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第6話「もう1人の贈り物」


 木曜日の朝、また新しい生徒が来た。

 今度は女子だった。

 セミロングの黒髪、静かな目、表情が乏しい。制服の着方は正確で、無駄な動きがない。教室に入ってきた瞬間、空気がわずかに変わった気がした。柊だけがそれに気づいた。

 神崎が紹介した。

「転入生だ。朝霧静、よろしく」

 朝霧は軽く頭を下げた。

「朝霧静です」

 それだけだった。白瀬のような愛想はなかった。席は教室の中央、前から三番目に割り当てられた。朝霧は何も言わずに座った。

 17は朝霧が入ってきた瞬間から一度も見ていなかった。

 柊はその様子を見て、逆に確信した。


 一時間目の休憩、朝霧に話しかける生徒は少なかった。白瀬と違って朝霧は自分から距離を詰めてこない。愛想よく返すこともしない。質問には答えるが、それ以上は喋らない。

 白瀬が朝霧の席に近づいた。

「同じ日に転入なんて珍しいね。どこから来たの」

「東の方」

「そっか。知り合いはいる?」

「いない」

 白瀬は笑顔を崩さなかったが、それ以上話しかけなかった。朝霧の返し方が会話を続けることを想定していない。

 柊は二人のやり取りを見ていた。

 白瀬と朝霧は初対面のように振る舞っていた。でも、そうは見えなかった。初対面の人間同士が持つ微妙な探り合いがない。お互いの存在を既に知っている人間の、知らないふりをした距離感だった。


 昼休み、柊は屋上に上がった。

 17がいた。いつもと同じ場所に立っていた。

「今日も来た」と17は言った。

「来ちゃダメ?」

「別に」

 柊は隣に並んだ。しばらく無言で空を見た。今日は晴れていて、昨日の雨が嘘のようだった。

「朝霧さんのこと」と柊は言った。

「ああ」

「白瀬くんと同じ?」

 17は少しだけ間を置いた。

「お前は早いな」

「否定しないんだね」

「する必要があるか」

 柊は正面を向いたまま続けた。

「二人とも管理局から来たの?」

 今度の沈黙は少し長かった。17は空を見ていた。

「どこから出た」

「推測。白瀬くんが来たのが管理局がデータを更新した翌日で、朝霧さんが来たのがその四日後。管理局が動くとしたらこのタイミングしかない」

「調べたのか」

「図書室に資料があった」

 17は柊を横目で見た。珍しく、少しだけ表情が動いた。何かを評価するような目だった。

「管理局かどうかは知らない」と17は言った。「でも、どこかから来たのは確かだ」

「あなたを調べるために?」

「そうだろうな」

 柊は息を吐いた。

「怖くないの」

「何が」

「追われてること」

 17はしばらく黙った。遠くを見ていた。

「慣れている」

 その5文字が、柊の中に静かに落ちた。慣れている、ということは、今に始まった話ではない。ずっとそうだったということだ。

 どのくらい前から、とは聞かなかった。聞ける雰囲気ではなかった。


 午後の授業が終わった後、朝霧は一人で校舎の中を歩いた。

 地図を確認する素振りも見せず、迷う様子もなく、廊下を進んだ。向かった先は第三訓練場だった。先週、器物損傷があったと報告のあった場所だ。

 中に入って、損傷したターゲットを見た。

 しゃがんで、内側からひしゃげた跡を指でなぞった。金属の断面を見た。切断でも衝撃でもない。内部から均等に変形している。

 朝霧は立ち上がって、部屋の中央に立った。

 目を閉じた。

 知覚系の能力だった。空間に残る干渉の痕跡を読み取る。残留している情報は薄かった。数日経っていれば当然だ。それでも何もないよりはいい。

 三十秒後、朝霧は目を開けた。

 顔色が少し変わっていた。蒼白、というほどではない。ただ何かに驚いたときの、人間の本能的な反応がわずかに出ていた。

 すぐに元の無表情に戻した。

 携帯を出してメッセージを打った。

 「訓練場の痕跡を確認。規模が想定より大きい。現場での接触は推奨しない」

 送信した。返信を待たずに携帯をしまった。

 訓練場を出る前に、もう一度だけひしゃげたターゲットを見た。

 これを一人でやった、と思うと、朝霧の中で何かが書き換わった。任務として来た場所で、任務以外の感情が動いた。

 それを朝霧は無視した。廊下に出て、何事もなかったように歩いた。


 夕方、17は帰り際に朝霧とすれ違った。

 廊下の途中で、二人の間に一メートルほどの距離があった。

 朝霧は歩みを止めなかった。17も止めなかった。すれ違いざまに朝霧が正面を向いたまま小さく言った。

「第三訓練場に行った」

 17も正面を向いたまま答えた。

「知っている」

「規模を読んだ」

「それで?」

 朝霧は一瞬だけ歩みを遅らせた。

「なぜ学園にいるの」

「いてはいけないか」

 朝霧は答えなかった。また歩き始めた。

 二人はそのまま逆方向に歩いて、廊下の曲がり角でそれぞれ姿が消えた。

 近くを歩いていた生徒は二人が何かを話しているとは気づかなかった。声が小さすぎた。


 夜、朝霧は二通目のメッセージを送った。

 「対象と接触。敵対的ではない。ただし、協力的でもない」

 返信が来た。

 「引き続き監視せよ。ただし――対象を刺激するな」

 朝霧はメッセージを見た。

 刺激するな、という言葉の意味を考えた。警戒しているのか、それとも別の理由があるのか。上がどこまで17のことを知っているのか、朝霧には見えなかった。

 訓練場で感じた規模を思い出した。

 上は、本当にわかっているのだろうか。

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