第43話「その先へ」
翌朝、17は屋上にいた。
昨夜のことを整理していた。朧の縛の仕組みは理解した。見えない縛で存在と存在を結ぶ。維持が必要。能力を封じれば縛も消える。対処法は確立した。
でもそれよりも、灰島の話が頭に残っていた。
五年前に灰島が朧と燦に会っていた。親を消した計測不能の能力者を探せと言った。その情報が正確かどうかは別として、灰島が意図的に二人をここに向かわせた可能性が高かった。
なぜ。
17はその問いを何度も繰り返したが、答えが出なかった。灰島の意図が見えなかった。
扉が開いた。
白瀬だった。
「昨夜のこと、咲から聞いた」と白瀬は言った。隣に来て、同じ方向を見た。「朧と燦、か。」
「知っているか」と17は言った。
「名前だけ」と白瀬は言った。「管理局のデータベースに断片的な記録がある。素性不明の兄弟能力者。数年前から各地で目撃情報がある。ただ、管理局との接触は一度もなかった。」
「灰島が五年前に接触していた」と17は言った。
白瀬が少し止まった。「灰島が直接?」
「朧がそう言った。嘘ではなかった。」
白瀬はしばらく遠くを見た。「灰島がお前と朧たちを会わせようとした、ということか。」
「そう思っている」と17は言った。
「目的は」と白瀬は言った。
「わからない」と17は言った。「でも偶然ではない。」
白瀬は少し間を置いた。「朝霧さんに話す。桐島にも。」
「頼む」と17は言った。
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昼休み、咲が朝霧を探していた。
廊下を走って、図書室を覗いて、校庭を見て、東棟の裏を確認して、最終的に西棟の階段の踊り場で朝霧を見つけた。朝霧は窓の外を見ていた。
「朝霧さん!」と咲は言った。息が切れていた。
「走るな」と朝霧は言った。
「走った!!」と咲は言った。「昨夜のこと、朝霧さんに話したくて。」
「聞いている」と朝霧は言った。「白瀬から概要は聞いた。」
「そっか」と咲は言った。少し息を整えた。「ねえ朝霧さん、あたし昨夜、師匠の役に立てた。」
「聞いた」と朝霧は言った。
「師匠に褒めてもらった」と咲は言った。嬉しそうな顔だった。
「そうか」と朝霧は言った。
「朝霧さん的にはどうだった? あたしの動き。」
朝霧はしばらく窓の外を見ていた。「判断は正しかった」と朝霧は言った。「呼ばれる前に動いた。17が呼ぶより、お前が動く方が速かった。その判断ができたのは、戦況を読んでいたからだ。」
「戦況を読む、か」と咲は繰り返した。
「訓練の成果だ」と朝霧は言った。「一ヶ月前のお前には、あの判断はできなかった。」
咲はしばらく朝霧を見た。「朝霧さんって」と咲は言った。「ちゃんと見てくれてるんだね、あたしのこと。」
「見ている」と朝霧は言った。当然のことのように言った。
咲は少し笑った。「ありがとう。それだけ言いたかった。」
「もう行け」と朝霧は言った。
「はい!!」と咲は言った。走って行った。
朝霧は咲が走って行った廊下をしばらく見た。それから窓の外に視線を戻した。
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放課後、17は桐島と水無瀬に昨夜のことを詳しく話した。
桐島が腕を組んで聞いていた。水無瀬がメモを取っていた。
「灰島が五年前に朧と燦に接触していた」と桐島は言った。「それが今になってお前の前に現れた。」
「タイミングが良すぎる」と水無瀬は言った。「管理局の上層部が動き始めたのと同じ時期に、灰島に誘導された二人組が現れる。」
「関係があるかもしれない」と17は言った。「ただ、管理局の上層部と灰島が同じ方向を向いているとは限らない。それぞれ別の意図で動いている可能性がある。」
「利害が一致している部分と、一致していない部分がある、ということか」と桐島は言った。
「そう思っている」と17は言った。
桐島はしばらく考えた。「榎本に確認する。灰島が五年前にどこで何をしていたか、記録があるかもしれない。」
「頼む」と17は言った。
「朧と燦は今後も動くか」と水無瀬は言った。
「燦がまた来ると言っていた」と17は言った。「ただ、今度は正面から来ると言った。敵ではないかもしれない。」
「敵ではないが、味方でもない」と桐島は言った。
「今はそうだ」と17は言った。
