第五話
本当は、自分だって、こんな姿に生まれたくなかった。
同級生にはイジメられ、親や兄貴には遠慮をし、ビクビクしながら生きている人生なんてゴメンだった。
なれるものなら。
こっちの世界でも、現実の世界でも霧谷龍樹になりたかった。
龍樹は【Electric World】の英雄であり、同時に裕平にとっての英雄でもある。
それが、龍樹という存在なのだ。
だが、それは、あくまでもネットワークゲームの中の存在であり、たかだかデータ=遊びの履歴だ。
ゲームのサービスが終了してしまえば、同時に龍樹も消える。
そうなったら、何もかもオシマイだ。
ゲームというものには簡単な【死】というものが待っている。
もちろん、このゲームが直ぐに終了する事はない。
人気があるネットワークゲームは、どこも十年以上続いている。
【Electric World】は、まだサービスが開始してから一年しか経っていない。
運営会社も大手だし、接続人数も日本最大級だと言われている。
ボイスチャットによる翻訳のシステムが搭載されれば、世界十二カ国で同時接続が可能になるという噂もあった。
ネットワークゲームは、開始してから何年か経つと接続人数が激減し、社会人になったり他のゲームに移ったりしてプレイヤー達が消えていく。
その問題を解消する為に、いくつかのサーバーを統合したりして対処するのだが、それを世界規模でやろうという計画だ。
そうなったら、ゲームの中で国家規模の戦争が起こる。
もしくは、違う国の人たちと徒党を組んで暴れまわれるのだ。
その、今までになかったような機能が実装されるという噂が広まった為【Electric World】は予想以上のプレイヤー数を獲得している。
だが、同時に社会現象になるまでの問題も引き起こしていた。
それは【廃人】の量産だ。
『廃人』はネットゲーム廃人の略で、一種の病気である。
ネットワーク廃人とも呼ばれ、学校にも行かず仕事もせずに毎日家に閉じこもって、ひたすらゲームで遊び続けるという類の人間が【Electric World】の世界には溢れていた。
廃人ニートとは、通常、ダメ人間の象徴であるが、裕平は、そんな人たちが羨ましかった。
社会人や所帯のある人に比べれば遥かに接続時間が長いが、それでも足りないくらいゲームの中でやりたい事がある。
放課後と学校が休日の時間だけでは足りない。
もっと龍樹をプレイしたい。
もっと、龍樹でありたい。
と。
現実の世界は嫌いだ。
つまらないし、最低だ。
学校は虐められに行っているようなものだし、両親は兄ばかり可愛がっている。
自分はいらない子。
現実の世界では、必要の無い存在なのだ。
バタン。と、扉が閉まる音がした。
兄が出て行ったらしい。
龍樹は、脱衣所から自分の部屋に戻った。
ボイスチャットをオンにして、キャラクターを動かす。
みんなが、待ってました! と、パーティ勧誘を飛ばしてきた。
龍樹:≪そんな、何個も入れないって。いいか、狩りに行くパーティと巡回に行くパーティに振り分けるから。今夜は、交替で【血の契約】を追いかけるぞ≫
≪≪≪了解~!≫≫≫
≪そうこなくっちゃー!≫
元気良く、目の前のキャラクター達が飛び跳ねる。
龍樹は大勢の仲間に囲まれながら、アジトを後にした――――。