ぺっと顔に唾を吐く。
「お前さ、生きてて楽しいの?」
その無慈悲な質問に、裕平は答えなかった。
どうせ、何か言い返せば、更に殴られる。
だから痛いと顔を顰める事もなく、無表情に徹するしかない。
礼二の不良グループが、裕平をイジメのターゲットにしたのは高校に入学してから間もない頃だ。
始めは、休み時間の使い走り。
その内、機嫌が悪くなると殴るようになった。
持ち金が無いと言ってはカツアゲされる。
出さなかったら、精神的な苦痛を伴うイジメをされた。
礼二は体格が良く、気性が激しくて近所の不良仲間とも繋がりがある。
下手に反抗したら、界隈を歩くことさえできなくなる。
裕平は、このまま地獄のような日々を送りたくは無かったが、卒業するまでの辛抱だ、と諦めていた。
学校が変われば飽きるだろう。
だから、それまで我慢するしかない。
クラスメイトは、自分達に火の粉がかからないように見てみぬふりをしていた。
先生たちも、面倒くさそうに知らないふりをしている。
「お前さ、もう死んじゃえよ」
礼二が、ぐったりとした裕平に向けて拳を握った。
さすがに、昭成と誠がギョッと目を剥く。
ガッツーーーーーン!!
頬を殴打され、目の前に星が散った。
裕平の眼鏡が壊れて吹き飛んだ。
「お、おい。礼二、やり過ぎだってば」
「まずいよ、通報されるぞ?」
裕平の口元から、紅い糸が垂れ下がる。
口の中が、じゃりじゃりして、錆びた鉄の味がした。
「俺、コイツ見てると、無性にイラつくんだ。ほんと、いらねーヤツって感じでさ」
殴った礼二は、しれっとしている。
昭成と誠は顔を見合わせて、肩を竦めた。
祐平の頬は赤を通り越して紫に腫れ、完全に視点が合っていない。