静まらぬもの ー跳ぶ地雷原と泣く爆心地ー
テラ・レイスのハンターギルド出張所は、滝の音で常に少し揺れている。
濡れた木造の受付台に、三枚の書類が置かれていた。
一枚目は手配書。
灰緑色の小鬼の似顔絵の下に、こう書かれている。
杭鼠、トルネ・ギリカ。
足場破壊、荷揚げ場窃盗、逃亡、傷害未遂。捕縛報酬あり。
懸賞金、六十マモン。
二枚目は捕縛確認書。
その横には、当のトルネ・ギリカが縄で簀巻きにされて転がっていた。尖った耳の先から、細い煙が上がっている。生きてはいる。たぶん。
三枚目は請求書だった。
「中層第三足場、半壊」
出張所の受付嬢は淡々と読み上げた。
「滝見宿『霧の寝床』避難路、一部損壊。補修用親杭、一基、再検査扱い。賞金首捕縛報酬を差し引いても、なお支払いが発生します」
「おいおい、おかしいだろ」
メリッサ・シャンデリアは、濡れた深緑の髪を乱暴にかき上げた。
「賞金首は捕まえた」
「はい」
「盗まれた親杭も取り戻した」
「はい」
「なら払えよ」
「懸賞金六十マモンは修繕費に充当しました」
「足りねえのかよ」
「足りません」
「何で捕まえた側が払うんだ」
「町を壊したからです」
「壊したんじゃねえ。追跡路が広がったんだ」
「壊したんです」
メリッサは面白くなさそうに舌打ちした。
背には深紅の大剣。燃星晶製の古代兵器、魔剣クレイモア。
姉の異名は、跳ぶ地雷原。
その隣で、クラリッサ・シャンデリアは呆然と請求書を見つめていた。
黒に近い深緑の髪が、滝霧の湿気で頬に張りついている。
腰には、天空水晶製の黒い正四角形の小箱を収めた硬質ケース。古代兵器、ブロックブースター。
妹の異名は、泣く爆心地。
賞金稼ぎシャンデリア姉妹、通称、爆裂姉妹。
クラリッサは、その手の呼び名がどれも心底嫌いだった。
「休暇だったんです……」
クラリッサはようやくそれだけ言った。
「姉さんが、前の仕事の埋め合わせに取ってくれた休暇です。静かな場所で、何もせず、滝の音を聞いて、宿で眠る予定でした」
メリッサが鼻で笑う。
「滝がうるせえから嫌だったんだ」
「滝は怒鳴りません。爆発もしません。請求書も出しません」
「言われてるぞ、滝」
受付嬢は請求書に何かを書き足した。
「古代兵器緊急使用報告書の作成費も加算します」
クラリッサは目を閉じた。
その沈黙だけで、だいたいの絶望は足りていた。
メリッサが言う。
「クラリッサが悪いんじゃねえ。あれは必要だった」
簀巻きのトルネが、びくりと震えた。
受付嬢も、奥の足場職人も、そっとクラリッサを見た。
「……見ないでください」
分かっているからこそ、クラリッサは請求書から目をそらした。
半日前の自分は、まだ休暇を信じていた。
◆
テラ・レイスは、滝にへばりつく町だった。
怪物のような激流が、絶壁を白く削りながら落ちていく。その絶壁に木材の足場を何段も組み、家を吊り、道を渡し、滑車で荷を上下させたのがこの町である。
東方帝国でも名の知れた滝見の町で、上層の展望足場からは虹が見え、下層の宿では一晩中滝の音を聞いて眠れるという。
観光客がそれを風情と呼ぶ一方で、住人は足元ばかり見ていた。
板は濡れ、縄は軋み、人々はすれ違うたびに東方語混じりの短い挨拶を交わす。
落ちずに帰れ。それが、この町の「良い一日を」だった。
クラリッサは中層へ続く通行板の上で足を止めた。
「姉さん、そこは踏まないでください」
「どこだ」
「右の板です。今にも割れそうです」
メリッサが試しに片足を乗せると、板は濡れた獣の喉のような音を立てた。
「観光客の感想じゃねえな」
「落ちないために来ましたので」
「休むためじゃなかったのか」
「落ちたら休めませんから」
クラリッサは雨除け布をかぶり直し、白い水煙を見つめた。
「静かです……」
