第53話「能力?使いたい時に使う」
月曜日の夜、十時だった。
遠野の車だった。黒い車で、目立たない型だった。座席は五つあった。運転席に遠野、助手席に霧谷、後部座席に17と白瀬と奥津が並んだ。朝霧は別の車に乗った。遠野が「万が一のとき用に別動隊がいた方がいい」と言ったので、朝霧が一人で後ろをついてきていた。
山道だった。夜の山道を北に向かっていた。最初の候補、北の施設を確認しに行くためだった。
車内は静かだった。
霧谷が手帳に何かを書いていた。助手席で手帳を開いて、街灯の光が届くたびにペンを走らせていた。
奥津が目を閉じていた。能力を使っているのかもしれなかった。フードを被ったまま、じっとしていた。
白瀬が窓の外を見ていた。
17は前を見ていた。追跡の能力で周囲を確認していた。山道の両側に木が続いていた。人の気配はなかった。
なかった。
一度確認してから、もう一度確認した。
なかった。
17は少し間を置いてから、三度確認した。
いた。
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木の中に、三つの気配があった。
動いていなかった。待っていた。車が来るのを待っていた。伏兵だった。
「止まれ」と17は言った。
遠野が「何だ」と言いながらブレーキを踏んだ。車が静かに止まった。
「前方の木の中に三人いる」と17は言った。「待っていた。伏兵だ。」
車内の全員が動いた。遠野が前を見た。霧谷が手帳を閉じた。白瀬が窓の外を確認した。奥津が目を開けた。
「気配が読めるか」と白瀬は言った。
「三人。能力者だ。ただ、系統が読めない。」と17は言った。
「第三勢力か」と遠野は言った。「俺たちを追っている連中がいる。管理局でもNullでもない。」
「知っていたのか」と白瀬は言った。
「可能性として考えていた」と遠野は言った。「確証はなかった。」
「今から来る」と17は言った。
三つの気配が動き始めた。
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17が車を降りた。
「お前一人でどうするつもりだ」と遠野が言った。
「対処する」と17は言った。「車の中にいろ。」
「俺たちも」と白瀬が言いかけた。
「いい」と17は言った。「この道幅では車を回せない。後退できない状態だ。遠野、バックで退避できる場所を探せ。白瀬は車を離れるな。奥津を守れ。」
白瀬が少し止まった。「わかった」と白瀬は言った。
17が車のドアを閉めた。
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夜の山道だった。
街灯が一本あった。その光が地面に落ちていた。木の葉が風で揺れていた。虫の音があった。
三人が木の中から出てきた。
全員が黒い服だった。顔が見えなかった。目元だけが出ていた。体格は三人ともバラバラだった。一人は大柄、一人は中肉中背、一人は細身だった。
大柄な人間が前に出た。「計測不能か」と大柄が言った。低い声だった。「噂通りだ。一人で来るとは思わなかった。」
「用件を聞く」と17は言った。
「鵺と接触するな」と大柄が言った。「それだけだ。今夜は引き返せ。そうすれば手荒なことはしない。」
「断る」と17は言った。
「そうか」と大柄が言った。「なら仕方がない。」
三人が動いた。
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17は能力を使わなかった。
意図的だった。この三人の系統が読めなかった。解析の能力が輪郭を掴めていなかった。能力系統がわからない相手に式系を使うのは、反応を読まれるリスクがあった。それなら能力を使わずに動いた方が、相手に手の内を見せずに済んだ。
それだけの理由だった。
大柄が最初に来た。右の拳が17の顔に向かった。大柄だった。速くはなかった。17は左に半歩動いてそれを外した。外れた拳の勢いを使って大柄の腕を掴んだ。引いた。大柄の体が前に崩れた。そこに17の右肘が入った。脇腹だった。
大柄が呻いた。でも倒れなかった。体格があった。呻きながら17を掴もうとした。17は掴まれる前に離れた。
中肉中背が横から来た。蹴りだった。速かった。17は一歩後退してそれを受け流した。受け流した足を掴んだ。引いた。中肉中背が体勢を崩した。そのまま地面に引き倒した。倒れた。
細身が後ろから来た。気配で気づいた。振り向かずに右肘を後方に出した。細身の顔面に入った。細身が止まった。
三人が一度距離を取った。
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大柄が「能力を使わないのか」と言った。
17は答えなかった。
「なぜだ」と大柄は言った。
「必要がない」と17は言った。
大柄が少し止まった。その言葉が引っかかったらしかった。
中肉中背が立ち上がった。今度は三人が同時に動いた。
大柄が正面から。中肉中背が右から。細身が左から。三方向同時だった。
17は正面の大柄に向かって動いた。逃げなかった。前に出た。大柄が驚いた顔をした。向かってくるとは思っていなかったらしかった。その一瞬の隙に大柄の懐に入り込んだ。大柄の体を盾にするように位置を取った。中肉中背と細身が止まった。大柄に当たるから動けなかった。
17が大柄の腕を取った。関節を逆に取った。大柄が声を上げた。
「動くな」と17は言った。中肉中背と細身に向かって言った。「動けば折る。」
二人が止まった。
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夜の山道が静かになった。
大柄が動かなかった。関節を逆に取られたまま、声を殺していた。
