第49話「鵺の残党」
深夜、朝霧と白瀬が学園の外を歩いていた。
人気がなかった。街灯が等間隔に並んでいた。風が少しあった。
朝霧が先を歩いた。白瀬が少し後ろにいた。二人の間に言葉はなかった。でも息が合っていた。いつもそうだった。
朝霧の知覚系が周囲を読んでいた。
いた。
学園から三百メートル離れた公園に、三人の気配があった。
「いる」と朝霧は言った。
「わかった」と白瀬は言った。
二人が公園に向かった。
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公園のベンチに三人が座っていた。
女が先に気づいた。「来たか」と女は言った。
「逃げないのか」と白瀬は言った。
「逃げる理由がない」と女は言った。「お前たちが来ることはわかっていた。」
「なぜ」と朝霧は言った。
「計測不能の周辺にいる人間の動き方を、俺たちはある程度把握している」と女は言った。「管理局の監視者が二人いる。情報を渡した後に接触してくる可能性が高かった。」
白瀬が女の隣のベンチに座った。距離を詰めた。朝霧は立ったままだった。
「名前を教えてもらえますか」と白瀬は言った。愛想のいい声だった。
「俺は遠野だ」と女は言った。「こっちが記録係の霧谷。そっちが」遠野がフードの人間を見た。「紹介するかどうかは本人次第だ。」
フードの人間が少し動いた。フードを少しだけ下げた。顔が見えた。
若かった。十代後半か、二十代前半か。目が静かだった。表情がなかった。
「奥津」とフードの人間は言った。声が低かった。性別が判断しにくい声だった。「それだけでいい。」
「奥津さんの能力が、私の知覚系でも読めなかった」と朝霧は言った。「意図的に遮断しているのか。」
「そうだ」と奥津は言った。「能力の詳細は言えない。ただ、敵意はない。それだけは本当だ。」
朝霧は奥津をしばらく見た。朝霧の知覚系が奥津の気配を読もうとした。やはり読めなかった。でも敵意がないという言葉は本当のように感じられた。
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「鵺について聞かせてください」と白瀬は言った。
「十三年前に管理局に潰された組織だ」と遠野は言った。「能力者の権利保護を目的としていた。管理局が能力者を実験に使っていることを告発しようとしていた。それが潰された理由だ。」
「告発しようとしたから潰された」と白瀬は言った。
「そうだ」と遠野は言った。「組織の中心にいた人間たちが一斉に消えた。記録も消された。管理局の公式記録では、鵺は危険な反社会的組織として処理されている。」
「実態は違った」と朝霧は言った。
「違った」と遠野は言った。「俺たちは当時の構成員の子供や縁者だ。親から話を聞いていた。だから今も動いている。」
霧谷が手帳を開いた。「十三年前の実験の記録を集めています」と霧谷は言った。眼鏡の奥の目が真剣だった。「被験体の名前、実験の内容、管理局上層部の関与。全部を記録して、いつか公にする。それが俺たちの目的です。」
「公にしてどうする」と白瀬は言った。
「管理局を変える」と霧谷は言った。「潰すのではなく、変える。能力者を守るための組織に変える。それが鵺の本来の目的だったから。」
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「被験体18について」と朝霧は言った。「どこまで知っているか。」
遠野が少し間を置いた。「知っていることは全部、記録媒体に入れた」と遠野は言った。「施設Bの場所については、俺たちもまだ絞り切れていない。車で二時間という情報は確かだが、方角が三通りある。」
「三通り」と白瀬は言った。
「北、東、南だ」と遠野は言った。「管理局の施設は複数ある。その中で施設Bという符号が使われているものが三か所ある。どれが被験体18を収容しているかが特定できていない。」
「特定する方法は」と朝霧は言った。
「管理局の内部記録にアクセスするか」と遠野は言った。「あるいは直接確認するかだ。ただ、どちらも危険だ。管理局の上層部は施設Bへの外部からのアクセスを極端に警戒している。」
「なぜ警戒しているかわかるか」と朝霧は言った。
「被験体18が外に出ることを恐れているからだ」と遠野は言った。「詳しい理由はわからない。でも管理局の上層部は、被験体18と被験体17が接触することを何よりも恐れている。」
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そのとき奥津が口を開いた。
それまでずっと黙っていた奥津が、初めて自分から話した。
「一つだけ言っておく」と奥津は言った。静かな声だった。「被験体18は、今も能力を使っている。」
「拘束されているのに?」と白瀬は言った。
「拘束されていても使える能力だ」と奥津は言った。「範囲は狭い。でも使っている。」
「何のために」と朝霧は言った。
「外に届けようとしている」と奥津は言った。「誰かに。」
公園が静かになった。
虫の音があった。風があった。
「その誰かが被験体17だと思うか」と朝霧は言った。
