第3-4話 『めぐり合い、悪し』
「ほう……」
と、トリスタンは先ほど届いたばかりの書状に目を通すと、少し驚いた表情を見せた。書状とはもちろんアイナが彼に送った物である。
「しかし、いかに我々の目的を果たすためとは言え……ルークよ、お前は少し急ぎ過ぎているのではないのですか?」
そう感慨深そうにつぶやく。彼は独り言のつもりだったのだが、その言葉を耳にした者がいた。リーナである。
「独り言とか、大兄様……相変わらずキモイですわ」
まったく、この妹はいつの間に入ってきたのだろうか? トリスタンはため息を着いた。
「あら、驚かないのですね」
「いいですか、リーナ。よくお聞きなさい。お前には何度か言ったはずです。例え皇女であったとしても私の執務室に許可なく入る事はなりません。それにこれはお前に見せる事はできない品なのです」
これは当たり前の話なのだ。王の執務室と言うものは外部に漏れると問題のある書類などが置かれているのである。だから、彼女の言葉をスルーしてトリスタンはリーナをたしなめるようにこう言った。
彼は『そんなに他人に見られたくないなんて凄いフェチズムにまみれたエロ本でも隠していらっしゃるのかしら?』なんて可愛げのないリーナの反論を予想していたのだが、これは間違いであった。彼女は彼の言葉を聞くと俯きやがてむせび泣いてしまったのだ。
「こ、これ、泣くのではありません」
いや、彼にもこれが嘘泣きであることぐらいは解っていた。しかし、彼はアレだ。兄弟には甘いのだ。だから、もしかすると本当に泣いてしまったのか? なんてありもしない可能性に狼狽してしまうのだ。
「だって……、兄様達ったら、いつもそう。リーナはいつも蚊帳の外なのです。リーナに隠れて面白そう――もとい、秘め事をしてしまうのですわ。私だって家族の一員ですのに……」
言い終わるとリーナは口元を押さえながらヨヨヨと泣き崩れてしまう。これを見てトリスタンはどうしたものかと、少しの間、思案するとやがてヤレヤレと意を決し彼女に書状を差し出した。
「よろしいのですね!」
ルークの様に仏頂顔になった彼をしり目に彼女は嬉々として書状を読み始めた。当初は機嫌が良さそうにフムフムと声を上げていたのだが、やがて思案顔となり……。
「これは大兄様らしくありませんわ」
「そんな事はありませんよ、リーナ」
「いえ、間違いありませんわ。ヴィンド候が小兄様に報復を行った事を理由に領土を召し上げる。このようなシナリオですわよね? 私の知る限りヴィンドで大きな失策は無かったはずです。つまり、ベルマン様は凡庸なお方ゆえ、功績がない代わりに大きな失敗もないお人です。それなのにこの様なやり方は諸侯の反感を買ってしまいますわ。それを容認するなんて……いえ、そもそも第二王子が公の位に奉じられるのは世の慣わしとは言え、何故ヴィンド――ベルマン様なのでしょう? そこに理由がありそうですわね」
やれやれ。トリスタンは苦笑すると肩をすくめた。頭が良いと言うのは実に厄介なことである。そして、溢れんばかりの光に満ちたリーナの瞳を見て、やはり自分たちは血を分けた実の兄弟であるのだと再認識するのだ。
「出来れば私はお前を駒として扱いたくないのですが……、この話を聞かれた以上はルークと同じように駒としてお前を使う日が来るかもしれません。そして、お前にはそれを拒否する事は出来ないのです。それでも、聞きたいと言うのですか?」
「もちろんですわ」
「よろしい。では、よく聞くのです。これは私たち――いや、私がかつて犯してしまった大きな過ちから始まったのです……」