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第4-1話 『僕たち、私たちの事情』

 手に握るは剣。そして、横たわるは屍。

むせ返る様な血の匂い。今宵、この部屋の有様は酷いものであった。部屋のあちらこちらに先ほどまで人間であった者どものパーツが散乱し、自らはその返り血に酔っていた。

「兄上、何故斬った!」

若きトリスタンは幼きルークの言葉に我に返った。彼の言う通りだった。彼らの両親が暗殺された日。この若き王子たちは復讐を誓った。

 今でも夢に見る。そう、これは夢だ。

「チッ、怒りに我を忘れたか」

 手首に軽い痛みを感じた。そして、先ほどまで手にしていた剣が綺麗な円を描き宙を舞う。トリスタンはまるでスローモーションを見るかのごときその見事な放物線を呆けたように目で追い。そして、やがてそれが鳴らした無機質な金属音によってハッと我に返った。

「ルーク、痛いではありませんか」

 そう言いながら彼は自らの手に視線を移した。その手には確かに肉を裂き骨を砕いた感触が、そして、その耳には彼らが上げた命乞いと断末魔の悲鳴が残っていた。

「俺の兄がその体たらくとは実に情けないぞ。もう一度だけ尋ねる。やがて殺すのは一向に構わん。しかし、何故今、奴らを斬った!」

 弟――ましてや、まだ十にも満たない少年が発する言葉とはとても思えなかった。それがトリスタンには可笑しく思え、思わず苦笑してしまう。

「そうですね、何故斬ってしまったのでしょう?」

 ルークが自らに向ける怒りの表情を見て彼は思う。自分は今どんな顔をしているのだろう? 鏡があったら見比べたい気分だった。

「最初は脅しのつもりでした。脅しのつもりで剣を抜いたのです。しかし、気が付いたら――いや、お前に怒鳴られたらこの有様でしたよ」

 彼らが憎くて堪らなかったのか、あるいは単に人を斬ってみたかっただけなのか。実の所、その理由がトリスタンには解らなかった。つまり、今の彼は正気ではない。

 暗殺の主犯格を捜査し始めて、哀れな犠牲者二名が洗い出されるのにそう時間は掛からなかった。彼らを尋問して残りの犯人を白状させる。それが兄弟の計画だった。

それは彼らの復讐の為に必要な事であり、また、今後、彼らの地位を維持するためにも必要な事であった。なのに自分は何なのだ。

「この虚けが! これでは残りが潜伏してしまうではないか。いや、それは構わん。どこまで逃げようとも何年掛かろうとも必ず追い詰めてやる。しかし、今は駄目だ!」

 ルークはそう言い終わると自らの腰にさした鞘から剣を抜き大上段に構える。

「では、私を殺すのですか?」

 その余りに愚鈍な兄の答えに、ルークは苛立ちを隠そうともせずに力いっぱい剣を振るった。耳障りな甲高い音が響いた。そして、ルークは苦悶の表情と共に自らの手首を抑えた。当たり前の話だった。まだ八歳の少年が無理やり剣を折ったのだ。もしかすると、手首が折れているのかもしれない。

「即位前の王が貴族殺しだと? ふざけるな! そんな事をしてみろ。誰も兄上に従わなくなるぞ」

「だから、私は宰相に、そしてお前は玉座に着けばよいのです。そうなのです。お前のその心の強さ。それこそが王に相応しい……」

 そう言うとトリスタンは自虐気味に笑った。その笑いがルークには悲しかった。だから、彼は心を決めた。

「実に愚かな兄だ。俺たちが二人とも権力の座に着いたら、誰が奴らを追うというのだ……。いいか? お前は今後、二度と剣を抜くな!」

 ルークは一度言葉を切ると兄にほほ笑んだ。そして、彼は折れた剣を兄の鞘に納めると自らは血に塗れた兄の剣を手に取る。

「俺を五年の間、投獄しろ。これは俺の剣であり、俺が斬った。つまり、そう言う事だ」

 そう言ってルークは剣を鞘に納めると、部屋を後にした。

 トリスタンは扉の閉まる音でようやく正気に戻った。同時に愕然とするのである。自分は――自分が不甲斐ないばかりに年端もいかぬ弟に全てを背負わせてしまったのだ。

 自分を優秀な人間だと思っていたのに。そう、ルークのように強い人間だと思っていたのに……。自分は強くならねばならぬと、彼は心からそう思った。

 それから間もなく、貴族殺しを名乗り出た幼きルークは辺境の古城に五年もの間、幽閉される事となる。この事件こそがルークがグリーンヒルドの狂王子と呼ばれる始まりとなり、また、トリスタンが名君として讃えられる切っ掛けともなったのだ。


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