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第4-2話 『僕たち、私たちの事情』

「ねーねー、今更であれなんだけど……ルーク達は何で旅をしているの?」

 ヴィンド城に滞在して一週間が過ぎようとしていた。その間、時には何もせず。また、時には城下をブラブラと散歩する。こんな風に彼らは実に自堕落に過ごしていたのだ。今も城下から出て街道を散歩の最中である。

「ふむ、そうだな。そもそも俺は何の為に旅をしているのだろうか? 見聞の為とは言え、そもそも俺はそこいらの賢者なんぞより、よっぽど博学だ。フィーナ、では何故、俺は旅をしているのだ?」

「そんなの知らないわよ!」

 顎に手を当ててボケた事をほざくルークに、からかわれたと判断したフィーナが激昂する。

「ふむ、お前に聞いたのが間違いであったな。では、アイナ、お前はどう思う?」

 どうやらルークはマジであるらしい。それに気が付いたフィーナは言葉を失った。

「貴方が愚か者だからです」

「確かに俺は賢者ではあるが、愚者でもある。ふむ、なるほどな」

「はい、そういう事です」

「何意味不明なやり取りしてるんスかね……、このお二人は……」

「つまり、俺は貴様らの様な凡人には理解できない位置にいると言う事だ」

「そんなの解りたくもないわよ!」

「そうだな、俺は旅をしているのであった。南の魚は美味いと聞く。次はそちらの方に行ってみるか。それにここ数日の豪華な食事でブクブクと肥え太った豚がいる事だしな。歩く事は実に健康の為に良いのだ」

 この言葉にフィーナはグサリとなる。確かにここ数日、ルークが要求した豪華な食事のお陰で実に幸福な時間を過ごせた代わりに少し体重が増えた気もする。

「わ、わ、わたし太ってないわよ!」

「確かにお嬢さんの顔は最近妙につやつやしてるッスよね。まあ、若いうちは丸っこい方が大人になってからいい体になるらしいッスよ」

「ぐっ……」

 どうやら皆にばれてるらしい。フィーナは天を仰ぎ、ルークは「ガハハハ、豚がしゃべったぞ」などと実に愉快そうであった。そんな中、アイナはルークの前に出て剣の柄に手をやった。

「……来ます」

 その言葉で愉快そうに笑っていたルークがいつもの仏頂顔に戻る。彼らの前方より抜刀した集団が走り寄って来たのだ。

「ルーディラック王子とお見受けする」

「ずいぶんと顔が売れてるようですな、王子」

「お、俺ッスか!」

「お命頂戴いたす!」

「いや、だから俺じゃ無いッスよー!」

 お約束のやり取りをした後、ルークは何を思ったか腕組み仁王立ちで叫ぶ。

「アイナ、俺はここを一歩たりとも動かんぞ!」

 アイナは彼の言葉に答える代りに大きく一歩踏み込むと気合いと共に抜刀術の要領で賊の一人を斬り捨てる。

「ひい、ふう、みい……。んー、残り七人ッスか。こりゃ、流石にアイナさん一人じゃキツイッスかね。所で、旦那は戦わないんスか?」

「ふん、俺は守られるのが仕事だ。よって、剣で戦うなど泥臭い事はせん。貴様も面倒なら俺の近くでじっとしていろ。それが現状一番安全だ」

「んー、そうしたいのは山々なんスがね……。それじゃ、自由騎士の名が廃るってもんッスよ」

 そう言ってライドはニヤリと笑うと抜刀し戦列に加わった。フィーナはいつもの定位置――つまりルークの背に隠れている状態だ。

 二人の剣技と言うものは甲乙付けがたく実に見事なものであった。数の多い賊を相手に三合と打ち合わせず切り捨ててしまうほどだ。

やがて、賊たちは残り三人となると方針を変えた。二人を捨て駒として残った一人がルークに特攻する方針に変えたのだ。逃亡を選択しないとは中々あっぱれな刺客である。

こうなると、やはり数の少ない方の分が悪くなる。賊の一人が二人をすり抜けた。そして、剣を振りかぶりルークに迫る。

「旦那、逃げて!」

 ライドの叫びが虚しく響いた。しかし、ルークは動かない。直立不動のままだった。

 そもそも戦いに慣れていないフィーナは言葉を発する事も出来なかった。だた、これから起こる惨状に身を強ばらせて目を瞑るのみだ。

そして、激しい金属音が鳴り響く。フィーナが目を開くと、間一髪間に合ったアイナが刺客の剣を受け止めている所だった。彼女は剣を滑らすように受け流すとそのまま賊の喉元を斬り裂き蹴り倒した。そして、アイナは自らの肩を押さえると片膝を着いた。

「アイナさん!」

 出血こそないようだが彼女の胸当ての肩の部分が軽くへこんでいた。いつも無表情な彼女が苦悶の表情を浮かべていた。つまり、彼女は自ら相手をしていた賊に斬られる覚悟でルークの元に戻ったのだ。