すぐ横で、滝が轟いている。
メリッサは眉を上げた。
「どこがだ」
「人の怒鳴り声が少ないです。馬車もありません。足場の音も規則正しいです」
「滝がうるせえ」
「滝は怒鳴りません」
「そりゃそうだ」
メリッサの荷には、宿の予約札と乾いた着替えと、なぜか酒瓶が一本入っている。
クラリッサはそれを見た。
「……宿、本当に取ってあるんですね」
「取ったって言ったろ」
「前の件の埋め合わせ、でしたよね」
「そうだ」
「前の件、で済ませないでください。私、三日寝込みました」
「だから三日泊まるんだろ」
「計算が乱暴です」
「宿はいいぞ。滝見宿『霧の寝床』。名前からして寝られそうだ」
「名前で決めたんですか」
「あと、飯が多いらしい」
「それは姉さん向けです」
信用はしていない。
けれど、メリッサが本当に宿を取ったことだけは分かった。普段なら、メリッサは宿など取らない。空き部屋を見つけるか、酒場の二階を押さえるか、最悪の場合は野宿と言う。
だから、たぶん、これは気遣いなのだ。
雑で、騒がしく、危険な姉なりの。
その時、下層へ続く通行板の前で、足場職人たちが怒鳴り合っているのが見えた。細い橋のような足場には、赤い布が結ばれている。通行止めの印だった。
「宿はあっちですよね」
クラリッサが言った。
「だな」
「通れないように見えます」
「見えるな」
「見える、ではなく通れません」
近くで防水油を塗っていた職人が、二人の会話に顔を上げた。
「霧の寝床へ行くなら、今日は回り道だ。下層避難路の親杭が抜かれてな」
「親杭?」
「足場の背骨だよ。あれがなきゃ道は開けられん。昼にギルドへ替えの親杭が届く。それまで仮止めだ」
メリッサが笑った。
「おいおい、物騒な町だな」
「落ちる町だからな」
続けて職人は声をひそめた。
「杭鼠が出る。元足場見習いの小鬼だ。抜いていい楔と、抜いたら町が落ちる杭を知ってる」
クラリッサの顔が曇った。
「なぜ、そんなことを」
「追い出された逆恨みだろ。あいつは手順を嫌う。安全確認を嫌う。抜け道ばかり探す」
職人は吐き捨てた。
「自分を追い出した足場組に、俺の値段を思い知らせる、だとさ」
クラリッサは仮止めの足場を見下ろした。
足場板の下は、白い滝だった。静かな町ではない。けれど、決まりごとで辛うじて落ちずにいる町だ。
「昼に親杭が届けば、宿への道は開くんですね」
「開く」
メリッサは、にやりとした。
「じゃ、ギルドへ行くか」
クラリッサが顔を上げた。
「なぜですか」
「親杭が届くんだろ。道が開くか確認する。旅費も下ろす。宿も聞く」
「他には」
「なんにも」
姉が目を合わせようとしない時は、ろくなことがない。
「……約束ですよ」
「おう」
約束の音だけは、いつも立派だった。
◆
テラ・レイスのハンターギルド出張所は、中層の太い足場に建っていた。
壁には太陽を囲む竜胆の紋章が掲げられている。建物は小さいが、足場職人、荷揚げ商人、護衛、旅人が絶えず出入りしている。
出張所の脇には、荷揚げ用の滑車台があった。黒い防水布に包まれた細長い箱が、その下で係員に確認されている。
クラリッサの視線がそこへ吸い寄せられた。
「あれが親杭ですか」
受付嬢が頷いた。
「ええ。届けば、夕方には避難路を開けられます」
メリッサが横から覗く。
「見りゃ分かるのか」
「重さのかかり方が違います」
「観光客の感想じゃねえな、二回目だぞ」
受付嬢は、二人を見るなり顔をこわばらせた。
「ボ、爆裂姉妹……?」
メリッサが笑う。
「有名人はつらいな」
クラリッサは先に頭を下げた。
「休暇です。何もしません」
「何もしないでいただけると助かります」
「はい」
「古代兵器も?」
「使いません」
「本当に?」
「使いません」
その横で、メリッサは手配書板を見ていた。
「へえ」
