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5話「可笑しな出来事」

火曜日の朝から雨だった。

 梅雨には早い時期の、冷たい雨だった。生徒たちは傘を持って登校し、昇降口に濡れた傘が並んだ。空が低く、校舎の中が薄暗かった。

 17は傘を持っていなかった。

 ずぶ濡れで登校するわけでもなく、かといって傘を持っている様子もなかった。ただ普通に乾いた制服で教室に入ってきた。柊はそれを見て一瞬だけ窓の外を確認した。確かに雨は降っている。

 聞こうかと思ったが、やめた。聞いても「濡れなかった」とだけ返ってきそうだった。


 三時間目は座学だった。

 能力者の歴史と法整備について。国家が能力者の管理を始めたのは三十年前で、それ以前は未登録のまま活動していた能力者が多数存在したという内容だった。

 教師が教壇で淡々と説明する。

「未登録能力者は現在も存在するとされていますが、その数は把握されていません。発見次第、登録と能力開示が義務付けられています。違反した場合は――」

 教師の視線が一瞬だけ17の方に向いた。すぐに外れた。

 クラスの何人かも同じように17を見た。17は教科書を開いたまま、特に何の反応もしなかった。

 白瀬だけは教師の板書をノートに写しながら、ペンを動かす速度をわずかに落とした。


 昼休み、雨は強くなっていた。

 柊は購買でパンを買って教室に戻ろうとしたとき、廊下の窓際に17が立っているのを見つけた。雨を見ていた。

「屋上に行かないの? 雨だから」

「ここでいい」

 柊は隣に並んだ。雨粒が窓を叩いていた。

「白瀬くんのこと、どう思う」と柊は言った。

「普通の転入生だろ」

「そう思ってる?」

 17は答えなかった。

「机に触るなって言ってたじゃない」と柊は続けた。「昨日の購買で。私、聞いてた」

「聞いていたのか」

「たまたま近くにいた。あれはどういう意味だったの」

 17は窓の外を見たまま言った。

「気になるなら自分で考えろ」

「考えた上で聞いてる」

 少しの沈黙があった。雨の音が廊下に響いた。

「お前は観察眼がある」と17は言った。「それだけだ」

 それ以上は言わなかった。でも柊には十分だった。

 やっぱり白瀬には何かある。そして17はそれを知っている。


 午後の実技は対人戦闘だった。

 二人一組でスパーリングを行い、教師が評価する形式だ。組み合わせはランダムで、モニターに表示される。

 17の相手は白瀬だった。

 周囲がざわめいた。計測不能と、スコアBの対決。数値だけ見れば白瀬が圧倒的に不利だが、誰もそうは思っていなかった。17が何者かわからない以上、どちらが有利かも読めない。

 白瀬は軽く首を回して、17の前に立った。

「よろしく」

「ああ」

 遠藤が開始の合図を出した。

 白瀬が動いた。速かった。スコアBの中でも上位の速度だった。右から回り込んで、肩口を狙った鋭い一撃。

 17はそれを避けなかった。

 当たった。確かに当たった。白瀬の拳が17の肩に入った。

 白瀬の顔が一瞬変わった。手に伝わってくる感触がおかしかった。硬いのでも柔らかいのでもなく、力が吸い込まれるような感覚だった。

 次の瞬間、白瀬の体勢が崩れた。自分の拳を打ち込んだはずなのに、なぜか自分が前のめりになっていた。力がそのまま返ってきたような、いや、違う。力の方向が変わった。

 17は動いていなかった。立ったままだった。

 白瀬は体勢を立て直して、距離を取った。今度は慎重に構えた。さっきと同じ攻撃を二度はしない。

 17は構えなかった。両手を下げたまま白瀬を見ていた。

 白瀬が今度は左から踏み込んだ。フェイントを交えた複合動作だった。右、左、右と重心をずらしながら距離を詰める。

 17は一歩だけ動いた。

 白瀬の動きが止まった。止まった、というより、止まらざるを得なかった。踏み込もうとした足が、地面に吸い付いたように動かなかった。一秒にも満たない硬直だった。

 その一秒で17は白瀬の横に立っていた。

「止まれ」

 白瀬は止まった。首筋に17の指が触れていた。触れているだけだった。力は入っていない。それでも白瀬は動けなかった。

 遠藤が終了の合図を出した。


 教室に戻る廊下で、白瀬は17の隣を歩いた。

「強いね」と白瀬は言った。

「お前も悪くない」

「ありがとう」白瀬は少し間を置いた。「あの、足が動かなくなったのは?」

「さあ」

「さあって」

「気のせいじゃないか」

 白瀬は笑った。今度は本当に可笑しそうな笑い方だった。

「気のせいで足が止まるの?」

「止まることもある」

 17は廊下の角を曲がった。白瀬はその場に立ったまま、背中を見送った。

 笑顔が少しずつ落ちた。

 あの感触を何と表現すればいいのかわからなかった。報告書に書ける言葉が見つからなかった。

 強い、では足りない。

 白瀬は携帯をポケットの中で握った。今夜の報告をどう書くか、雨音を聞きながら考えた。


 夜、白瀬からのメッセージを受け取った職員は、内容を上に転送した。

 「能力の詳細、依然不明。干渉系の可能性が高いが、作用範囲と発動条件が掴めない。直接戦闘でも痕跡を残さない」

 上からの返信は短かった。

 「もう一人送る」

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