第三話
歯ごたえのない祐平よりも、このいけ好かない男を三人で袋叩きにした方が楽しそうだ。
しかも、気取ったかなりムカつく顔をしている。
口調さえもカンに障った。
礼二は、祐平の時と同じように、こいつは生理的に嫌いだと直感する。
「お前ら、こいつを押さえとけ!」
命令をすると、昭成と誠が慣れたように青年の両側から迫った。
拘束させて、人間サンドバック状態にする気だ。
ボキボキと指を鳴らしながら、礼二が不適な笑みを浮かべる。
「時代遅れのヒーロー気取ってんじゃねーよ!」
昭成が右の腕を掴んだ。
「ホント。イマドキ、人助けとか流行らねーっつーの」
誠が左の腕を掴む。
だが青年は余裕綽々の笑みを浮かべていた。
薄く笑い、捕まれた腕を軽く左右に振る。
「うわっ」
「ぐげぇ」
昭成と誠が、同時に弾き飛ばされた。
青年は、僅かな動作しかしていない。
昭成と誠は、あまりの動きの早さに、地面で尻餅をつきながらポカンとしている。
まるで飛んできたハエを追い払うかのような動きだった。
「……コイツ、拳法かなんか習ってるのか?」
その顛末を見ていた礼二でさえ、何が起こったのか見切れていなかった。
気がついた時には、昭成も誠も地面に座り込んでいるというオチだ。
だが、ここで引き下がるわけにもいかない。
礼二には、一年前までボクシングジムに通っていた経験もある。
「少しはできるってぇ、ことだな」
元々、強面の顔を更に引き締めてすごむ。
「行くぜぇ!」
掛け声と共に、渾身の右ストレートを茶髪の青年に繰り出した。
「おっと」
青年は身を低くしてサラリと拳を避け、代わりに礼二の腹にドスンと重いパンチを入れる。
礼二の巨体が、ぐらりとよろめき、その場でグニャリとへたり込んだ。
「……っ」
胃の中のものを吐き出しそうになる。
やっとの思いで堪え、歯をぎりぎりと食いしばった。
「れ……礼二?!……」
誠が悲鳴に近い声を上げる。
昭成が、懐から小型のナイフを取り出した。
「いい気になってると怪我するぞ!!」
細い眉と一重の目が、ぎりっとつり上がる。
だが、青年は大して驚いた様子もない。
「ん?武器有りにすんの?俺はそれでも構わないけど?」
飄々とした態度に、昭成がキレた。
ナイフを突き出して突進する。
もちろん、殺そうとは思わない。
だが、少し傷でも付けて脅かしてやろうと思っただけだ。
いきがっていても、血を見るなり泣き出す者もいる。
自分達に喧嘩を売ったことを後悔させてやる。
そう、思っていた。
だが――――、
ナイフを握る手を、ポンと上から叩かれる。
それだけで腕がジンジンとして、骨までやられたみたいに痛かった。
「……ふざけた野郎だと思って油断した。昭成、誠、出直すぞ」
礼二が、腹を抱えながら眉間にシワを寄せる。
さきほどの一戦で、勝負はついていた。
ムカつく相手だが、歴然とした腕の違いを感じる。
礼二は、昭成と誠の前で負けるわけにはいかなかった。
ぎりっと奥歯を噛み締めて立ち上がる。
「ふる……えてる?」
自分の体が、ぶるぶると小刻みに揺れていた。
得体の知れない、この青年に、例えようもない恐怖を抱いていた。
まともにやれば、殺されるかもしれない。
爽やかな笑顔の下に隠された狂気のようなものを感じる。
高校生同士の喧嘩が発展して殺し合いになるなんて、よくある話だ。
正直、足が竦んで立っているのもやっとだった。
「昭成!誠!行くぞ!」
礼二が声を荒げる。
昭成は不服そうだったが、礼二の命令は絶対だ。
誠に肩を借りながら、礼二たち=不良グループが撤退していった。
「大丈夫?立てるか?」
と、青年が手を伸ばす。
だが裕平は手を差し出すどころか、ありがとうさえ言わない。
口から血を垂れ流し、薄っすらと涙を浮かべた瞳で呆然と地面を見ている。
茶髪の青年が腕を引っ込めて、フレームの曲がった眼鏡を拾った。
「これ、お前の眼鏡だろ?壊れちゃったな」
「何これ……」
やっと、裕平がゆっくりと口を開いた。
「正義の味方ごっこ?」
裕平の瞳が澱んでいる。
一点の輝きも無い。
茶髪の青年は、痛ましそうに見下ろすだけだ。