最終話-1 『終着とその先に』
「貴様ら、それはどうにかならんのか?」
「んー、何の事かなー?」
仏頂顔のルークの言葉にフィーナはニヤリとしながら尋ね返した。
城を経ってから二日後の出来事であった。城の者どもから惜しまれつつも結局、次の朝、彼らは旅だったのだ。
現在、四人は隣町の広場を歩いている最中であり、フィーナはそこで購入した串焼きをほお張りながら歩いていた。育ちの良いルークにはそれが我慢ならない
「何と言う下品な行為なのだ。喰いながら歩くな。そして、喰いながらしゃべるな」
「あれれー? そんな事いっていいのかなー?」
今日のフィーナはいつになく強気であった。小憎らしい顔をしながら串に残った最後の肉を加えるとルークを挑発する。
「前にさ、ルーク言ったよね?」
「む?」
「テーブルマナーの話。確かさ、何事にもルールがある、みたいな内容だった気がするんだけど?」
「そうだったな」
「そこ、そこなのよ! ルークはおぼっちゃまだから、こういうの嫌がるかもしれないけどさ。これはルールなのよ」
彼女の言葉によって腕を組んで黙ったルークを見て、フィーナは得意げになる。ついに、彼を言い負かす時が来たのだ。フィーナは暗い喜びに浸った。
「庶民には庶民のルールがあるって話。屋台の食べ物ってのはね、こうやってお行儀悪く食べるのがルールなのよ。だから、今の私はルールを守っているわけよ。ナイフとフォークで串焼きを取り分けながらちまちま食べるなんて方がルール違反なのよ」
フフン、と鼻を鳴らして勝ち誇るフィーナに押し黙るルーク。
「で、今のわたしに何か問題があるわけ?」
こんな事は二度とないかもしれない。そう思うとフィーナが更に調子に乗ってしまうのも仕方のない話だった。あろう事か彼女は腰に手をやりルークの表情をニヤニヤしながら見上げてしまうのだ。
「そうか……それも道理だな。俺が悪かった。お前が正しいよ。許してくれ……」
勝った。そう、確信した。そうだ、ルークは意外と物分かりがいい。フィーナは自らの勝利にパアッと顔を輝かせると、その刹那、自らを襲った鈍痛に頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。ルークに剣の鞘で頭を引っ叩かれたのだ。
「と、でも言うと思ったか?」
「いったぁ……。何よ、口で敵わないからって殴るとか最低じゃない!」
「ふん、それが気に食わないなら殴り返してこい。さあ、早く! やってみろ!」
相変わらずルークは理不尽であった。彼の言葉にカッとして殴りかかろうとするとフィーナの背筋に悪寒が走った。剣に手を掛けたアイナの殺気が本物であると感じたからだ。
ルークを殴った瞬間に斬られる。この間、あんなやり取りがあったばかりなのだ。これ幸いと嬉々とした表情でアイナに斬り殺されるのは確実であった。
「どうした。殴りたいのじゃないのか? 俺は一歩も動かんぞ?」
今度はルークがニヤリとする番だった。彼はフィーナの拳が届くように顎を上げると、ご丁寧に彼女の頭の高さまで身を屈めてやる。
「アンタやっぱり最低よ! 最後には暴力で相手を屈服させるとか……」
「フンッ、何とでもほざけ。俺にはそれが許されているのだ。前に言ったはずだぞ? 俺は法を作る側の人間なのだと。俺に不都合なルールがあるとしたら、そんなものは変えてしまえばよい。よって、たった今から貴様はその卑しい歩き食いは禁止とする。――解ったか?」
自分でも解っているのだ。しかし、フィーナはこのルークの言いざまが悔しくって、悔しくって……、つい反論してしまうのだ。要するにルーク劇場の開始であった。
「何よ、王子様が偉いって言ったって、アンタは王様の子供ってだけで何かをしたわけじゃないじゃない!」
「愚か者め。俺は偉い、そして、大抵の事をしても罪に問われる事はない。では、その根拠はどこにある?」
もう、こうなるとフィーナは押し黙るしかなくなる。少しでも彼の言葉を短くする為に黙るしかなくなるのだ。彼女がどんな正論を吐こうとも彼はそれ以上の屁理屈――この場合は超理論と言った方が正しいか? 兎に角、彼女が悔し涙を出すまでは絶対に言葉を止めないのだ。これは彼女なりの処世術って奴かもしれなかった。
「お前の言う通りだ。それは俺が王子だからだ。この場合、王族、貴族と言い換えても良いかもしれんな。では、何故、貴族は偉いのだ? そんな事を誰が決めた?」
「……え?」
世の中には身分や貧富と言うものがある。でも、それは何故だろう? ずっと黙っているつもりだったのに、フィーナは思わず声を出してしまった。
「確かに俺は王子だ。何故なら、俺の親が王だったからだ。だから、俺は生まれた瞬間に貴族であった。では、遡ってみよう。その前の貴族は? 更にその前の貴族は? そもそも最初の貴族は何故貴族なのだ? その初代が生まれた時に既に貴族であっただと? そんなはずがあるか! つまり、その初代に当たる何者でもない何者かが自分が貴族であると決めたのだ。――いや、認めさせたと言った方が良いか……。では、どうやって認めさせたと思う?」
ルークはここで一旦言葉を切るとフィーナを覗きこむように彼女に顔を近づけ、邪悪な笑みを浮かべた。
フィーナは答える代りにゴクリと唾を呑んだ。なるほど、と思ってしまったのだ。つまり、これが今回の落とし所なのかと。
「暴力だ。手段は場合によってまちまちであっただろうが、つまりはそうなのだ。その理不尽な暴力で、それを望む別の者や、あるいは望まぬ者を打ち倒し、あるいは屈服させて認めさせたのだ。そうやって、その彼は貴族になり、その維持に成功したから俺は王子なのだ」
「……要するに、その初代ってのはヤクザの親分みたいなもんでキミはその血筋って話よね?」
フィーナの問いにルークは「うむ」と鼻を鳴らして満足げに頷いた。毎度、毎度、結論を出す為の前振りの長さと、それに慣れてしまった自分にうんざりとさせられる。
「だから、俺は俺に異論を挟む者をいかなる手段を用いてでも屈服させる――んー、言い換えてみれば義務の様なものがあるのだ」
ルークが言葉を終えるのと、「旦那、耳寄りな話を仕入れたッス」と、何処かに行っていたライドが嬉々とした表情で戻ってきたのはほぼ同時であった。
登場人物紹介
ルーク(ルーディラック・グリーンヒルド)……『グリーンヒルドの狂王子』の二つ名を持ちフィーナを罵倒するのが趣味のドS。設定上は国民に酷い事をしているようだが本作はコメディーなので残酷描写はありません。
アイナ・スタンフィード……ルークの身の回りから下の世話までなんでもこなす美人従騎士。無口キャラの癖に結構セリフがある。
フィーナ……自業自得でルークに捕えられてしまった少女。途中で変わるかもしれないが少なくとも前半では主人公。本作は作者が美少女を言葉攻めにしたい、と言うとても高尚な考えから始まっているのでヒドイ目に合う役である。
トリスタン……童貞王、兼、魔法使い候補。もしかすると、既にメラぐらい使えるのかもしれない。
リーナ……いっぱい、出ちゃった。
ライド……廃坑にてルーク達と出会う。ルークに取り入って立身出世をしたいようだ。
ベルマン……現在ヴィンドを治める領主。ルークを殺したがっている。