第一話
祐平は、自宅に戻り自分の部屋に篭った。
龍樹と名乗る青年も一緒だ。
兄の一弥は外出中で家にはいない。
パソコンを起動させ、椅子に腰掛ける。
頭にヘッドセットを装着し、ディスプレイの壁紙に置いてあるアイコンをダブルクリックした。
認証画面が表示され、画面が暗転する。
モニターいっぱいに現れたのは
{Electric Worldにようこそ!}
だ。
「まさか……」
祐平はマウスを握ったまま体が凍りついた。
職別の五人のサンプルキャラクターが現れる。
{それでは、まず始めにキャラクターの名前と職業を決めて下さい}
ゲームデータが空っぽだ。
何のキャラクターも作られていないことになっている。
キャラクターの新規作成画面から、目を離すことができない。
【霧谷龍樹】のゲームデータが、全部消えてしまっているのだ。
「う……嘘だ……嘘だ……」
ぶつぶつと呟く。
その祐平の横で、龍樹もモニターを覗き込んでいた。
「そりゃー、データだって消えてるっしょ。俺は、こっちにいるんだから」
「うわあああああああっ!!」
奇声を上げながら、頭を掻き毟る。
祐平は、先ほど殴られた頬がどす黒くなっており、汚れた制服のままだった。
「すげーショックなのは分かるけどよぉ。ちょい落ち着けや。つか、まず着替えろ。制服汚ねーし、傷の手当てもしろよ」
同じ人物とは思えないほど龍樹は冷静だ。
だが祐平は頭が混乱して、気が狂いそうだった。
「なんて事だ!マジ、最悪だ!!お前、今すぐ、ゲームの中に戻れ!!」
自分よりも十センチ以上も背の高い龍樹に掴みかかる。
龍樹が子供を相手にするかのように、優しくポンポンと裕平の背中を叩いた。
「帰りたいのは山々だ。だが、戻る方法がわからねぇ。気がついたら、突然、こっちの世界に来てたんだ。どうやって、こっちの世界に来たのかも分からないんだ」
「なんでだよ……そんな無茶苦茶。おかしいよ……」
祐平は涙声だ。
礼二に殴られても涙一つ流さなかったのに、後から後から大粒の涙が頬を濡らしていく。
唯一の自分。
唯一の心の拠り所であった世界が消失した。
それは祐平に取って、現実の世界で死ぬよりも辛いことだった。
「とにかくだ、俺たちは元は一つの人間だ。俺も、お前も記憶を共有している事になる」
「記憶の共有?!」
「ああ。お前が【Electric World】の世界で知っている事は俺も知ってるし、知らない事は俺も知らない。同じく、この世界で記憶している事は知ってるし、お前が知らない事は知らない。見かけのキャラクターは違えど、中身は同じ人間だという事さ」
確かにそれは筋が通っている。
それでも、実感などまったく沸かない。
「恐らく、俺が、こっちの世界に出てきてからの記憶は共有されないと思うが、俺もこの世界の常識を知っているという事になる」
「だから、それがどうしたっていうんだ!」
祐平が苛立ち紛れに叫ぶ。
龍樹が、ヤレヤレと頭を撫でた。
祐平は、まるで大きな子供のようだ。