クラリッサは、天井を見た。
滝の音が、少しだけ遠くなった気がした。
「姉さん」
「いるじゃねえか」
「いません」
「杭鼠だとよ」
「知りません」
「賞金首だ」
「見ません」
見てしまった。
似顔絵には、小柄な小鬼が描かれていた。大きな目、横に尖った耳、曲がった口。名前はトルネ・ギリカ。
罪状欄を見て、クラリッサの顔が変わった。
「足場破壊……」
受付嬢が小さく息を吐いた。
「困っています。足場職人組からも懸賞が積まれました。今朝の時点で六十マモンです」
「コソ泥に懸けるにしちゃあ、高いな」
メリッサが言った。
「六十マモンで済めば安いくらいです」
その時、裏口から悲鳴が上がった。
「輸送箱がない!」
受付嬢の顔色が変わる。
メリッサの笑みが深くなった。
クラリッサはその笑みを見た。
「姉さん」
「まだ何も言ってねえ」
「言う前の顔です」
窓の外を、小さな影が横切った。
濡れた足場の裏を這うように、灰緑色の小鬼が走っている。背に細長い防水箱を括り、腰から鉤爪付きの工具を下げていた。
トルネ・ギリカ。
その背にある防水箱は、さきほど滑車台の下に置かれていた親杭の箱だった。
次の瞬間、足場の固定楔が一本、乾いた音を立てて抜けた。
床が傾く。
クラリッサの手が動いた。
「据えよ、黒鉄の楔」
低い声だった。
傾いた床の片側が、急に鉛を呑んだように沈んだ。落ちるはずだった足場は、落ちる代わりに鈍く粘り、ぎしぎしと踏みとどまる。
鎮術。重く実なるものに働きかける魔術。
「固定を戻してください。早く」
「おい、あいつ」
メリッサが言った。
「あの賞金首だよな」
「見れば分かります」
「アタシらは賞金稼ぎだよな」
「でも休暇中です」
「爆裂姉妹が、賞金首を目の前にして昼寝してちゃ名が廃る」
「やめてください。その名前恥ずかしいんです!」
メリッサは聞こえなかった顔で、背の大剣に手をかけた。
古代兵器、クレイモア。
地面に刺して擬似地雷を作る、深紅の魔剣。
クラリッサの顔から血の気が引いた。
「姉さん、ここは町中です」
「分かってる」
「足場が壊れます!」
「見えてる」
「地面じゃありません!」
「じゃあ、岩に刺す」
言うが早いか、メリッサは窓枠を蹴って外へ出た。
クラリッサは叫んだ。
「姉さん!」
メリッサは濡れた足場を一歩、二歩で駆け抜け、欄干を踏み越えた。
足場の外。その下は滝だった。
悲鳴が上がるより先に、メリッサは中層の崖肌へクレイモアを突き刺した。
深紅の光が岩の中を走る。
「跳ぶか」
爆ぜた。
爆風が滝霧を裂き、メリッサの体を斜め上へ押し出す。彼女は笑いながら空中で身をひねり、上層寄りの岩棚へ着地した。着地と同時に、またクレイモアを刺す。
二度目の爆発。
滝沿いに、赤い焦げ跡が一つ、二つと斜めに並んでいく。
乱暴に見えて、メリッサは町そのものにはまだ刃を入れていなかった。刺すのは岩肌だけ。爆風の向きも、足場へ直撃しない角度に逃がしている。
悔しいが、狙いは正確だった。
姉はいつも無茶をする。下手ではないから、なお腹が立つ。
「やめてください! 岩はまだいいです、でも支柱は駄目です!」
クラリッサは中層第三足場の通行板を走った。
上層にはメリッサ。
下層にはトルネ。
真ん中に、クラリッサ。
彼女の足元には町があり、町の下には滝がある。
トルネは足場の裏へ潜り、梁から梁へ、濡れた鼠のように抜けていく。背中の防水箱が板の隙間にこすれ、ぎちりと嫌な音を立てた。
メリッサは上から爆発で先回りする。
「おら、次はどこだ」
「馬鹿かよ、あんた!」
トルネが叫ぶ。
「ここは足場だぞ! 爆ぜたら落ちるだろ!」
「落ちる前に捕まえりゃいい」
「クッソ、話が通じねえ!」
「賞金首と話す趣味はねえな」
