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第3-3話 『めぐり合い、悪し』

「しかし、以外……」

「何がですか?」

 フィーナは大風呂にゆっくりと体を沈めながら今日の出来事の感想を述べた。

 大宴会の後、ルークとライドがベルマンにどこかに連れて行かれてしまった為、残された女二人は風呂に浸かって旅の疲れを癒すことにしたのだ。

「なんか今日のルークっていつもと違って立派な人みたいじゃない?」

「フフフッ、フィーナ。アナタは勘違いしていますよ。ルークは厳しい人ですが冷たい人ではありません」

「そっかなー?」

 まあ、長い時間、彼と共にいるアイナが言うのだから、そうなのかもしれないが自らにされた仕打ちを思い出しながらフィーナは実にまっとうな感想を述べた。

「それに、あれは彼なりのリップサービスですし」

「え? 嘘付いたってこと?」

 驚き顔のフィーナに少し侮蔑の表情を見せるとアイナは訂正した。

「それも違います。本来、高い地位に着く為には同じく高い身分が必要となります。そうでないとしたら、仕事も頑張りがいがあると言うものでしょ? 実際に例を出されれば多くの者は『がんばってみよう』と思ったはずです。その効果を考えればたった一人を出世させるぐらい安いものです」

「うわっ……、計算ずくなんだ」

「ふふっ、彼は冷たい人ではありませんが甘くもありませんよ」

 しかし……、フィーナは足をポチャポチャさせながら思う事があった。

「でもさ、それって逆に言うと貴族でも頑張らないと高い地位に着けないって事だよね? それって貴族にとって面白くないんじゃないの?」

「そうでしょうね。しかし、自らの出自に甘えて努力もできない者なら滅んでしまえばいいのです」

「……えっと、時にアイナさん」

「何ですか?」

 フィーナは強引に話題を変えた。彼女の答えに納得したからではない。本能がこの話題は突っ込んでいけないと告げていた。何故ならアイナがまるでルークが時折見せる冷たい目をしていたからだ。

「そう言えば珍しくルークと一緒じゃないんだね?」

「ふふふっ、今、彼がどういう状況か解りますか?」

「……うっ、なんとなくは……」

 フィーナはまだ経験は無いとは言っても初ではない。彼らを別室に案内する時に見せたベルマンの助兵衛そうな表情から察するに……、要するにそういう接待を受けているのだろう。

「そう言うのって……アイナさんは嫌じゃないの?」

「そう言うのと言うのはルークが別の女とセックスしている、と言う意味ですか?」

「……うん」

 アイナの余りにストレートな表現にフィーナは顔を赤くすると彼女から恥ずかしそうに視線をずらした。

「私は別に彼が何人の女とセックスしようが構いません。かと言って、その現場を見せつけられるのは面白くはありません。ですから彼の元から離れているのです」

「そ、そういうもんなんだ……」

 フィーナは自分に置き換えて考えてみた。自分の恋人が他の女性と関係を持つ……。ダメだ。自分なら嫉妬に狂ってしまいそうだった。彼女と自分は価値観が違うらしい。

「例えば、とても上等な肉があります。それを素晴らしく上手に焼いてステーキにします。とてもとても美味しいステーキです。ですが、そんな料理でも毎日三食、食べさせられたら飽きてしまうでしょ? ですから、たまには粗末な食事もよい潤滑材になるのです」

 アイナの言葉にフィーナは絶句した。確かに彼女は美人でスタイルも抜群だが、余りに自信家ではないだろうか? そう言えばアイナもルークと同じ人種と言う事を忘れていた。

「それに、どんな女を抱いてもどうせ私の元に戻ってきます。なので、一々嫉妬しても仕方がないでしょ?」

 どうしてなのだろう? 時折、彼らを見ているとフィーナは今まで感じた事のなかった感情を抱く事があった。心がもやつくのである。どうして、この二人はそこまでお互いを信用し合えるのだろうか。そして、どうしてそこまで求めあう事が出来るのだろうか。今まで孤独に生きてきた彼女には理解できなかった。その感情を嫉妬と呼ぶのだが、いや、それ自身はフィーナも理解していた。何故、自分が嫉妬しているのか、何に嫉妬しているのか。それが理解できなかったのだ。

