第四話
「今だ!一斉掃射始め!!」
ダダダダダダダダダダッ!!
ドッカーーーーーーン!!
掛け声と共に、いくつもの弾丸が飛び交った。
機関銃、バズーカー砲、小型ミサイル。
戦争並の特殊火器が使用されているのは、拳銃やライフル銃では、かすり傷も負わせる事が出来ないからだ。
材質不明、目的不明、正体不明、何もかも不明の未確認物体は、口と思われる穴から火炎放射をして応戦している。
「うわああっ!!」
ドッカーーーーーーーーン!!
五対十本生えている足の一つが、装甲車を踏み潰した。
巨大な火の柱が爆煙と共に上がる。
まるでリアル怪獣映画。
特撮と呼ばれているスクリーンから、抜け出してきたかのような間抜けな光景だ。
その物体は『蟹』の形をしていた。
まるで、カニ料理で有名な店の看板を真似して、ふざけて造ったかのような姿をしている。
体は黒く光ったメタリック。
見るからにロボットだ。
だが、それは人工知能で動かしているのか、それとも誰かが操作をしているのかの判断もつかない。
身長は五メートルくらいある。
横幅は甲羅と巨大なハサミで、その倍はあるだろう。
とても正気の沙汰とは思えない光景だが、自衛隊は『蟹』を相手に苦戦を強いられていた。
「隊長! また、球体に戻りました……」
若い隊員が、涙声で通信してくる。
なぜか……巨大な蟹は、ある一定のダメージが加わると巨大なボーリングのような球状に変化するという行為を繰り返していた。
こんな不可解な出来事が起こったのは、昨日の夕刻からだ。
突然、犬や鳥が人を襲いだし、なんとか倒すと、それはロボットのようなものでできていて、しかも倒すと跡形もなく消えてしまう。
大東幸義は、このふざけた惨状がまったく笑えなかった。
自衛隊に所属してもう十五年が経つが、こんな珍事は初めてだ。
しかも、なぜか外部とまったく連絡が取れない。
電話もネットもつながらない現状で出動したのは自己判断だった。
始めは、自分の頭がイカれたのだと思った。
頭の上には、目を持った奇妙な月が浮かんでいる。
おかしいのは、それだけではない。
何もかもが、おかしかった。
まず、S区から出られない。
道路は遮断され、壁のようなもので塞がれている。
まるで空間が切り取られたかのように、S区から逃げ出すこともできないのだ。
大東の隊は夕べ出動命令が下され、そのまま居残る形となった。
他の隊も出動しているはずだが、連絡が取れないので合流することもできない。
既に怪我を負った隊員は三十名近く。
そのうち五名は重傷だ。
死亡者こそまだ出ていないが、時間の経過と共に被害は拡大していく一方だった。
「一体、何なんだあいつは!!」
と、イライラ混じりに思わず怒鳴ってしまう。
いくら攻撃をしても倒せない。
それどころか、口から火を吐いたり手からビーム光線のようなものを発射したり大暴れだ。
球状に戻ると一切の攻撃を止める。
だが、それも小休止程度で、五分も経たないうちに蟹の姿に戻ってしまうのだ。
隊員達の疲労もたまってきている。
これと言って対応策もない現状、彼らは、いつ壊れるかわからない――いや、倒せるのかも分からないもの相手に、延々と攻撃を続けていた。
「撃てー!撃て!撃て!撃てー!」
大東には、もうそれしか言う事がない。
その攻撃の合間を抜けるように、ヒラリと人影が舞い降りた。
「あー、ダメダメ!今、攻撃しても弾の無駄だ」
隊員達が、一斉に見上げる。
その少年は、銃機器を積んだ特殊装甲車の上に立っていた。
「はあ?!何やってんだ、あのガキは!!」
と、大東は口をあんぐりと開けた。
背は高いが、横顔は、どうみても子供。
まだ高校生くらいの青年だ。
しかも茶髪に遊んで作ったかのようなふざけたガクラン姿で、両手にはトゲの付いたナックルをはめている。
どう見ても、アニメに影響されたコスプレにしか見えなかった。
もしくは気が狂ったアホだ。
「君!今すぐ、そこから降りなさい!!」
大東は、すぐさま拡声器を手に持ち張り叫んだ。
こっちは遊びでやってるんだじゃないんだ。
命がかかってるんだ! と、ゴツイ顔で睨みをきかす。
青年――霧谷龍樹は、振り返るとニコリと笑顔で答えた。
「あなたが隊長?」
「とにかく、そこから降りなさい!ここは危険だ。直ぐに避難を!」
できるだけ諭すように声の質を変える。
だが龍樹は、聞く耳を持たない。
「あいつは、今【回復】をしている。体力が一定の数値まで下がると、ああやって戻すんだよ」
「な、なにぃ?!」
あの青年は、この化け物を知っているのか?
大東が太い眉を眉間に寄せる。
例えそうでも、こんな子供を戦場に置いておくわけにはいかない。
「今度、体力が下がったら【俺たち】が最大のスキルで止めを刺す。そっちは、攻撃を止めてくれ」
もはや、何を言っているのかも理解不能だ。
いや、何を言っているのかは分かっている。
かなりふざけた指示だ。
この状況で自衛隊が突然現れた青年の指示に従うなど、馬鹿げている。
それに、これじゃ、まるでゲームだ。
何が体力だ。
何がスキルだ。
大東が、怒りで体を震わせる。
こんな子供のたわ言に付き合っている暇は無い。
「隊長、どういたしますか?!」
年若い隊員が大東に近寄ってくる。
「子供は無視しろ。今はかまっている暇が無い」
「いや……ですが……」
なぜか、隊員の口調が歯切れ悪い。
「俺も……同じ事を思っていたんです」
「はあ?!」
大東が間抜けな視線を返した。
まだ若いが彼も立派な自衛隊の隊員だ。
その青年が、大真面目で口答えしてきた。
「お言葉ですが隊長、俺も、あの青年と同じ意見です。あいつは、今回復をしているんじゃないかって思うんです」
「お前……何を言ってるのか……」
「分かっています。俺は十分に正気です。でも、あまりにも自分が知っているものに似ているんです」
「一体、何に似ているというんだ?」
「最近、非番の日に遊んでいるネットワークゲームのモンスターです。同じ仕様かどうかまでは分かりませんが、姿と攻撃スタイルはそっくりです」
大東は開いた口が塞がらない。
「それに……彼も似てるんです」
と、隊員が茶髪の青年を見上げた。
「マイマスター、霧谷龍樹に……」