クラリッサは走りながら、吊り荷の重心を下へ沈めた。揺れ幅が死に、縄の悲鳴が低くなる。滑車の軸を重くして回転を鈍らせる。割れかけた板の片端に質量を寄せ、崩れる向きを変える。
止めているのではない。
落ちる勢いを重さで殺している。
トルネは下層へ向かう細い吊り路に出た。
クラリッサの位置からは、彼の小さな背中と、防水箱だけが見える。
「来んな!」
トルネは腰の抜杭鉤を引き抜いた。
鉤が固定楔へかかる。
クラリッサの目が細くなった。
「そこは抜かないでください!」
トルネが笑った。
「抜かれるように刺してあるのが悪いんだよ!」
楔が抜けた。
中層から下層へ渡る細い連絡足場が、ぐらりと沈む。上にいた露店の箱が傾き、果物が滝へ落ちる。子供が一人、足を滑らせた。
「留まれ、静謐の錘!」
クラリッサは子供へ指をかざし、魔術構成へ質量系統の魔力を流し込んだ。
足場の上に、見えない重さが落ちた。子供の靴底が、鉛を履いたように重くなる。小さな体は板の端で踏みとどまり、落ちかけた果物は重さの向きを狂わされたように、ばらばらと足場へ転がり戻った。
クラリッサは子供を引き戻した。
「大丈夫ですか」
子供は泣きながら頷いた。
「……落ちなくて、よかった」
それを確認した瞬間、上からメリッサの声が落ちてきた。
「クラリッサ、足元」
「分かっています。足場は見ています」
「違う。お前の足元だ」
クラリッサは自分の立つ板を見た。
トルネが抜いた楔のせいで、隣の板ごと沈み始めている。
視界の端で赤い光が走った。
メリッサが岩肌を爆ぜさせる。爆風を踏み、空中で身をひねり、クラリッサのそばへ落ちてきた。クレイモアは刺さない。爆発もしない。片手だけで、クラリッサの外套の襟をつかむ。
「ほらよ」
メリッサは妹を安全な板へ引きずり上げた。
クラリッサは息を詰める。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。説教は後で聞く」
「今聞いてください!」
「今はあっちだ」
トルネは下層へ飛び移っていた。
滝見宿『霧の寝床』へ続く避難路。そこを支える太い親杭が、濡れた梁を深く貫いている。
トルネは防水箱を背から下ろした。黒い防水布がめくれ、中から油を塗られた太い杭が見えた。
町の背骨だった。
「親杭一本で宿も商会も止まる」
トルネが言った。
「返してほしけりゃ金を積むしかねえ。足場組の連中も、俺を安く見たことを思い知るだろうよ!」
クラリッサは息を整えながら、下層へ続く階段を降りた。
メリッサは上層側の岩棚に着地する。クラリッサは下層側の足場へ回り込む。トルネはその間、避難路の親杭のそばにいた。
「その箱を置いてください」
クラリッサが言った。
「置いたら賞金首だろ」
「置かなくても賞金首です」
メリッサがクレイモアを構えた。
「話は終わりだな」
「姉さん、爆破は使わないでください!」
「使わねえと逃げるぞ」
「そこは駄目です!」
「なら足元だけ爆ぜさせる」
「足元が町なんです!」
トルネが笑った。
「やれよ。爆裂女。こっちが先に抜くか、あんたが先に町を落とすか」
抜杭鉤が、避難路の親杭へかかった。
親杭が、わずかに鳴った。
クラリッサは走った。
足元が濡れていた。息が切れた。耳の奥で滝が轟いている。メリッサの呼吸。トルネの嘲り。足場の軋み。親杭が抜けかける鈍い音。
全部が重なった。
怖い。
爆発も、古代兵器も、報告書も嫌いだ。姉が危険を笑うのも、賞金首が安全を笑うのも嫌いだ。
けれど、ここで怖がっているだけなら、町は落ちる。
クラリッサには、足場のどこに重さが溜まり、どこへ逃がせば折れずに済むかが見えていた。
嫌いな手段だ。それでも、使えないのなら、持っている意味がない。
トルネがクラリッサを見た。
「泣き虫は下がってろ」
クラリッサは止まった。
