第2-4話 『サディスティックな二人』
(……フフフッ、そうですか)
先ほど届けられたばかりの報告書を読み終えるとトリスタン一世は満足げに微笑んだ。
「大兄様、キモイ……」
「うわっ、……リーナ、居たのですか」
彼はいつの間にか自らの隣にいたツインテールの少女に驚きの反応を見せた。
このリーナと呼ばれた少女も彼によく似ていた。男と女の差はもちろんあったが、その顔の造りが、いや、その雰囲気がどこか彼と同じ匂いを感じさせるのだ。彼女こそが城の者どもから『黙っていれば女神の可憐さ』と陰ながら言われるリーナ姫である。
「そんな事だから、いつまで経っても童貞なのですわ。大兄様もそろそろ初歩魔術ぐらいは使えるのかもしれませんね。感染るといけませんので少し離れて貰えますこと?」
ああ、何て言い草なんだ! トリスタンは大袈裟に天を仰ぎたい気分になりながら、こめかみを解した。そもそも近づいてきたのは彼女の方だろうに……。
「リーナ、良くお聞きなさい。レディーが童貞などと言う言葉を使うものではありません。それに私がまだ女性とそういう関係を持った事がないのは政務が忙しいからであって、そもそも、女性であるお前にうつるはずはありません」
「そういう言い訳がましい所が童貞臭いと小兄様が申してましたわ。大兄様はそのちっちゃなプライドを捨てて、せめて素人童貞にジョブチェンジをするべきですわ。さもないと別の職にジョブチェンジするはめになりますことよ」
「それは都市伝説です!」
この弟と妹が口が悪いのは遺伝的な何かなのかもしれない。いつもは冷静沈着を心がけ、臣民から名君と讃えられるトリスタンもこの言葉にだけは過剰に反応してしまう。欠点の少ない彼にとって数少ない欠点と言えるかもしれなかった。
いや、性格が良く権力者で尚且つ美形な彼が望めば今すぐにでも捨て去ることができるのではあるのだが、何故か彼はそうしようとしない。もしかすると、彼の所持品欄で『捨てる』を選ぶと『それを捨てるなんてとんでもない』なんて強制的にキャンセルされてしまうのかもしれない。
「……いや、そんな事より、珍しいですね。何か用があったのですか?」
「逃げちゃダメだ! ですわ。そうやって嫌な事から逃げるからいつまで経っても……」
「……リーナ、いい加減にするのです」
基本的に温厚なトリスタンも流石にキレていた。ルークが時折見せる酷く冷たい目で彼女を見やっているのが何よりの証拠だった。
「リーナったら、おイタがすぎちゃった。テヘッ」
リーナは無駄に迫力のある彼の視線にビクリと体を震わせると頭をコツンと叩いておちゃらける。
彼は基本的には実に善良な人間だ。しかし、やる時はやる。もし、それが必要であるのなら眉一つ動かさずに大虐殺をやってのけるタイプの人間だった。そこらへんもルークに似ていた。いや、ルークが彼に似ているのかもしれない。
「大兄様が先ほどまで読んでいた物に用があるのですわ」
そう言って彼から報告書をひったくる。
これは何の報告書か? これはルーク達の旅の記録を記したものである。ぶっちゃけると二話までの内容が書かれたものであった。まあ、当然の話である。一国の王子を一年間も放置プレーするなんて事はあり得ない事だ。それを読んでトリスタンは満足げに笑い、リーナは目を丸くした。
「書かれている内容もそうですが、ちゃんと報告書になっている事に驚きましたわ。たしか……」
「その通りです。以前、似たような事をした時はルークに見つけられた密偵が半殺しの目に合ってそれは酷い有様でしたからね……。私は二度同じ過ちを犯したりしませんよ。今度はアイナに頼んだのです。それなら彼は文句が言えないでしょ?」
そう言ってトリスタンは憂いを含んだ遠い目をした。
「へえ、あのアイナがよく承諾しましたわね?」
「ええ、彼女には土下座をして頼みましたからね。その体勢で頭を踏みつけられて、謗りの言葉を投げつけられましたが二つ返事で引き受けてくれましたよ。ああ、踏みつけられながら唾を吐きかけられたかもしれません……」
「え……ええと……、コホン」
リーナは話題を戻そうとした。憂いを含んだように見えたのは自分の間違いで、あれは恍惚と潤んだ瞳だったのかもしれない。頬も少し赤らんでいたようにも見えたし……。つまり彼女はドン引きしたのだ。キモいってレベルじゃあない。素直に兄が気持ち悪かったのだ。
「人間嫌いの小兄様がアイナ以外をお供に連れているなんて正直驚きですわ。」
「そうですね。実に良い傾向です。彼は理解しつつあるのです。私達以外にも人間がいるという事を。まあ、彼の場合は知らないのではなく認めたくないだけなのですがね。例え、それ以上の成果が得られなかったとしても、これだけで私は満足なのです」
そう、報告書によるとルーク達は今、四人で行動しているようだった。