第五話
その小さな少年は、自分の身の丈ほどありそうな長身の銃を構え、スコープで遠くに見える巨大な蟹を見ていた。
≪……あいつら邪魔≫
【ジリオン】に開通してもらった、パーティトークという特化音声チャンネルで、龍樹に話しかける。
おかげで、遠く離れていても音声が通じるようになった。
これはEWのパーティチャットに値する機能だ。
≪まあ、仕方ねぇよ。信じろって方が無理だろ≫
≪そりゃそうだけどさ。最大スキル撃っても障害物があると火力が落ちちゃうんだ≫
≪俺は、お前の腕を信じてるぜ≫
ランチョムと美寿々の重なった心臓がトクンと鳴った。
絶対に、龍樹には見られたくない顔をしているのが自分でも分かる。
頬が、かーっと熱くなり鼓動が早く打ち出したのを感じた。
だめだ。
落ち着け!
頭をふって邪念を払う。
スナイパーに必要とされるのは冷静沈着な判断とニヒルな姿勢だ。
≪俺たちは、ビッグ・クラブの体力が残り十%を切るタイミングで同時攻撃をすればいい≫
その合図は、口から溢れ出す黄色い泡だ。
EWの中では、もう何度も倒している。
だが、いくら英雄だと言っても、たった二名の討伐は始めてだった。
≪……あいつらが邪魔しなければいいけどね≫
≪やる前から失敗する事を考えるな。大丈夫。俺たちならやれる≫
≪……≫
ランチョムがカチャリと流星銃を構える。
待機しているのは、少し離れたマンションの屋上だ。
ビッグ・クラブを囲んでいる自衛隊の位置と、龍樹が立っている位置を考えて少し場所を移動する。
通常のライフル銃では、ありえない射程距離だが、流星銃なら弾が届く範囲だ。
いや、正確に言うと撃つのは銃弾ではない。
英雄だけが使える、スナイパー最強の必殺攻撃を撃ち込む予定である。
≪ボクは、あなたの指示に従うだけです。リーダー≫
EWの世界では、まともに会話をした事もパーティを組んだ事もなかったのに。
まさかこの世界で――、この現実の世界でパーティを組むなんて思ってもみなかった。
ランチョムにとっても龍樹は憧れの存在だ。
その龍樹とのミッションを失敗させるワケにはいかない。
ビッグ・クラブが元の姿に戻った。
相変わらず自衛隊の砲撃は止まない。
HPが、削られていく。
五分……十分……十五分……。
僅かずつだが、ダメージが蓄積されていった。
ビッグ・クラブが黄色い泡を吐き出した。
≪よし、行くぞ!ランチョム!!≫
龍樹がスキルの詠唱を始める。
「なっ、何だ?!」
大東は空を見上げた。
雨雲など見当たらないのに、雷鳴が鳴り始める。
「【ビッグ・サンダー・アタック】です! 隊長、攻撃をストップさせて下さい!!」
「は、はあ?!」
隊員が、放心状態の大東から拡声器を奪った。
喉が張り裂けそうなくらい大声で叫ぶ。
「攻撃止めーーーーーーーーーーっ!!」
上空から地上へと稲妻が走った。
「あ、あああああっ」
大東が口をパクパクとさせた。
稲妻が、龍樹の体に降りていく。
≪ビッグ・サンダー・アタック!!≫
青年が、装甲車の屋根を蹴り上げ、蟹に向かって一直線に飛んだ。
≪フェニックス・ボンバー≫
同時に、流星銃から巨大な火の玉が放射される。
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
大きな蟹の化け物が爆炎を上げた。
真っ黒な煙を上げて、ピタリと動きを止める。
「……」
大東は、金縛りにあったかのように動かない。
プスプスと動かない蟹の化け物の前に、あの茶髪の青年が立っていた。
普通なら、まともなら、あの爆発に巻き込まれているはずだ。
だが、青年はダメージを微塵も感じさせない爽やかな笑顔を浮かべている。
「ミッション、クリア」
呆気に取られている自衛隊の中を、龍樹は悠然と歩いていた。
ビッグ・クラブの死体が、点滅を繰り返した後、消えていく。
「あ……ありえんだろ」
と、大東が頬をつねる。
こんな事を認めるわけにはいかなかった。
非現実過ぎる。
説明がつかない。
ありえない。
――――冗談じゃない。
「隊長……大丈夫ですか?」
「……俺は疲れているのか?」
「いいえ。これは現実です。俺も説明なんかできないけど。でも……」
若い隊員が龍樹の背中をじっと見詰めた。
「彼は英雄なんです。恐らく、この世界でも――――」
青年の後姿が見えなくなるまで見送る。
英雄――――それが、何を指し示すものなのか。
今の大東には、理解する事が出来なかった。