メリッサも、止まった。
「クラリッサ」
姉の声は、珍しく低かった。
クラリッサは腰のケースを開けた。
中から、黒い正四角形の小箱が浮かぶ。
古代兵器、ブロックブースター。
クラリッサの手は震えていた。だが、声は震えなかった。
「いい加減にしてください!」
滝の音が、一拍消えた。
黒い箱が、トルネの足元で止まる。
クラリッサは泣きそうな顔のまま、三つ数えた。
親杭は残す。
賞金首の逃げ道は潰す。
衝撃は吊り網へ逃がす。
「姉さん、動かないでください。巻き込みます」
メリッサは笑わなかった。
「あいよ」
爆炎はなかった。
まず、水煙が四角くへこんだ。次に、空気が折れた。親杭にかけられていた鉤、トルネの逃げ道、足場の裏に隠してあった盗品箱、全部が見えない箱の中へ押し込まれたように歪む。
トルネの目が見開かれた。
「待っ――」
次の瞬間、四角い爆発が起きた。
音は遅れて来た。
滝霧が白い壁となって弾け、濡れた板が跳ね、隠してあった盗品の箱がまとめて宙を舞った。トルネは親杭から引き剥がされ、吊り網へ真っ逆さまに落ちる。
メリッサの前髪が少し焦げた。
避難路は残った。親杭も残った。
衝撃は吊り網へ逃がした。
逃がした先に、傷んだ中層第三足場があった。
そこまでは、クラリッサのせいではない。たぶん。
クラリッサは肩で息をした。
誰も何も言わなかった。
水煙の向こうで、吊り網に絡まったトルネが、黒焦げの顔を上げる。
「あれを……泣き虫って呼んだの、誰だよ……」
それだけ言って、気絶した。
メリッサがゆっくり笑った。
「やればできるじゃねえか、クラリッサ」
クラリッサは振り返った。
その顔を見て、メリッサは半歩下がった。
「姉さん」
「おう」
「休暇を」
「うん」
「返してください」
メリッサは滝を見た。
「賞金で宿を取り直すか」
◆
「決まりました」
受付嬢は、紙を一枚置いた。
「賞金は?」
「消えました」
「なんでだよ」
「町を壊したので」
メリッサは黙った。受付嬢はクラリッサを見た。
「あなたの鎮術で助かった住人がいます。親杭も残りました」
クラリッサは小さく頭を下げた。
「でも、あの爆発はやり過ぎです。結果的に、一番壊したのはあなたです」
頭が上がらなかった。
メリッサは紙を覗き込む。
「で、宿は」
「取れません」
「なぜだ」
「避難路を壊したからです」
「残しただろ」
「残したことを感謝される前に、壊したことを謝ってください」
受付嬢は別の紙を差し出した。
分割申請書、とあった。
クラリッサは震える手で筆を取った。
「クラリッサ」
「なんですか…」
「休暇、延びたな」
筆先が折れた。
ブロックブースターのケースが、かすかに鳴る。
メリッサは半歩下がった。
「冗談だ」
「姉さん」
「おう」
「次に跳んだら、姉さんだけ沈めます」
滝の音が、一瞬だけ小さく聞こえた。
休暇は壊れた。
請求書は残った。
それでも、誰も落ちなかった。
静まらぬものは、滝だけではなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
面白かった、続きが読みたいと思っていただけましたら、評価・感想などいただけると励みになります。
本作は、滝にへばりつく観光地テラ・レイスを舞台に、休暇のはずがまったく休暇にならないシャンデリア姉妹の一幕でした。
派手に跳び、派手に壊す姉メリッサと、静かに過ごしたいのに結局いちばん大きな音を出してしまう妹クラリッサ。
爆裂姉妹という呼び名を誰より嫌がっているクラリッサが、町を守るために嫌いな爆破を選ぶ、という話でもあります。
テラ・レイスの挨拶は「落ちずに帰れ」。
休暇も宿も請求書も無事ではありませんでしたが、誰も落ちなかったので、たぶん今回は勝ちです。