 アイナはまた普段の無口に戻るとやがて立ち上がり風呂を出ていった。

否、一度だけ振り返り。

「しかし、アナタは駄目です。もし、アナタがルークに抱かれたら私は貴方を股から脳天にかけて、ゆっくりと斬り裂いてあげましょう」

 フィーナはアイナが怖かった。そう言ってその場を後にしたアイナの瞳には嫉妬に狂った炎が宿っていたからだ。そして、何故、いつもいじめられているだけの自分に嫉妬しているのか意味が解らなかった。

 そして、その場に取り残されたフィーナは少しの間、彼女の嫉妬の理由について考えた。



 響き渡る破壊音。そして、怒声が部屋の中で虚しく響いた。

 ベルマンは堅牢な作りの王錫で花瓶やら椅子やら、あるいは壁に掛けられた装飾品の類をめちゃくちゃに叩く事で自らの怒りの大きさを表した。

「クソッ、クソッ、あの若造め……。好き放題に振る舞いおって!」

 彼はそう怒鳴りながら今度は絵画にフルスイングをかまそうとしたが、椅子の残骸につまずいてコケてしまう。ハッキリ言って自業自得な訳だが、それすらも彼はルークに対する怒りに変換した。

「あの小僧め、許さん! わしを誰だと思っているのだ! わしが誰だか答えてみよ!」

 この部屋にはもう一人の人物がいた。先ほどから片膝をつき控え、やや呆れ顔ではあったが彼を咎めるでもなく、また諭すでもなく、ただ、ただ黙していた男がいた。

「ヴィンド候ベルマン様ですよ」

 彼の問いに対してその男は何処か愛嬌のある顔でこう答えた。

「そうだ! わしはヴィンド候だ! わしが二十年もの間、この地を支配してきたのだ。それをあの青二才の王は何だ! あのふざけた小僧にヴィンドを譲れだと? 冗談にも程がある!」

「閣下。閣下は以前、ルーク王子に玉座を渡して影ながらヴィンドを支配するとおっしゃってました」

「奴が悪いのだ。わしは慈悲深くも奴に公の座を譲るつもりであった。しかし、わしに対する過ぎた侮辱。もはや許せぬ」

「閣下、ではどうしましょう?」

「決まっておる。奴を――ルーディラックを殺せ! そして、女どもは奴の妾になった事を後悔させてやれ!」

「お心のままに」

 男が去った後もベルマンはブツブツと何かを呟いていた。その顔はどこか満足げで、そして狂気に歪んでいた。



「しかし、あのオヤジ。以前、会った時は唯の無能だと思ったが、中々のタヌキのようだな」

「そのようですね」

 夜、淫らな宴から解放されたルークはベッドに横たわりながらアイナの髪を玩び、ベルマンをそう評した。

「ねー、ルーク」

「どうした? まさか個室がよかった、などと生意気を言いたいのではなかろうな?」

「まあ、ライドだって個室なんだからそれもあるけど……、あんな事しちゃってよかったの?」

 フィーナの問いは実に真っ当であった。しかし、ルークはそんな彼女を鼻で笑う。

「あんな事とはどんな事だ? ベルマンを侮辱した事か? 奴を挑発した事か? 宴に加わった事か?」

「んー、強いて言えば前二つかな」

 宴の所で少し顔を赤くしたフィーナはそれをごまかすようにポリポリと頬を指で掻きながらそう答える。

「だってさ、あのおじさん、実はすごく怒ってるんじゃない?」

「だから、タヌキと言った。仮にも貴族が部下の前で足蹴にされ、挙句の果てに寝返る様に説得されたんだぞ? それで怒らないとしたら聖人か、だたの馬鹿だ」

「う……、やっぱり……。こんな事して大丈夫なの?」

「はぁ? お前は馬鹿なのか? 大丈夫な訳なかろう」

 お手上げという感じで心底馬鹿にした態度のルーク。

そんな彼の態度を見て『あれ? 何かおかしいぞ?』なんてフィーナは心の中で呟いた。ルークはわざとベルマンを怒らせて報復させようとしていると言う事なのだろうか?

「それに大丈夫だったら俺が困る」

 こう言うとルークは困惑しているフィーナにニヤリと笑った。


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