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第2-3話 『サディスティックな二人』

「さて、再開するぞ」

 ルークの言葉は素っ気なく、そして冷たかった。彼はまるで何事もなかったように再び歩き始めたのだ。

 フィーナとしても期待していた訳ではなかった。だからと言って少しぐらいは自分の涙に興味を持ってほしいと言うものだ。

 ルークは決して嘘をつかない。

 少しずつ暗闇に消えていく彼の背中を見てフィーナは自ら評したこの言葉の意味を改めて思い知らされた。


――何故、あの時、逃げ出さなかったのだろう?

――何故、あそこまで言われたのにも関わらず自分は彼の後を追ってしまうのだろう?

 フィーナには解らなかったし、また解りたいとも思わなかった。



「おや? 遅かったッスね」

 こう言ったのは青年だった。そして、どこか愛嬌のある顔でニヤリと笑った。彼にはこれと言った特徴はなかった。その全身が血に塗れ、その手に持つ剣から生々しく血が滴っている以外は……。

 恐らくはこの廃坑の最深部であろう大部屋での出来事であった。そこは腕が、脚が、頭が、かつては人間であったはずの肉塊が、そして、それから溢れた体液が所狭しと辺りに散乱していた。

「いやあ、無駄足踏ませちゃいましたね。旦那方も山賊退治にいらしたんでしょ? 申し訳ないけど、見ての通りオレッチが先に頂いちまいましたよ」

 彼はやたらと明るい声でそう言って頭を掻きながらペコリとお辞儀をした。

 対して三人は言葉を発さなかった。フィーナは青年の態度と部屋の有様のギャップが恐ろしくて声を出せなかったし、ルークは別の理由で黙っていた。そもそもアイナは無口だ。

「んじゃ、そういう事でお先ッス」

「アイナ!」

 青年がもう一度、軽く会釈をしてこの場を去ろうとするとルークは怒声を上げた。

「ハッ!」

「うわっ!」

 ルークの言葉を合図にアイナは青年に斬りかかった。何の躊躇いもない実に見事な一撃であった。それを間一髪で避ける青年。

 アイナの攻撃は止まらなかった。白刃が何度も何度も彼を襲う。やがて避けきれなくなると今度は自らの剣で彼女の一撃を受け止めた。

「ちょ、ちょっと何するんスか!」

「黙れ、無礼者!」

「意味がわかんねーッスよ……。あれ? もしかして、オレッチが山賊の一味とか勘違いしちゃってます?」

「黙れと言った、痴れ者が! ……なるほど、アイナとそこまでやりあえる貴様の才能と努力は素直に賞賛してやろう。しかし、貴様は大罪を犯した。よって死ね」

「いや、だからオレッチは山賊じゃなくて……それを退治した自由騎士なんスよ……」

 鍔迫り合いでアイナに押し負けそうになりながらも必死に弁明する図は哀れでもあり面白くもあった。

「貴様……、貴様は更に罪を犯した。あろう事か俺様の玉声に割って入るとは……」

「いや、だから……」

「いいか、哀れな程に愚かな貴様に教えてやる」

 尚も必死に実に真っ当な反論しようとする彼に一瞬イラッとした表情を見せたルークは言葉を続けた。

「山賊? そんな事はもはやどうでもいい。貴様の罪は唯一つだ。しかし、その一つが許されざる大罪なのだ。つまり、貴様はこの俺様の楽しみを邪魔した。それは許されざる事なのだ!」

「なんて無茶苦茶な……」

 青年は後ろに跳びアイナから距離をとった。先ほどから生きた心地がしないのだ。無茶苦茶な理論を展開するルークもそうだが、何より問題はアイナだった。困った事に彼女の方が自分より強いらしい。逃げ出すにしても相手の方が通路側だった。

「無茶苦茶だと? ハンッ、お笑いだな。俺様は法を作る側の人間だ。よって、罪状なんぞは俺様の胸三寸なのだ。後で俺の俺様法典に『俺様の楽しみを奪った者は死罪』と記しておいてやる。事後法万歳って奴だ、判例第一号になれた事を光栄に思いながら死ね」

 一見、ルークの言葉は無茶苦茶に聞こえるが、実の所、正論でもある。悲しいかな絶対王政とはそういうものなのだ。

「あああ……、今日は役日だ、天中殺ッス……」

 青年はそう呟くとへたり込んだ。これを観念と見てアイナは柄を両手で握りゆっくりと大上段に構える。つまり斬首の構えである。

「……ちょっと、待ってよ……」

 この哀れな青年を救ったのはフィーナだった。

「どうしてなの? どうして、ルークはそんなにも酷い事を言うの……?」

 先ほど言いたくて言えなかった言葉だった。彼女は両目一杯に涙を貯めてルークを見やる。怒りで睨みつけたのではない。その瞳はどうしようもない絶望の色を湛えていた……。

 しかし、これ以上は言葉にならなかった。色々、言ってやりたかった。だが、フィーナは嗚咽に支配されてしまったのだ。

「……興が削がれた。アイナ、戻るぞ」

「はい、ルーク」

 少しの間、酷く冷めた目でフィーナを見つめたルークはやがてアイナを伴ないその場を後にした。

 そのルークの瞳は少し優しい光を湛えていたが涙で曇ったフィーナの瞳にはそれが映らなかった。


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