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第54話「反応」

 北の施設に着いたのは、夜の十一時過ぎだった。


 車を施設から五百メートル離れた場所に止めた。そこから先は徒歩だった。遠野が「音を立てるな」と言った。全員が頷いた。


 山道を歩いた。木の間を抜けた。草が足元で鳴った。月が出ていた。雲が少しあって、月が隠れるたびに辺りが暗くなった。


 施設が見えてきた。


 古い建物だった。コンクリートの壁が崩れかけていた。窓が割れていた。電力が供給されているという情報があったが、光は見えなかった。


「電力は来ているが使われていない状態だ」と霧谷は言った。小声だった。「無人の可能性が高い。」


 全員が奥津を見た。


 奥津が目を閉じていた。フードを被ったまま、じっとしていた。しばらくそのままだった。


 三十秒ほどして、奥津が首を振った。


「反応がない」と奥津は言った。「ここには誰もいない。」


「確かか」と遠野は言った。


「確かだ」と奥津は言った。「私の能力が反応しない場所に、計測不能の能力者はいない。」


「わかった」と遠野は言った。「次に移動する。東だ。」


---


 車に戻った。


 今度は東に向かった。山を下りて、平地に出た。道が広くなった。街灯が増えた。人の気配が出てきた。


 移動しながら、霧谷が手帳を開いていた。


「今夜の伏兵について記録しています」と霧谷は言った。17に向かって言った。「素性不明の三人。鵺との接触を妨害しようとした。管理局の上層部との関連は不明。これで合っていますか。」


「合っている」と17は言った。「ただ、全員が能力者だったかどうかはわからない。能力を使わなかった可能性がある。」


「能力者だったとして、系統は」と霧谷は言った。


「読めなかった」と17は言った。「俺の解析が通らなかった。意図的に遮断していたか、俺の解析が届かない種類の能力者だったか。どちらかだ。」


「奥津と同じ系統かもしれない」と白瀬は言った。


 奥津が少し動いた。「違う」と奥津は言った。「私の能力は解析を遮断するものではない。別の仕組みだ。」


「じゃあ別の何かか」と白瀬は言った。


「わからない」と奥津は言った。「でも今夜の三人は、私とは別の系統だと思う。」


 霧谷が手帳に書いた。「記録しておきます」と霧谷は言った。


---


 東の施設に着いた。


 港の近くだった。倉庫が並んでいた。潮の匂いがした。夜の港は静かだった。船が遠くに見えた。


 目的の倉庫は、他の倉庫と並んで建っていた。外見は普通だった。看板があった。物流会社の名前だった。


 全員が車の中にいた。降りなかった。倉庫から距離を取ったまま、奥津が目を閉じた。


 今度は少し長かった。一分ほどかかった。


 奥津が首を振った。


「ここにもいない」と奥津は言った。「能力者の気配はあった。でも計測不能ではない。管理局の局員が数人いる。倉庫の管理をしているだけだ。」


「南だ」と遠野は言った。


「そうなる」と17は言った。


「南の地下施設まで、ここから一時間かかる」と霧谷は言った。手帳を見ながら言った。「今夜のうちに行くか。」


「行く」と17は言った。


「深夜になる」と遠野は言った。「管理局の警戒が上がっている可能性がある。今夜の伏兵の件もある。」


「だからこそ今夜行く」と17は言った。「向こうが警戒を上げる前に確認する。場所を特定するだけだ。中には入らない。」


 遠野が少し考えた。霧谷を見た。奥津を見た。「わかった」と遠野は言った。「行くぞ。」


---


 南に向かった。


 道が変わった。住宅地を抜けて、田んぼの間の道を走った。街灯が減った。周囲が暗くなっていった。山ではなかった。平地だった。でも人が少ない場所だった。


 車内が静かだった。


 白瀬が窓の外を見ていた。朝霧の車が後ろをついてきていた。


 17は追跡の能力で周囲を確認し続けていた。さっきの伏兵の三人の気配は消えていた。別の気配が出てくる様子はなかった。


 奥津が静かに座っていた。目が少し開いていた。フードの中から前を見ていた。


「一つ聞いていいか」と17は言った。奥津に向かって言った。


「聞け」と奥津は言った。


「お前の能力は、計測不能の能力者に反応する」と17は言った。「今、俺の隣にいる。俺に対しても反応しているのか。」


 奥津は少し間を置いた。「している」と奥津は言った。


「どんな反応だ」と17は言った。


「強い」と奥津は言った。それだけ言った。


「強い、か」と17は言った。


「施設にいたとき、お前の隣にいると私の能力が安定した」と奥津は言った。淡々とした声だった。感情を抑えているのか、もともとそういう話し方なのか、17にはまだわからなかった。「今もそうだ。お前の近くにいると、私の能力が安定する。理由はわからない。でもそうだ。」


