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第45話「目覚めの期」

 火曜日の朝、柊は夢を見た。


 夢の中で、柊は暗い部屋にいた。誰かがいた。顔が見えなかった。でもその人間が何かを言っていた。言葉は聞こえなかった。でも口が動いていた。柊はその口の動きを読もうとした。読めなかった。


 目が覚めた。


 朝の光が部屋に入っていた。窓の外で鳥が鳴いていた。


 柊はしばらく天井を見た。夢の内容が少しずつ薄れていった。顔が見えなかった誰か。口が動いていたこと。それだけが残った。


 柊は起き上がった。


 今日は何かが違う気がした。理由はわからなかった。ただ、そう感じた。


---


 一時間目の授業中、柊は集中できなかった。


 先生の声が聞こえていた。黒板の字も見えていた。でも頭の中で別のことが動いていた。昨夜の17との屋上の会話。答えを出したいことがある、と17が言った。その言葉が頭に残っていた。


 柊は17を横目で見た。


 17は前を向いていた。先生の話を聞いているのか、別のことを考えているのか、表情からはわからなかった。いつもそうだった。17の表情からは何もわからなかった。


 でも柊には、少しだけわかることがあった。


 能力のせいだった。


 (とげ)の能力は、相手の弱点や綻びが光って見える。普段は抑えていた。使いたくて使うものではなかった。でも時々、意識していなくても反応することがあった。


 今がそうだった。


 17の輪郭に、微かな光があった。弱点ではなかった。綻びでもなかった。でも何かが光っていた。柊にはそれが何なのかわからなかった。棘が反応したのは初めてだった。今まで17に対して棘が反応したことはなかった。


 柊は目を伏せた。


 見すぎるのは違う気がした。


---


 昼休み、柊は白瀬を探した。


 白瀬は教室の廊下にいた。咲と話していた。咲が「白瀬さんって金魚すくい何個取れるんですか!?」と言っていた。白瀬が「十二個くらいかな」と言っていた。咲が「すご!!」と言っていた。


「白瀬さん」と柊は言った。


「柊ちゃん」と白瀬は言った。咲が「柊さん!!」と言った。


「少し話せる?」と柊は言った。白瀬に向かって言った。


 白瀬が咲を見た。咲が「あ、あたしはいい! 朝霧さん探してくる!!」と言って走って行った。廊下の角を曲がって消えた。


 白瀬と柊が二人になった。


「どうした?」と白瀬は言った。


「能力のことを聞いてもいいですか」と柊は言った。


「聞いていいよ」と白瀬は言った。


「棘が、17に反応しました」と柊は言った。「今朝の授業中に。」


 白瀬はしばらく柊を見た。「初めてか」と白瀬は言った。


「初めてです」と柊は言った。「でも弱点でも綻びでもなかった。何かが光っていたけど、何なのかわからなくて。」


「どんな光だった?」と白瀬は言った。


「弱点が光るときは、鋭い光です」と柊は言った。「綻びが光るときは、滲む感じの光。今朝は、どちらでもなかった。もっと、静かな光でした。」


 白瀬はしばらく考えた。「棘は弱点や綻びが見える能力だけど、もしかしたら成長の余地もわかるんじゃないか?」と白瀬は言った。「弱点の裏側にある、伸びしろみたいなものが。」


 柊は少し止まった。「伸びしろ」と柊は繰り返した。


「17が今、何かを考えていることは俺も知ってる」と白瀬は言った。「その中で、何かが変わろうとしている部分があるのかもしれない。柊ちゃんの棘がそれを拾った、ということじゃないかな。」


