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第46話「咲、もう一段階」

 水曜日の朝、咲は昨日の練習のことを考えながら目が覚めた。


 左への反応が遅い。朝霧に意図的に使われていた。気づいていなかった。柊には見えていた。


 咲は天井を見た。


 悔しかった。朝霧に見抜かれていたことが悔しかった。気づけなかった自分が悔しかった。でも悔しいと思えるなら強くなれる、と17が言っていた。だから悔しいのはいいことだと咲は思った。思うようにした。


 起き上がった。


 今日は左への反応を練習しようと決めた。朝ごはんの前に少しだけ能力を使った。部屋の中で、左方向に根を這わせた。右に這わせた。左。右。左。左。左。


 三分だけやった。それから朝ごはんを食べに行った。


---


 朝のホームルームの前、咲は朝霧を探した。


 朝霧は職員室の前の廊下にいた。桐島と話していた。咲が走ってきた。


「朝霧さん!」と咲は言った。


「走るな」と朝霧は言った。


「あたしの左が遅いの、わかってて使ってたでしょ!!」と咲は言った。


「そうだ」と朝霧は言った。


「悔しかった!!」と咲は言った。


「気づいたなら直せ」と朝霧は言った。


「今朝から練習した!!」と咲は言った。


 桐島が少し笑った。「朝ごはんの前からか」と桐島は言った。


「朝ごはんの前に三分だけ!!」と咲は言った。「少ないのはわかってる。でも意識するのが大事かなと思って。」


「悪くない」と朝霧は言った。


「本当!?」と咲は言った。


「意識から始めることは正しい」と朝霧は言った。「体が覚えるのはその後だ。今日の練習で本格的にやる。」


「今日も練習できる!?」と咲は言った。


「お前が来るなら付き合う」と朝霧は言った。


「来る!!絶対来る!!」と咲は言った。


 桐島が「元気だな」と言った。咲が「元気です!!」と言った。


---


 二時間目の授業が終わった休み時間、17が廊下を歩いていると咲が追いかけてきた。


「師匠!」と咲は言った。


「何だ」と17は言った。


「左への反応が遅いって昨日わかったんだけど」と咲は言った。「師匠的には前からわかってた?」


「わかっていた」と17は言った。


 咲が止まった。「え、言ってくれればよかったのに!!」と咲は言った。


「言わなかった」と17は言った。


「なんで!!」と咲は言った。


「自分で気づく方がいい」と17は言った。「言われて直すより、気づいて直す方が早く身につく。」


 咲はしばらく17を見た。「師匠って、あたしのこといつも見てくれてるんだね。」


「修行をつけているからな」と17は言った。


「でも弟子認めてないんでしょ」と咲は言った。


「そうだ」と17は言った。


「矛盾してる!!」と咲は言った。


「矛盾していない」と17は言った。「認めていなくても、見ることはできる。」


 咲はその言葉をしばらく考えた。「じゃあいつか認めてくれる?」と咲は言った。


「さあ」と17は言った。


「さあって言いながら考えてくれてると思うことにする!!」と咲は言った。


「勝手な解釈だ」と17は言った。廊下を歩き始めた。


「でも合ってるでしょ!!」と咲は後ろから言った。


---


 昼休み、咲は一人で校庭の隅にいた。


 左方向への練習をしていた。地面に手をついて、根を左に走らせた。左、左、左。速度を上げた。維持した。


 うまくいかなかった。


 右に這わせるときと比べて、明らかに遅かった。意識しているのに、体がついてこなかった。意識するほど力んだ。力むほど遅くなった。


 咲は少し止まった。


 朝霧が言っていた。力みすぎる癖がある。疲れると力みが取れる。


 じゃあ力まなければいい。でも力まないようにしようとすると力む。


 どうすれば力まないのか。


 咲は考えた。


 右に走らせるとき、何を考えているか。何も考えていなかった。ただ走らせていた。左に走らせるとき、左だから気をつけようと思っていた。その気をつけようが力みになっていた。


