第二話
その苦痛の声が聞こえてきたのは、礼二が蹲った前方だ。
そして次に訪れるはずの衝撃がこない。
礼二は恐る恐る目を開け、視界に広がる光景を見て目を疑った。
「くっ……龍樹さん……なんで?」
そう呟いたのは、チェーンソーを持っている男だ。
その【なんで】は、なんで止めるのかというなんでと、なんでここにいるのかの両方の意味合いだった。
龍樹の放ったスピード・パンチでバーストスクリューはキャンセルされ、代わりに男の顔に龍樹の拳がめり込んでいる。
「【血の契約】みてーな、ショボイことやってんじゃねーよ」
青い髪の男が、後方に吹っ飛んだ。
どーんという地響きを立てて、巨体が仰向けになる。
「すみません。俺……本当はコイツを襲おうなんて思ってなかったんです。でも姿を見たらUUJが暴走しちゃって……」
男が、起き上がった。
だがさほどまでの鬼気が、まったく感じ取れない。
厳つい大男が、借りてきた猫のように大人しくなっている。
「ああ、わかるよ。合体するとやけにハイテンションになるよな」
龍樹が爽やかな笑顔でハハっと笑う。
「でも、それと人殺しは別だ。お前だって生身の体がそん中入ってんだろ?」
「は……はい」
「俺たちの敵はモンスターだ。人間じゃねぇ。人手が足りねーんだ。お前もさっさと手伝え」
「手伝うって……あの、今更なんですけど、これってどういうことなんでしょう? 昼過ぎに空がおかしいって気づいたら、突然UUJが現れて俺、パニくっちゃって……気が付いたら同化したまま町をうろついちゃってたんです」
「あー、うん。そうだな。そこらの質問は、この巨乳に聞いてくれ」
「……巨乳?」
龍樹の後ろから現れたのは、メイドの格好をした奇妙な女の子だ。
「ちょっとぉ、巨乳って呼ぶのやめてくれませんかぁ? 私、一応、開発コードで呼んでくれって言ったじゃないですかぁ」
「……悪ぃ。あんまり長ったらしいので覚えらんねー」
女の子がプンスカと怒る。
「じゃあいいですよ。頭文字をとってKちゃんとでも呼んで下さい」
ケイが眼鏡をくいっと正しながら、UUJに笑顔を向ける。
UUJは、間抜けな顔をしたままポカンとケイを見つめていた。
「私は、この世界の掃除屋なんデース。ちょーっと不都合な事故が起きまして、ゲームの世界と現実の世界がごちゃごちゃになってますけど、そこら辺は気にしないで下さ~い」
「気にするなって……無理でしょう」
と、UUJは苦笑いだ。
「えっとぉ、この先の高校を【セーブポイント】にしました。UUJさんなら、その意味、分かりますよねぇ?」
「ダンジョンの中に作る、仮りの安全地帯?」
ケイが嬉しそうに中指を立てた。
「そうそう! 安全地帯ですぅ。その中にはモンスターが入ってこられないように全力で守ってますので、UUJさんも一般人の方々を誘導してあげてください」
龍樹が、UUJの肩にポンと手を置く。
「って、ことだ。まあ、詳しい話しは後っつーことで。とりあえず、俺はできるだけ仲間と合流しにいってくるぜ」
「合流って……まだ他にもいんの?」
「ケイの話しだと、ランダムに出現しているらしい。ちなみにおかしいのはS区周辺だけだ」
「んじゃ……世界が全部おかしいわけじゃないんだ」
「今んとこはな。でも、もしかしたら広がる可能性はある。今、全国に散らばったユーザーをケイの仲間が集めている。高レベルで力になりそうなヤツららしい」
「……分かったよ」
龍樹が、くるりと後ろを振り返った。
そこには、まだ地面に蹲ったままの礼二がいる。
「あんたも生き延びたいなら避難しな」
礼二がぐしゃぐしゃになった顔で龍樹を見上げる。
「なぜ……俺を助けた」
UUJが悔しそうに拳を握った。
「仲間が人間に手をかけるのを見過ごすわけにはいかないだろ。でもね、誤解すんなよ。俺は、あんたが勝手に野垂れ死にすんのは構わないんだ」
三人が視界の先に消えていく。
礼二は蹲ったまま、しばらくその場から動けなかった。