第8話「亀裂が走る」
週が明けた月曜日、学園の雰囲気が少し変わっていた。
具体的に何かが変わったわけではない。授業も日常も同じだった。ただ空気が違った。柊はそれを登校してすぐに感じた。
正門の近くに見慣れない教師が立っていた。先週はいなかった人物だ。生徒の顔を一人ずつ確認するような目で見ていた。柊が通り過ぎるとき、一瞬だけ視線が止まった。すぐに外れた。
教室に入ると、17はすでに席にいた。窓の外を見ていた。いつもと変わらない。
ただ、机の上に何も置いていなかった。鞄も、教科書も。
柊は自分の席に座って、横目で見た。17は気づいていたが何も言わなかった。
一時間目が始まる前、神崎が教室に入ってきた。表情が固かった。
「今日から当面の間、学園内の移動に制限がかかる。訓練場と屋上は許可証なしで入れなくなった。何かあれば教師に報告するように」
理由は言わなかった。生徒たちがざわめいた。
柊は白瀬を見た。白瀬は真剣な顔でメモを取っていた。朝霧は無表情のままだった。
17は相変わらず窓の外を見ていた。
二時間目の途中、17が席を立った。
授業中だった。教師が驚いて声をかけた。
「17、どこへ」
「少し外します」
「授業中だぞ」
「すぐ戻ります」
教師が何か言う前に、17は教室を出た。廊下に出る直前、柊と目が合った。何かを伝えようとしているような目だった。
柊は教科書を見た。何も書かれていない余白に、小さく書いた。
「何が起きてる?」
返事が来るわけがない。でも書かずにいられなかった。
17が戻ってきたのは十分後だった。
席に座って、また窓の外を見た。授業が終わって休憩になったとき、柊はすぐに声をかけた。
「どこ行ってたの」
「確認」
「何の」
「正門の外」
柊は声を落とした。
「見たの? さっきの新しい教師」
「教師ではない」
柊の背筋が少し緊張した。
「管理局?」
「それ以上だろうな」
「それ以上って」
17は答えなかった。チャイムが鳴って、次の授業が始まった。
昼休み、白瀬は珍しく一人で食堂の隅に座っていた。
携帯を見ていた。メッセージのやり取りをしていたが、柊が近づくと素早くしまった。
「隣いい?」と柊は言った。
「どうぞ」
柊はトレーを置いて座った。しばらく食べながら、白瀬の様子を見た。いつもより表情が硬い。愛想の良さが少し薄れている。
「今日、雰囲気変わったね」と柊は言った。
「そう?」
「正門に知らない人が来てた」
白瀬は何も言わなかった。
「白瀬くんは知ってる?」と柊は続けた。「何が起きてるか」
「知らないよ」と白瀬は言った。「僕はただの転入生だから」
柊は白瀬を見た。白瀬は視線を外した。
「ただの転入生がそんな顔するの?」
「どんな顔」
「追い詰められたみたいな顔」
白瀬は少し黙った。それから笑った。でも今日の笑顔は作り物だとわかった。柊にも、おそらく白瀬自身にも。
「気のせいだよ」
「そう」
柊は食事を続けた。白瀬も食べ始めた。二人の間に会話はなかった。
食堂の出口近くに、朝霧が立っているのが見えた。食事を持っていなかった。入口と出口を交互に見ていた。
柊は気づかないふりをして食事を続けた。
午後の授業が終わった直後、事態が動いた。
廊下に見慣れないスーツ姿の人間が三人現れた。教師ではない。腰のあたりに何かを携帯している。生徒たちがざわめいた。
三人は一直線に教室に向かってきた。
神崎が廊下で止めようとした。短いやり取りがあって、神崎が一歩引いた。三人はそのまま教室に入ってきた。
生徒たちが息を呑んだ。
先頭の男が教室全体を見渡した。視線が17の席で止まった。
「17番の生徒、来てもらえますか」
静かな声だった。命令ではなく、依頼の形を取っていた。でも全員が命令だとわかった。
17は席に座ったまま、男を見た。
「理由は」
「少し話を聞きたいだけです」
「任意か」
「もちろん」
17はしばらく男を見ていた。三秒、四秒。男は視線を外さなかった。
やがて17は立ち上がった。鞄は持たなかった。教科書も置いたままだった。
廊下に出る直前、一度だけ振り返った。
柊と目が合った。
17は何も言わなかった。でもその目が、柊には何かを言っているように見えた。
何を言っているのかは、わからなかった。
三人と17が廊下に消えた。教室に沈黙が落ちた。
誰も喋らなかった。
白瀬は机の上で手を組んでいた。朝霧は窓の外を見ていた。二人とも、表情が読めなかった。
柊は立ち上がった。
神崎が「席に座れ」と言った。柊は無視した。廊下に出た。
三人と17の姿はもう見えなかった。廊下の突き当たりを曲がったか、あるいは階段を下りたか。
足音が消えていた。
柊はその場に立ったまま、廊下の先を見た。
均衡が崩れた、と思った。
7話で17が言っていた言葉が頭の中で繰り返した。
そのときはそのとき。
そのときが、来た。