 だったら、左だということを意識しなければいい。


 ただ走らせる。方向だけ変える。右に走らせるときと同じ感覚で、方向だけ左にする。


 咲は試した。


 右に走らせるときの感覚を思い出した。ただ走らせる感覚。それをそのまま、左に向けた。


 速くなった。


 完全ではなかった。でも明らかに速くなった。さっきまでとは違った。


「あ」と咲は言った。声が出た。


---


 放課後の練習で、朝霧が咲の動きを見た。


 最初に右に走らせた。次に左に走らせた。


 朝霧が少し止まった。


「速くなったか」と朝霧は言った。確認するような言い方だった。


「昼休みに気づいた!!」と咲は言った。「力まないようにしようとすると力むから、左だって意識しないで、ただ走らせる感覚で方向だけ変えた!!」


「正しい」と朝霧は言った。「それが答えだ。」


「やった!!」と咲は言った。


「ただ」と朝霧は続けた。「まだ右との速度差がある。完全に埋まってはいない。」


「わかってる!!でもだいぶ縮まった!!」と咲は言った。


「そうだ」と朝霧は言った。「一日でここまで来たのは速い。」


「朝霧さんに褒められた!!またまた褒められた!!」と咲は言った。


「練習を続けろ」と朝霧は言った。


「続ける!!」と咲は言った。「ねえ朝霧さん、次は何を練習する?」


「左が埋まってから考える」と朝霧は言った。「ただ、次は昨日の複数同時の練習に戻る。左が埋まった状態で朝霧が動くのを追えるか確認する。」


「楽しみ!!」と咲は言った。


 朝霧が少し咲を見た。「お前は練習が楽しいのか」と朝霧は言った。


「楽しい!!」と咲は言った。即答だった。「強くなってる感じがするし、朝霧さんと練習するの好きだし、師匠の役に立てるかもって思えるし。全部楽しい。」


「そうか」と朝霧は言った。


「朝霧さんは楽しい?」と咲は言った。


 朝霧はしばらく考えた。「悪くない」と朝霧は言った。


 咲が止まった。「朝霧さんが悪くないって言った!!」と咲は言った。


「何だ」と朝霧は言った。


「師匠も悪くないってよく言う!!二人とも同じだ!!」と咲は言った。


「違う」と朝霧は言った。


「同じ!!」と咲は言った。


---


 夕方、咲が17を見つけた。


 17は図書室から出てくるところだった。咲が走ってきた。


「師匠!!左、速くなった!!」と咲は言った。


「朝霧から聞いた」と17は言った。


「え、もう聞いたの!?」と咲は言った。


「さっき会った」と17は言った。


「なんか師匠と朝霧さんってよく話してるよね」と咲は言った。


「そうかもしれない」と17は言った。


「あたしの話してる?」と咲は言った。


「たまにな」と17は言った。


「何話してる!?」と咲は言った。


「さあ」と17は言った。


「さあって言った!!気になる!!」と咲は言った。「いいことだといいんだけど!!」


「さあ」と17は言った。


「また言った!!」と咲は言った。


 17は少し間を置いた。「悪いことではない」と17は言った。


 咲が止まった。少し顔が赤くなった。「師匠、それって褒めてる?」と咲は言った。


「さあ」と17は言った。


「絶対褒めてる!!」と咲は言った。「師匠に褒めてもらえた!!今日二回目!!」


「一回も褒めていない」と17は言った。


「褒めてる!!」と咲は言った。


 17は廊下を歩き始めた。咲がついてきた。二人で廊下を歩いた。


「師匠」と咲は言った。少し落ち着いた声だった。


「何だ」と17は言った。


「あたし、強くなってる?」と咲は言った。


「なっている」と17は言った。即答だった。


 咲はしばらく黙った。「ありがとう」と咲は言った。小さい声だった。


「礼はいい」と17は言った。


「言わせて」と咲は言った。「師匠がいてくれてよかった。本当に。」


 17は答えなかった。廊下を歩き続けた。


 咲も黙って歩いた。二人分の足音が廊下に続いた。


---


 夜、17は端末の断片記録を読んでいた。


 以前、鷹津から入手した管理局の実験記録の断片だった。何度も読んでいたが、今夜も読んだ。


 記録の中に、繰り返し出てくる番号があった。被験体の番号だった。17という番号だった。


 当然だった。この記録は17自身に関するものだった。


 でも今夜、その番号の隣に別の番号があることに気づいた。今まで見落としていた。記録の端、ほとんど消えかかった部分に、小さく書かれていた。


 18という番号だった。


 17は少し止まった。


 18。


 17という番号の隣に、18という番号がある。それが何を意味するか。


 17は記録をもう一度読んだ。18に関する記述を探した。ほとんどなかった。でも一か所だけ、微かに残っていた。


 「被験体18、転送完了」という一文だった。


 転送。どこへ。


 日付があった。十三年前の日付だった。


 17はその一文をしばらく見た。


 18という番号の被験体が、十三年前に転送されていた。それが誰なのか。今どこにいるのか。


 わからなかった。


 でも点が一つ増えた。


 追跡の能力で学園全体を確認した。全員がいた。咲が今夜は自分の部屋にいた。柊の部屋の明かりが点いていた。


 17は端末を置いた。


 18という番号が、頭の中で光っていた。

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