第五話
パーーーーーーーン。と弾けたような音が屋上に響く。
同時に、昭成が「ぎゃあっ」という悲鳴を上げて祐平を掴んでいた手を離した。
「どうした? 昭成?」
誠が慌てて、昭成の顔を覗きこむ。
昭成は細い目に薄っすらと涙を浮かべながら右手を押さえていた。
「痛ってぇ。なんだこりゃ」
昭成の手の甲が腫れている。
思い切り何かで叩いたかのように、真っ赤になっていた。
「てめえ、昭成に何やった?!」
今度は誠に胸倉を捕まれた。
身に覚えのない祐平は、首を横に振ることしかできない。
「し……知らない。僕は何もしてない」
誠が、祐平を殴ろうと拳を振り上げる。
そのタイミングで、再びパーンという乾いた音が鳴り響く。
「……ったぁ。く、くっそー。なんのからくりだ?!」
誠も手を離した。
痛みで、眉間に深い皺を寄せている。
「僕じゃない……僕じゃ……」
何かが弾けたような乾いた音。
まるで……銃声だ。
祐平は、辺りに視線を巡らせた。
さっきまでいた美寿々の姿がどこにもなかった。
パーン!
音と共に、誠が床に倒れてのた打ち回る。
「ぐわあああっ」
放心状態だった昭成も周りをキョロキョロしている。
パーン!
「い、痛ってぇぇぇぇ!」
昭成が必死に背中を押さえている。
今度こそ、祐平は理解した。
誰かが、背中から狙い撃ったとしか思えない。
だが、何を?
誰が?
屋上には、二人のうめき声しか聞こえない。
背中につーっと嫌な汗が滴り落ちた。
コンクリートでできた屋上の床に、小さな頭の影がぴょこんと飛び出す。
「ボク、こういうの嫌いなんだよね」
その声は、鈴の音のような高くクールな響きだった。
まだ変声期前の、幼い子供の声だ。
みんなが一斉に、声のする方向へと顔を向けた。
屋上に設置されている給水タンクの上に、小さな影が映っていた。
「こ……子供?!」
昭成が半疑問系で語尾を上げる。
まさしく子供だ。
だが、ここは高校の屋上である。
こんな、小学生のような小さな子供がいるはずがない。
それに――、あまりにも不振な容姿だ。
その子供は、ファンタジーの世界から抜け出してきたような衣装を着て、身の丈を越すほどの細身のライフルを抱えていた。
「な、なんだ!この子供!」
誠が、子供に向かって指を指した。
「今のは、火力を最低にした通常攻撃。でもね、これ、少し火力を上げただけで人間の体くらい簡単に壊せるんだよね」
少年が無邪気な笑顔を浮かべる。
「どーせ空気銃かなんかだろーが! そんなオモチャで人撃つなんて、なんて危ねーガキだ。おしおきしないとな!」
昭成が、子供を引きづり降ろそうと給水タンクの梯子によじ登った。
「子供だからって手加減しないぜ? むしろ、もう二度とナマイキな事をしないように教育してやるからな」
子供相手に、ボキボキと指を鳴らす。
少年は怖がる様子もなく、薄っすらと笑っていた。
「あはは。教育されるのは、あんたの方でしょ」
そして、呆れ顔でヤレヤレと溜息を吐く。
「そんな無防備に梯子を登ってきて。それじゃあ、上から撃って下さいと言ってるようなモンだよ、お兄さん」
皮肉たっぷりのセリフと共に、少年が昭成の額に銃口を突きつけた。
「てめー!撃ったら殺すからな!」
「殺す?あはは。いいね、最高。ボクを殺してみなよ。でも、その前に……」
子供の表情が一変する。
今までの無邪気な笑顔が消え、禍々しい笑いを浮かべた。
「ボクが、殺しちゃうかもよ?」
「ぐっ……」
子供のくせに、ぞっとする顔だ。
圧倒されて、昭成が梯子から慌てて飛び降りた。
「誠、このガキヤバイよ。目がイッてる」
「クソガキが!お前、そんなモン持ってるからっていい気になってんじゃねーぞ!!」
誠は、まだ威勢が良い。
だが昭成は震えていた。
「ま、誠、コイツに関わらない方がいい。コイツ、頭おかしいんだよ」
裕平は、呆然と子供を見上げている。
逆立った緑色の髪に琥珀色の瞳、小人のように小さい体、口調、声。
どれを取っても――、
「まさか【ランチョム】なのか?」
子供の動きが止まった。
視線を、昭成から裕平へと移す。
「どうして、ボクの名前を……」
やはりそうだ。
あの黒い上下の衣装はスナイパーの最強装備。
そして、子供が抱える銃は【流星銃】だ。
「止めろ、ランチョム。それ以上争ったら、本当に、この人間が死ぬぞ?!」
祐平が涙声で叫ぶ。
「ちっ。なんだかよくわからねーが。誠、行こうぜ」
昭成が誠の肩を掴んだ。
「マジ、こいつら気持ち悪りぃ」
そう言い残して、昭成と誠が階段を下りていく。