第四話
龍樹:≪んじゃ、ちょい巡回すっかな≫
ミッキーナ:≪え?!んじゃ、あたいも行く~!!≫
泰造:≪俺も≫
シュン:≪みんな、ずりーぞ! 僕も行く!≫
ミッキーナ:≪あら、カレンちゃんはいいの?≫
シュン:≪よくはないけど、たっちゃんと巡回行きたいし!≫
俺も、自分もと、途端にギルドチャットが賑やかになった。
龍樹:≪おいおい、三十人で巡回したら、一生、あいつらアジトから出てこないぞ≫
と苦笑する。
龍樹の職は、ファイターだった。
前衛職と呼ばれ装備はナックルで、戦闘は肉弾戦だ。
このゲームは、他にも五つの職があり、それぞれ特化した性能と装備がある。
プレイヤー達は、その職性能を最大限に応用して操作を行っていた。
そして、プレイヤーの技能次第で、その操作の腕が歴然と変わるのも【Electric World】の特徴だ。
同じ最強の装備を揃えてしまうと、キャラクターの強さが横並びをしてしまうゲームとは、まったく異なる。
あくまでも中身の勝負。
それが、このゲームがネットゲームランキング常時一番人気を誇る最大の理由だった。
シュン:≪あいつらって、絶対、レベルや人数が同等の時は、ガン逃げすんだよな≫
と、シュンが怒りの声をあげる。
UUJ:≪んだな。よほど腕に自信が無いんだろうな。可哀想なヤツらだよ≫
と、UUJが茶化した。
ガン逃げとは、敵の姿を見かけただけで逃げる行為。
あくまでも無理をせず、確実に倒せる相手だけを狙うのも、一つのプレイスタイルだ。
たかがゲームの世界。
だが、されどゲームの世界。
そこには立派な社会というものが成立していて正義や悪も出来上がっていた。
そして、ギルドには横のつながりというものもあり、政治的要素も孕んで構築されていく。
龍樹は、そんな世界で、立派に【自分】という椅子を手に入れていた。
(あ・・・)
玄関が開いた音がする。
裕平は、賑やかなチャットを聞きながら、ヘッドセットを少しずらし耳を澄ました。
ガタッ。
物音がするのは居間の方向だ。
こっちの音が入らないように、慌ててマイクの音を消音にした。
本棚に置いてある時計をチラッとみる。
時刻は午後八時。
兄が、こんなに早く帰宅するのは珍しい。
裕平は、ちょっとリアルで用事ができたので席を外すと、キャラクターをアジトに放置してヘッドセットを頭から外した。
なんとなく。
楽しそうな会話や笑い声を一弥に聞かれたくなかった。
ゲームばかりしているのがバレたら、一弥は益々裕平を軽蔑するだろう。
裕平は、風呂に入るフリをして、こっそりと居間を覗いた。
視線に気がついた一弥が、探し物をする手を止める。
「……ちょい友達から借りたブルーレイを取りにきただけだから」
一弥はコートも着たままだ。
整理されたディスクの列から一枚を引き抜くと、ケースに入れて立ち上がる。
「今日は、泊まりで帰らない。内側からチェーンかけて寝ろよ」
裕平は、
「分かった」
と、小さく頷いた。
風呂場まで行ってホッと胸を撫で下ろす。
よし!
これで、今夜は眠たくなるまで遊び放題だ。
と、小さくガッツポーズを作った。
裕平にとってはEWの世界の方こそが、本当の自分の世界だった。
そこには、素直に自分を表現し、発言をし、誰にも抑制されないという自由がある。
それに、そんな、さらけ出した自分を認めてくれた仲間がいた。
だが――、
裕平は、洗面所の鏡に映った自分を覗き込んだ。
ボサボサの納まりの悪い黒髪、気の弱そうな童顔に、低い身長、弱々しい体格。
これが、現実の入野裕平。
真実の姿である。