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夕方、17が廊下を歩いていると柊に会った。
柊が17を見た。昨夜のことを知っていた。咲から聞いていた。
「怪我はない?」と柊は言った。
「ない」と17は言った。
「本当に?」と柊は言った。
「本当に」と17は言った。
柊はしばらく17を見た。昨夜、四肢が全部止まった状態になったと咲から聞いていた。それがどういう状況か、柊には想像できた。想像できたから、怖かった。
「怖かった?」と柊は言った。
17は少し間を置いた。「さあ」と17は言った。
「またさあ」と柊は言った。
「本当にわからない」と17は言った。「動けない状態になって、でも怖いとは思わなかった。ただ、どうすれば動けるようになるかだけを考えていた。」
「それが17なんだね」と柊は言った。少し寂しそうな声だった。
「そうかもしれない」と17は言った。
「ねえ」と柊は言った。「怖くなってもいいんだよ。怖いって思ってもいい。」
17はしばらく柊を見た。「そうかもしれない」と17は言った。さっきと同じ言葉だったが、少し違う声だった。
「わかればいい」と柊は言った。「怖くなったときは、ちゃんと怖いって思って。」
「さあ」と17は言った。
「またさあって言った」と柊は言って、少し笑った。泣きそうな顔で笑った。
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夜、朧から連絡が来た。
桐島経由だった。桐島が「朧という人間から17に伝言がある」と言って17を呼んだ。
伝言は短かった。
「昨夜は負けた。でも一つだけ言っておく。灰島という人間は信用するな。あの人間が俺たちに言ったことが本当かどうか、俺にはまだわからない。でもあの人間の目が好きじゃなかった。それだけだ。」
17はその伝言をしばらく考えた。
朧が灰島の目が好きじゃなかった、と言った。
17には灰島の目を見た記憶がなかった。あるはずなのに、なかった。それが意図的に消されたものなのか、最初からなかったのかは、まだわからなかった。
「返事は?」と桐島は言った。
「わかったと伝えてくれ」と17は言った。
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その夜遅く、17は屋上で一人になった。
最近起きたことを整理した。
Nullが学園周辺で動き始めた。伊吹と接触した。管理局の上層部が記録型の機器を設置した。Formula:1を初めて使った。旅行があった。朧と燦と戦った。灰島が五年前に動いていたことがわかった。
点が増えた。線になりかけていた。でもまだ一本の線ではなかった。いくつかの線が、どこかで交わろうとしていた。
追跡の能力で学園全体を確認した。
全員がいた。
白瀬が寮にいた。朝霧も同じく。咲が今夜も朝霧の部屋にいた。桐島と水無瀬が学園の外を確認していた。柊の部屋の明かりが点いていた。
17はその明かりをしばらく見た。
怖くなってもいいんだよ、と柊は言った。
怖い、という感覚が何なのか、17にはまだよくわからなかった。でも今夜、四肢が全部縛られた瞬間に、何かが胸の中で動いた気がした。それが怖さだったのかどうかはわからなかった。でも何かだった。
それが何なのかを、いつか言葉にできるかもしれないと、17は思った。
夜風が吹いた。
柊の部屋の明かりが揺れた気がした。揺れていなかった。ただ17がそう見えた、というだけだった。
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翌日の朝、咲が屋上に来た。
「師匠!」と咲は言った。いつも通りの声だった。「今日、修行しよ!!」
「考える」と17は言った。
「考えなくていい!!やろ!!」と咲は言った。
「昨夜も動いたばかりだ。体を休めろ。」
「休めた!!よく寝た!!」と咲は言った。
「嘘くさい」と17は言った。
「本当!!朝霧さんの部屋で爆睡した!!」と咲は言った。
17はしばらく咲を見た。「少しだけだ」と17は言った。
「やった!!」と咲は言った。両手を上げた。「師匠と修行できる!!」
「確認だ」と17は言った。
「同じじゃん!!」と咲は言った。
空が青かった。夏の朝の光が屋上に差し込んでいた。
このときが静かに終わろうとしていた。




