第二話
「お前さあ、半年前の英雄戦、覚えてるか?」
龍樹に問われ、祐平は頷いた。
それは初めて龍樹が英雄になった時の英雄バトルのことである。
それまで、ファイターの英雄は【時の風間】というキャラクターが君臨しており、向かうところ敵なしと言われていた。
時の風間は、とにかくレベルが高く、装備がいい。
いくら技術があっても超えられないくらい特出しており、ファイターをしている者はみな英雄になるのを諦めていた。
時の風間は、【ディジョン】というギルドのギルドマスターだった。
ディジョンは戦争で城を獲得していて、領土に様々な圧力を掛けていた。
税金の吊り上げから始まり、攻城戦に参加するギルドは敵対として戦争を仕掛けると脅し、気に入らないギルドを潰した。
横暴の限りを尽くしたディジョンは、まさにElectric Worldの覇者だった。
だが、龍樹は諦めなかった。
もっと住みよい、みんなが楽しく遊べる環境が欲しかった。
ディジョンの城を攻めると言い出すと、みんなから反対されたが、時の風間が持っている英雄スキルさえなくなれば落とせると思った。
そして、EW始まって以来の下克上が始まる。
龍樹は、英雄戦で時の風間を倒した。
初めての英雄落ちに、ディジョンの士気は乱れた。
ディジョンが持っている城に攻め入れば、ギルドが潰れるまで粘着すると言われたが、時の風間はあっけなく引退した。
英雄のいなくなったディジョンは、防衛に失敗をする。
シトロン率いる攻軍はディジョンから城を取り上げ、領土を平和に導いた。
龍樹が真の英雄視をされ始めたのは、この頃からだ。
領土狙いではないと、あえて他のギルドに管理を任せ、自分達は自由気ままにEWの世界を楽しむ集団にする。
たちまちシトロンはEWの世界の有名ギルドとなり、龍樹は憧れの英雄となっていった。
もちろんトラブルは耐えない。
まったく平和なゲームなど、面白みがないからだ。
それを理解した上での正義と悪がある。
龍樹が目指したのが、たまたま正義だっただけだ。
人を助けるのは楽しかった。
感謝されるのが嬉しかった。
現実の世界には、絶対にないものが、あそこにはあった。
努力すれば、願えば、どんどん思いが叶っていった。
「あの時の俺は、自分で言うのもなんだけど、カッコ良かった。すげー、男前ジャンって誇れた。だからさ祐平、お前がカッコ悪いこと言うなよ」
祐平が、嫌そうに目を細める。
そんなものは奇麗事だ。
人助けなんて、所詮、ゲームの中だからできたこと。
現実の世界で、そんなものを実行したらリスクが高すぎる。
それに、力もない。お金もない。権力もない。
他の人間に抵抗して、対抗するだけのものが、自分には何もない。
「違う……」
と、祐平が、小さく呟いた。
「違う! 違う! 違う!!」
叫びながら、龍樹の背中を押す。
「お前は、僕なんかじゃない! 違う人間だ! 僕じゃない!!」
「祐平……」
「僕は、弱い人間なんだ。これが僕なんだ。もう帰れ! お前なんかゲームの中でいきがってろ!!」
「……そっか」
龍樹が泣くように笑った。
触れていた場所の感覚が、すーっと消えていく。
「たつ……き?……」
まるで幻のように龍樹の姿が消えていく。
そしてテレビを消すように、ぷっつりと何もなくなった。
「嘘……だろ?!」
急いで自分の部屋に戻りパソコンを起動する。
ヘッドセットを装着し、【Electric World】を立ち上げた。
{Electric Worldにようこそ!}
その後に続くのは、
{それでは、まず始めにキャラクターの名前と職業を決めて下さい}
床にぐったりと膝を付く。
「は……ははっ……」
力なく笑いながら、ボロボロと涙を流した。
ゲームのキャラクターなんて、いくらでも作り直せる。
でも龍樹は二度と作れない。
そんな気がした。