「もう一度聞く」と17は言った。「誰の指示で動いている。」
「言えない」と大柄は言った。歯を食いしばりながら言った。
「そうか」と17は言った。
少し力を入れた。大柄が呻いた。
「言えない」と大柄は繰り返した。
17は少し間を置いた。それ以上は力を入れなかった。「わかった」と17は言った。「一つだけ伝えておく。次に来るときは、もう少し人数を増やした方がいい。」
17が大柄を解放した。
大柄が腕を押さえながら後退した。中肉中背と細身が大柄の隣に来た。三人が17を見た。
「お前は何者だ」と中肉中背が言った。今夜初めて口を開いた。
「さあ」と17は言った。
三人が顔を見合わせた。それから山道の奥に消えていった。足音が遠ざかった。やがて聞こえなくなった。
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静かになった山道で、17は三人が消えた方向を見た。
追跡の能力で確認した。三人が山を下りていた。戻ってくる気配はなかった。
車のドアが開いた。
白瀬が降りてきた。「終わったのか」と白瀬は言った。
「ああ」と17は言った。
「能力を使わなかったな」と白瀬は言った。
「そうだ」と17は言った。
「系統が読めなかったからか」と白瀬は言った。
「それもある」と17は言った。「向こうに手の内を見せたくなかった。素性がわからない相手だ。」
白瀬はしばらく17を見た。「三人を一人で制圧した」と白瀬は言った。「能力なしで。」
「大したことではない」と17は言った。
「大したことだ」と白瀬は言った。少し呆れたような声だった。
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遠野が車から降りてきた。霧谷も降りた。奥津が最後に降りた。
遠野が17を見た。「一人でやったのか」と遠野は言った。
「ああ」と17は言った。
「能力を使わずに」と遠野は言った。
「そうだ」と17は言った。
遠野が少し黙った。「俺たちが甘く見られていたわけじゃないんだな」と遠野は言った。「お前がいるから標的にされた。」
「そうかもしれない」と17は言った。「鵺と俺が接触するなと言っていた。誰かが俺たちの動きを知っていた。」
「管理局の上層部か」と霧谷は言った。手帳を開きかけていた。
「わからない」と17は言った。「でも今夜の動きを事前に知っていた人間がいる。情報が漏れている。」
「俺たちの中に」と遠野は言った。
「そうとは限らない」と17は言った。「管理局の記録型機器が学園内にある。俺たちの動きを間接的に把握できる可能性がある。」
「厄介だな」と遠野は言った。
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奥津が17の前に来た。
フードの中の目が17を見ていた。静かな目だった。
「見ていた」と奥津は言った。
「そうか」と17は言った。
「能力を使わなかった理由は、それだけではないだろう」と奥津は言った。
17は少し奥津を見た。「さあ」と17は言った。
「さあ、か」と奥津は言った。少し間を置いた。「施設にいたとき、お前はよく能力を使わなかった。研究者たちが能力を試そうとしても、使わなかった。理由を聞いたことがある。」
「何と答えた」と17は言った。
「使いたいときに使う、と言った」と奥津は言った。「使いたくないときは使わない、と。」
17はその言葉を聞いた。
使いたいときに使う。使いたくないときは使わない。
記憶はなかった。でもその言葉は、今の17がそのまま言いそうな言葉だった。
「今もそうだ」と17は言った。
「そうか」と奥津は言った。少し声が変わった。感情がわずかに動いたような声だった。「変わっていないんだな。」
「さあ」と17は言った。
奥津がフードの中で少しだけ笑った気がした。見えなかったかもしれなかった。でも17にはそう見えた。
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朝霧の車が追いついてきた。
朝霧が窓を開けた。「何があった」と朝霧は言った。
「伏兵だった」と白瀬は言った。「17が対処した。」
「能力なしで」と遠野が付け加えた。
「そうか」と朝霧は言った。驚いた顔ではなかった。「怪我はないか。」
「ない」と17は言った。
「続けるか」と遠野は言った。全員を見渡して言った。
「続ける」と17は言った。
「わかった」と遠野は言った。「北の施設まであと二十分だ。行くぞ。」
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車が再び動き始めた。
山道を北に向かった。さっきより慎重な速度だった。遠野が前を注視していた。
後部座席で、奥津が再び目を閉じた。能力を使い始めているのかもしれなかった。
白瀬が17の隣で小声で言った。「能力なしで三人を制圧した。それをここにいる全員が見た。」
「それが何か」と17は言った。
「奥津への牽制になった」と白瀬は言った。「鵺を信用する前に、お前の力を見せておく必要があった。今夜、それができた。」
「意図したわけではない」と17は言った。
「そうかもしれないな」と白瀬は言った。少し笑った。「でも結果的にそうなった。」
17は窓の外を見た。夜の山が続いていた。木が暗かった。
使いたいときに使う。使いたくないときは使わない。
記憶の中の自分がそう言っていた。今の自分も同じだった。
それが変わっていないと、奥津は言った。
変わっていない部分が、施設にいたときからあった。
その事実が、17には少し重かった。重い、という言葉が正確かどうかはわからなかった。でも何かだった。
車が山道を進んでいった。