 柊はしばらく白瀬を見た。「白瀬さんって、能力のことに詳しいんですね。」


「管理局にいると嫌でも詳しくなる」と白瀬は言った。少し苦い顔で笑った。


---


 放課後、朝霧と咲の自主練が始まった。


 今日は校庭ではなく、体育館の端だった。朝霧が「今日は少し違うことをやる」と言った。


「違うこと?」と咲は言った。


「複数の動きを同時にやる練習だ」と朝霧は言った。「根を這わせながら、別の判断をする。戦闘中は能力を使いながら状況を読まなければならない。その訓練だ。」


「難しそう!!」と咲は言った。


「難しい」と朝霧は言った。「でもやれるようになると、戦い方が変わる。」


 咲が頷いた。「わかった。やる。」


 朝霧が体育館の端に立った。「俺が動く。お前は根を這わせながら俺の動きを追え。根の先端を俺の足元に常に置き続けろ。俺が動くたびに根も動かせ。」


「了解!!」と咲は言った。


---


 始めた。


 朝霧が動き始めた。最初はゆっくりだった。咲が根を這わせた。朝霧の足元に根の先端を置いた。朝霧が右に動いた。根が追いかけた。


「遅い」と朝霧は言った。速度を上げた。


 咲が歯を食いしばった。根が追いかけた。追いついた。


「もっと速く」と朝霧は言った。


 朝霧が突然方向を変えた。咲の根が一瞬迷った。迷った分だけ遅れた。


「判断が遅い」と朝霧は言った。「俺の動きを見ながら、次の動きを予測しろ。後を追うな。先を読め。」


「先を読む!!」と咲は言った。


 もう一度始めた。


 朝霧が動いた。咲が先を読んだ。合っていた。根が先に待っていた。朝霧の足が来た。


「よくなった」と朝霧は言った。


「やった!!」と咲は言った。でも根の集中が一瞬切れた。朝霧がその瞬間に動いた。根が追いつかなかった。


「喜ぶな」と朝霧は言った。「集中が切れた。」


「わかった!!」と咲は言った。


---


 そのとき、体育館の扉が開いた。


 柊が入ってきた。朝霧を見て、咲を見て、練習中だと気づいて少し止まった。


「邪魔だったら出ます」と柊は言った。


「いい」と朝霧は言った。「見ていろ。」


 柊が体育館の端に座った。


 練習が再開した。朝霧が動いた。咲が根を追わせた。今度は集中が切れなかった。朝霧が速度を上げた。咲が追いかけた。


 柊は二人を見ていた。


 自然に、棘の能力が反応した。咲の動きを見ていたら、咲の綻びが見えた。根が追いかけるとき、左方向への反応が少し遅い。右利きだからだと柊は思った。左への意識が薄い。


 そして朝霧を見ていたら、朝霧の動き方が見えた。右左を交互に動いていた。咲の左への反応が遅いことを、朝霧はすでに把握して意図的に左に多く動いていた。


 柊は少し驚いた。棘と凪が同時に動いていた。


 凪は全体状況の完全把握。今まで棘と同時に使ったことはなかった。でも今、柊の中で棘と凪が並んで動いていた。咲の綻びが見えて、朝霧の意図が見えて、二つの情報が一つの状況として柊の中に入ってきた。


---


 練習が一段落した。


 咲が息を切らしていた。「難しい!!でも楽しい!!」と咲は言った。


「柊」と朝霧は言った。柊を見ていた。「能力が動いていたか。」


 柊は少し止まった。「わかりましたか。」


「わかった」と朝霧は言った。「棘と凪が同時に動いていた。顔でわかる。」


「初めてでした」と柊は言った。「意識してやったわけじゃなくて、自然に。」


「それがいい」と朝霧は言った。「意識してやろうとすると、どちらかに寄る。自然に両方が動くのが理想だ。」


「咲の左への反応が遅いのが見えました」と柊は言った。「それと、朝霧さんがそれを意図的に使っていたのも。」


 咲が止まった。「え、そんなことしてたの朝霧さん!?」と咲は言った。


「そうだ」と朝霧は言った。「気づいていなかったか。」


「気づいてなかった!!」と咲は言った。「柊さんはすごい!!見てただけでわかったの!?」


「能力のおかげです」と柊は言った。


「十分だ」と朝霧は言った。「能力を正しく使えることが重要だ。柊、今の状態を覚えておけ。棘と凪が同時に動いた感覚を忘れるな。」


「はい」と柊は言った。


---


 夕方、柊が帰り道を歩いていた。


 今日の棘と凪の感覚がまだ残っていた。二つの能力が並んで動く感覚。棘が見て、凪が読む。それが同時に起きたとき、情報の密度が全然違った。


 今朝、17に棘が反応した。静かな光だった。


 白瀬が言っていた。伸びしろかもしれない、と。


 柊は17のことを考えた。17が今、何かを抱えていることは柊にも感じられていた。でも踏み込まなかった。踏み込んでいいかどうかが、まだわからなかった。


 屋上で17が言っていた。いつか話す、と。


 柊はその言葉を信じていた。信じると決めていた。


 でも今日の棘と凪の感覚が、柊に少しだけ違うことを教えた。棘が見て、凪が読む。その二つが揃えば、もう少し17のことがわかるかもしれない。


 わかったとして、どうするかはまた別の話だった。


 でも知ることと、知らないことは違う。


 柊はそれをぼんやりと考えながら、学園への帰り道を歩いた。夕日が長い影を作っていた。


---


 夜、17が屋上にいた。


 追跡の能力で学園全体を確認した。柊が部屋に戻っていた。咲が今夜は自分の部屋にいた。白瀬と朝霧が寮にいた。


 全員がいた。


 17は空を見た。


 今日、昼休みに屋上で柊が隣に座っていた。何も言わなかったが、隣にいた。それだけだった。でもそれだけで、17の中の何かが少し静かになった。


 その感覚が何なのか、17にはまだわからなかった。


 でも悪くなかった。


 その言葉が正確かどうかもわからなかった。でも他に言葉が見つからなかったから、17はそれをそのまま置いておくことにした。


 夜風が吹いた。


 この時間だけが、静かに動き始めていた。

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