「俺の近くにいると安定する」と17は言った。


「そうだ」と奥津は言った。


 白瀬が窓の外を見たまま、少し耳を傾けていた。霧谷が手帳を開こうとして、遠野に「今は書くな」と言われて閉じた。


「俺がお前の近くにいる方が、今夜の確認精度が上がるか」と17は言った。


「上がる」と奥津は言った。「さっきより正確に反応できる。」


「わかった」と17は言った。


---


 四十分ほど走った頃、遠野が車を止めた。


「ここから先は徒歩だ」と遠野は言った。「施設は地下にある。地上の入口が一か所だけある。その近くまで行く。ただし入口には近づかない。奥津の能力が届く範囲で止まる。」


「どのくらいの距離まで近づく必要がある」と17は言った。奥津に向かって聞いた。


「百メートル以内なら反応が取れる」と奥津は言った。「五十メートルまで近づければより正確だ。」


「五十メートルで行く」と17は言った。


「入口に管理局の人間がいる可能性がある」と遠野は言った。「見つかれば終わりだ。」


「見つからないように動く」と17は言った。


「お前がそう言うなら信じるしかないか」と遠野は言った。少し苦い顔をした。


---


 全員が車を降りた。


 朝霧も合流した。六人で田んぼの間の道を歩いた。月が出たり隠れたりしていた。


 五分ほど歩いた。


 地面が少し変わった。舗装されていた。周囲に何もなかった。建物もなかった。ただ地面だけがあった。


 遠野が止まった。「この辺りのはずだ」と遠野は言った。「地上に何もないが、地下に施設がある。」


 17が追跡の能力で周囲を確認した。


 人の気配が一つあった。地面の下だった。


 深い場所だった。施設が地下にあるのは本当だった。地上に出入口が一か所あった。そこに管理局の気配が一つ。見張りだった。


「見張りが一人いる」と17は言った。「入口の近くだ。」


「位置は」と朝霧は言った。


「俺たちから見て左前方、三十メートルほど」と17は言った。「地面に段差があるあたりだ。」


 全員が左前方を見た。暗くて見えなかった。でも17が言うなら間違いなかった。


「奥津」と17は言った。


「わかった」と奥津は言った。


 奥津が目を閉じた。


---


 全員が動かなかった。


 奥津が目を閉じたまま、じっとしていた。遠野が腕を組んでいた。霧谷が手帳を持ったまま固まっていた。白瀬が周囲を見ていた。朝霧が地面を見ていた。


 17は奥津の隣にいた。


 奥津の能力が安定すると言っていた。俺の近くにいると。理由はわからないが、事実だと言っていた。


 それがどういう仕組みなのかは、17にもわからなかった。でも今は余計なことを考える必要はなかった。


 一分が過ぎた。


 奥津が動いた。


 目が開いた。フードの中の目が、真っ直ぐ地面を見た。


「いる」と奥津は言った。


 全員が奥津を見た。


「地下に、計測不能の能力者がいる」と奥津は言った。「強い反応だ。北の施設とも、東の施設とも全然違う。ここだ。」


 誰も何も言わなかった。


 夜の田んぼが静かだった。風が草を揺らした。


「確定か」と遠野は言った。


「確定だ」と奥津は言った。


---


 全員が少し動いた。


 遠野が霧谷を見た。霧谷が手帳を開いた。場所の記録を取り始めた。白瀬が周囲を確認した。朝霧が17の隣に来た。


「地下だ」と朝霧は言った。小声だった。


「ああ」と17は言った。


「入口は一か所だけか」と朝霧は言った。


「今確認できている範囲ではそうだ」と17は言った。「他にあるかもしれない。構造はまだわからない。」


「次のステップが必要だな」と朝霧は言った。


「ああ」と17は言った。「今夜は確認だけだ。」


 奥津がまだ地面を見ていた。目が開いたままだった。


「奥津」と17は言った。


「何だ」と奥津は言った。


「地下の人間の状態はわかるか」と17は言った。「生きているか。」


「生きている」と奥津は言った。即答だった。「能力が動いている。拘束されていても、まだ使っている。」


「何のために使っているかはわかるか」と17は言った。


 奥津はしばらく間を置いた。「外に届けようとしている」と奥津は言った。「誰かに向かって。さっきから同じ方向に向かって、ずっと何かを出し続けている。」


「方向は」と17は言った。