「わからない」と奥津は言った。「でも可能性はある。」
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朝霧が白瀬を見た。白瀬が朝霧を見た。
「一つ確認させてください」と白瀬は言った。遠野に向かって。「鵺の残党は、私たちと協力する気がありますか。完全な信頼ではなくていい。今夜話した内容を、共有できる範囲で続けていく、という意味で。」
遠野が少し考えた。霧谷を見た。奥津を見た。
「そのつもりで情報を渡した」と遠野は言った。「ただ条件がある。」
「聞かせてください」と白瀬は言った。
「管理局の上層部が隠していることを、最終的に公にすること」と遠野は言った。「潰すのではなく、変える。それを目指すなら協力する。被験体たちを守るだけで終わりにするのではなく、同じことが二度と起きないようにする。それが条件だ。」
白瀬はしばらく遠野を見た。「私個人としては、その条件を飲める」と白瀬は言った。「ただ、これは私だけで決められることではない。17と、他のメンバーと話す必要がある。」
「わかった」と遠野は言った。「返事は急がない。ただ、施設Bの件は時間がある話ではない。管理局の上層部が被験体18を移送する可能性がある。移送されたら追えなくなる。」
「いつまでに」と朝霧は言った。
「二週間以内だ」と遠野は言った。「俺たちが掴んでいる情報では、二週間後に何かが動く。それまでに施設Bの場所を特定する必要がある。」
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朝霧と白瀬が公園を離れた。
学園に戻る道を歩きながら、白瀬が言った。「奥津という人間が気になる」と白瀬は言った。
「私も」と朝霧は言った。「知覚系で読めない人間は、私の経験では二人しかいない。」
「二人」と白瀬は言った。
「17と、奥津だ」と朝霧は言った。
白瀬が少し止まった。「それはつまり」と白瀬は言った。
「奥津の能力が、17の能力と同じ系統にある可能性がある」と朝霧は言った。「あるいは、それに近い何かを持っている。」
「被験体18か」と白瀬は言った。小さい声だった。
「わからない」と朝霧は言った。「でも可能性はある。」
二人は少し黙って歩いた。
「17に話す必要がある」と白瀬は言った。
「明日の朝に話す」と朝霧は言った。「今夜は遅い。」
「そうだな」と白瀬は言った。
学園の灯りが見えてきた。夜の学園は静かだった。
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学園に戻って、朝霧は自分の部屋に入った。
窓の外を見た。屋上に17の気配があった。まだ起きていた。追跡の能力で確認しているのかもしれなかった。
朝霧は少し考えた。
明日の朝に話す、と白瀬に言った。でも今夜、17が何を考えて屋上にいるかは、朝霧には想像できた。被験体18の映像を見た後だった。見覚えがある気がすると17は言っていた。記憶がないのに見覚えがある。その感覚を抱えたまま夜を過ごしている。
朝霧は部屋を出た。
屋上に向かった。
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扉を開けると、17が夜空を見ていた。
「朝霧か」と17は言った。振り返らなかった。
「ああ」と朝霧は言った。隣に来た。同じ方向を見た。
「三人と話せたか」と17は言った。
「話せた」と朝霧は言った。「詳しい内容は明日話す。ただ、一つだけ今夜言っておきたいことがある。」
「何だ」と17は言った。
「奥津という人間の輪郭が、私の知覚系でも読めなかった」と朝霧は言った。「私の経験で、それが起きたのは17とその人間だけだ。」
17が少し動いた。振り返らなかったが、動いた。
「つまり」と17は言った。
「可能性の話だ」と朝霧は言った。「確認が必要だ。でも奥津が被験体18である可能性がある。」
夜風が吹いた。
17はしばらく黙っていた。屋上の縁を見ていた。
「顔を見たか」と17は言った。
「見た」と朝霧は言った。「フードを少し下げた。若かった。目が静かだった。」
「映像の中の人間と似ていたか」と17は言った。
「判断できなかった」と朝霧は言った。「ただ」朝霧は少し間を置いた。「雰囲気が、お前に少し似ていた。」
17は動かなかった。
俺に似ていた。
その言葉が、頭の中で静かに広がった。
「わかった」と17は言った。少し間を置いて。「明日、全員に話す。」
「そうしろ」と朝霧は言った。
二人はしばらく並んで夜空を見た。言葉がなかった。でも朝霧はその場にいた。それだけだった。それで十分だった。
しばらくして、朝霧が先に屋上を離れた。
「おやすみ」と朝霧は言った。珍しい言葉だった。朝霧がおやすみと言うのは珍しかった。
「ああ」と17は言った。
扉が閉まった。
17は一人になった。
雰囲気が、お前に似ていた。
その言葉と、映像の中の顔と、18という番号と。全部が頭の中で並んでいた。
追跡の能力で学園全体を確認した。全員がいた。
全員がいた。
それを確認してから、17はようやく屋上を離れた。