 そんなアイナを一瞥するとルークはフィーナの方に振り返ると彼女に対する労いでもなく、心配でもなく、感謝ですらない最低な言葉を発した。

「な? 安全だったろ?」

 アイナは自分の危険を省みず彼を守ったと言うのに何て言い草だ! フィーナは思わずカッとなって彼に怒鳴ろうとした。しかし、それはライドの怒りによって遮られる。

「何故、避けようともしなかったんだ!」

 ライドは残りの賊を片付けるや否やルークに詰め寄った。いつもの『~ッス』口調ではない所を見るとフィーナと同じ怒りを感じているのだろう。

「アンタが避ければアイナだって怪我をする必要がなかったんだ!」

「フンッ、アイナを信頼しているからに決まっている」

「それが動かない事の理由になるかよ!」

 怒気をはらんだライドと淡々としたルークの声。二人の声は実に対照的であった。

「それにお前は勘違いしている。俺が動いていたらアイナは間に合わなかったかもしれない。それにアイナの怪我は賊に抜かれた瞬間に振り返ったからだ。でなければ、アイナが間に合うはずもなかろう」

「……だからって、もし斬られていたらどうするつもりだったんだ……」

「貴様は馬鹿か? 俺はアイナを信頼していると言ったのだ。その結果、俺が怪我をしようが死のうが文句を言うつもりはない。つまり、人を信頼するという事はそういう事なのだ」

 ルークはここで一度言葉を切り、自らの手でアイナの胸当てを外すと彼女の肩を露わにした。幸いな事に出血も骨折もないようだった。しかし、彼女の美しい肌にくっきりと浮かぶ痣が痛々しかった。

「これは実に美しい傷だ」そう言って彼女の痣に優しくキスをすると言葉を続けた。「お前が必要だ。お前を信用している。お前を愛している。これらは実に優しく、また美しい言葉だ。しかし、同時に虚しくもある。これらは所詮、言葉でしかない。この世で最も不誠実な者でさえ述べる事が出来るのだ」

 ルークの言葉に珍しくフィーナは同意した。本当に望まれて、本当に愛されて生まれてきたのであれば自分が捨てられるはずがない。自ら言葉の虚しさを思い知っているだけに先ほどまでの怒りを忘れて彼の言葉に聞き入ってしまう。

「それが世界一美しい言葉であったとしても態度が伴わなければまるで意味がないのだ。俺はアイナを信頼している。アイナに全てを捧げさせる代りにアイナの全てを許す。そう約束したからだ。例え、アイナに殺されたとしても、俺はそれを許すだろう。そもそも、俺はそう断言できる相手しか信頼しないのだ」

「……アンタは……狂ってる……」

 ライドは暗い目をしながら、絞り出すようにそうとだけ言うと沈黙した。

その瞳には暗い炎が宿っていた、とフィーナには感じられたし、今の自分も同じような目をしていたかもしれない。

「フンッ、俺の二つ名を忘れたか?」

 そう言うとルークはニヤリとした。



「ところでさ、やっぱさっきの人たちは、あのおじさんの差し金なのかな?」

 あの後、しばらくの間、誰も言葉を発さなかった。それに耐えられなくなったフィーナは口を開いた。

「そうかもしれんし、そうでないかもしれん」

 ルークの答えは実に曖昧なものであった。意味が解らなかったフィーナは「どういうこと?」と尋ね返す。

「ふむ、お前はもしかすると王族、貴族と言うものは何の苦労もなく贅をこらした生活をしてお気楽に生きていると思っているのかもしれん。しかし、それは間違いだ。確かに立派な屋敷に住み、上等な食事を採る事は出来る。では、何故、貴族はそういう暮らしができるのだ?」

「へ? ……えーと、貴族だからじゃないの?」

 いつもの回りくどい言い方だった。フィーナは困惑気味にそう答えると『ああ、いつものルーク劇場が始まりそうだ』と、げんなりした

「ほう、珍しく知恵が回ったではないか。その通りだ。俺たち貴族は権力の維持に成功しているから贅沢な生活ができるのだ。しかし、権力の維持というものは厄介でな。例えば、お前は今すごく腹がすいているとする。その横で俺が美味そうな肉にかじりついているのだ。どう思う?」

「……分けて欲しいと思うかな」

「そうだな。人間という生き物は自分にないものを欲する生き物だ。権力も同じで、常にそれを持たない誰かに狙われているのだ。権力の維持に失敗した場合は、まあ、大概のケースでは命を失う事になる。俺の両親はそうやって死んだ」

「……うげっ」

「常に刺客に怯え、毒見を終えて冷めきった食事をしているのだよ」

「ん? 毒見とかアンタしてたっけ?」

「ふんっ、俺とアイナはいつもお前が食事に口を付けた後に食べ始めるのを知らないと見える」

「さいてい!」

「俺ぐらいのビッグネームになると月に一度ぐらいのペースでさっきの様なイベントが起こるな。だから、あの刺客が誰の差し金かなんぞ見当もつかぬという話なのだ。ガッハッハッハ」

 豪快に笑うルークに『お前、どんだけ怨み買ってんだよ』とつっ込みたかったのを寸前の所で堪えるとフィーナは心配顔で尋ねた。

「……貴族も大変なんだね」

「まあ、平民が貴族を羨むのと同じように俺はお前達がうらやましいのだ。全てを捨てて畑でも耕しながらアイナと共に暮らせられればそれ以上は何もいらんのだよ。しかし、王族として生まれたからには果たさねばならん義務と言うものがある。面倒な話だ」

「へえ、ルークって欲がないんだね」

「ハッハッハ、実に愚かな小娘だ。俺は既に世界より価値のある存在を手に入れているのだ。これ以上、何を望めばいいと言うのだ! ……さて、明日にでも旅立つぞ。俺に着いてきたいのなら準備をしておけ」

 フィーナは彼の言葉の意味が解らずムッとしたが、一回だけ振り返ったアイナが見せた勝ち誇ったような表情を見てげんなりした。


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