第三話
S区は、完全に現実の世界から孤立していた。
一画面が切り取られるように、【現実】として成立していなかった。
処理を行ったのは、この世界を管理するマスターコンピュータ【ジリオン】だ。
ジリオンは【Electric World】と融合してしまった【現実】の世界を、隔離したのである。
どうして、そんなことができたのか?
その理由は、祐平たちの住む世界。
そこもまた、コンピュータが作り出した仮想空間だったからだ。
地球は氷河期を迎えている。
ケイに、そう説明をされた時、祐平は何のことだかわっぱり分からなかった。
美寿々も同様、ポカンとしたままだった。
氷河期が訪れた原因は、地球規模の核戦争だ。
爆発によって巻き上げられた灰や微粒子により、日光が遮られたためである。
地上は、放射能を帯びた死の灰が蔓延し、とても生物が住める環境ではなくなってしまった。
だが戦争で生き残った僅かな人類は、諦めずに地下凍結の施設を作った。
人類は、生きながら地下で眠っているのである。
そして、生命の誕生から【夢】までをコンピュータが管理している。
【現実】は、みんなが見ている共通の夢であり、凍結したまま延命させる処理の一つだ。
そして、事件は起こった。
【Electric World】の管理サーバーに侵入してきたハッカーが、【ジリオン】のファイヤーウォールまで突き破ってしまったのだ。
結果、二つの仮想空間は混合し、まともではない空間を作り出した。
住人にとっては異世界だが、どちらも真実の世界ではなかったのである。
現在、ジリオンは、フル稼働でプログラミングの修復作業をしている。
だが、厄介なのは、この一連の事件で命を落としたものを再生することができないということだ。
ゲームの中では簡単な【死】が訪れる。
それは蘇生の呪文やアイテムで復活させることのできる【偽りの死】だ。
だが、現実の世界と融合してしまった今、蘇生の呪文やアイテムでの復活は不可能だった。
HPが0になってしまえば、人間でもキャラクターでも死が公平に訪れてしまうのだ。
「だから、死なないように気をつけてくださいねぇ」
ケイに言われ、龍樹もランチョムも身を引き締めた。
この世界に回復アイテムを売る道具屋はないし、まだ回復をしてくれるトルーパーも見つからない。
死んだら、本物の死がやってくる。
それは彼らに取って、非常に過酷な宣告だった。
「……くっそぉ。処理しても、全然追いつかないですねぇ」
湧き出したモンスターの群れを見て、弱音を吐いたのはUUJだ。
避難してくる住人たちを襲わないように、学校の周りのモンスターを駆除しているがキリがない。
ケイの話によると、S区に住む半分近くの住人はモンスターに襲われ命を落としているとのことだった。
EWのキャラクターと融合した者ならモンスターに襲われても生き延びることができるが、一般の人々は無残に殺されてしまうのである。
「ケイ、セーブポイントをもっと増やせないか?」
ケイが、小首を傾げてうーん唸りながら眼鏡をいじる。
「ジリオンも今、手一杯で、三箇所以上は増やせないみたい」
「そうか……」
街中で、何百人もの死体を見た。
どれも無残な死に方だった。
かみ殺されたり、引き裂かれたりする他に、スキルを使われて焼け焦げになった者もいる。
モンスターからすれば、一般の人間が雑魚キャラなのだ。
「うっわー、やっばぁ……」
「どうした? ケイ」
「またレイドがポップしちゃいましたぁ。んで、S区の自衛隊が出動しちゃったみたいですぅ。本当はこういう時の為の緊急プログラムが発動されるんだけど、あーダメですぅ。完全にぶっ壊されましたぁ」
ハッカーが送った【ウイルス】は、今も活動をしている。
そして、ケイたちウイルス駆除システムがフル稼働しても、システム深く潜ってしまったウイルスは潜み続け破壊を行っていた。
「なら俺が行く。どうせ入野祐平じゃ何もできないし。ケイは【サーチ】作業に専念してくれよ」
龍樹が、ケイの肩をポンと叩く。
ケイがコクンと頷いた。
「わかりましたぁ。祐平さんにお任せしますぅ。でも一人じゃ厳しいと思うのでランチョムさんと合流してくださいねぇ」
今度は龍樹が頷く番だ。
「ここは任せて! 俺、頑張るよ」
「頼んだぞ」
UUJを残して、町を駆け抜ける。
奇妙な月の下、モンスターの遠吠えを聞きながら龍樹は疾走した。