 奥津が顔を上げた。方向を確認するように首を動かした。それから一方向を向いた。


 北東だった。


 17は北東を見た。


 北東の方向に、学園があった。


---


 全員が気づいた。


 霧谷が手帳を持ったまま固まった。白瀬が目を細めた。朝霧が17を見た。遠野が腕を組んだまま動かなかった。


「学園の方向だ」と白瀬は言った。


「ああ」と17は言った。


「地下の人間が、学園に向かって何かを出し続けている」と朝霧は言った。


「そうだ」と奥津は言った。「ずっと前から出し続けているような感じだ。最近始まったのではない。」


「誰に向けているんだ」と遠野は言った。


 誰も答えなかった。


 17は学園の方向を見た。北東の空だった。夜の空だった。星が少し見えた。


 学園にいる人間。


 能力者は複数いた。柊、白瀬、朝霧、咲、桐島、水無瀬。そして17。


 その中の誰かに向けて、地下の人間がずっと何かを出し続けていた。


「俺かもしれない」と17は言った。


 全員が17を見た。


「消された記憶の中に、この人間がいる可能性がある」と17は言った。「俺に向けて出し続けているなら、それは俺に届けたいものがあるということだ。」


「届いていないのか」と遠野は言った。


「わからない」と17は言った。「でも今まで気づかなかった。それはまだ届いていないということかもしれない。」


「あるいは」と奥津は言った。静かな声だった。「届いていたが、気づけなかっただけかもしれない。」


 17はその言葉をしばらく考えた。


 届いていたが、気づけなかった。


---


 全員が車に戻った。


 帰り道は来た道を戻った。遠野が運転した。霧谷が手帳に記録を書き続けていた。


 車内が静かだった。


 白瀬が窓の外を見ていた。朝霧の車が後ろをついてきていた。


 17は窓の外を見ていた。夜の田んぼが続いていた。街灯が少しずつ増えてきた。


 奥津が口を開いた。


「17」と奥津は言った。


「何だ」と17は言った。


「地下の人間の能力の感じが」と奥津は言った。少し間を置いた。「お前に似ている。」


 17は奥津を見た。


「式系やFormula系の感じではない」と奥津は言った。「でも根本的な何かが、お前と同じ匂いがする。」


「同じ匂い」と17は言った。


「うまく言えない」と奥津は言った。「でもそう感じた。」


 車が街灯の多い道に出た。明るくなった。


 17は前を向いた。


 地下の人間が、俺に似た能力の匂いを持っている。俺に向けて何かを出し続けている。


 消された記憶の中にいる人間。


 それが誰なのか。


 答えはまだなかった。でも今夜、確実に一歩近づいた。


---


 学園に戻ったのは深夜だった。


 鵺の三人と別れた。遠野が「次の動きは連絡する」と言った。霧谷が「今夜の記録は保管します」と言った。奥津は何も言わなかった。ただ車を降りる前に一度だけ17を見た。


 フードの中の目だった。静かな目だった。


 車のドアが閉まった。


---


 朝霧と白瀬と三人で学園に戻った。


 門をくぐって、廊下を歩いた。


「今夜の情報を明日整理する」と白瀬は言った。「桐島と水無瀬にも伝える。」


「ああ」と17は言った。


「奥津が言っていたことが本当なら」と朝霧は言った。「地下の人間はずっとお前に何かを送り続けている。それが何なのかを考える必要がある。」


「考えている」と17は言った。


「今夜は休め」と朝霧は言った。「考えるのは明日にしろ。」


 17は少し朝霧を見た。「ああ」と17は言った。


 三人が解散した。


---


 自分の部屋に戻った。


 窓の外を見た。夜の学園が静かだった。


 追跡の能力で学園全体を確認した。全員がいた。咲が自分の部屋にいた。柊の部屋の明かりがまだ点いていた。


 17は柊の部屋の明かりをしばらく見た。


 無事に帰ってきてね、と柊は言っていた。約束して、と言っていた。


 帰ってきた。


 その事実を確認してから、17は窓から離れた。


 横になった。


 地下の人間が北東に向かって何かを出し続けている。俺に似た能力の匂い。消された記憶。


 それが誰なのか。


 目を閉じた。


 答えは、もう少し先にあった。

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