第41話「燦と朧そして、縛」
木曜日の夜、桐島から連絡が来た。
内容は短かった。「山の廃墟施設に二人の能力者が入った。素性不明。ただ、管理局でもNullでもない気配だ。確認を頼みたい」というものだった。桐島自身は水無瀬と共に別の方向でNullの動きを追っていて、動けなかった。
17は連絡を受けてから五分で動いた。
咲が気づいた。夜、寮の廊下で17が外に出ようとしているのを見た。
「師匠、どこ行くの」と咲は言った。
「山だ」と17は言った。
「ついていく」と咲は言った。
「来るな」と17は言った。
「ついていく」と咲は言った。同じ声量で、同じ速度で、全く同じ言葉を繰り返した。
17はしばらく咲を見た。「サポートだけだ。前に出るな」と17は言った。
「わかった!!」と咲は言った。
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山の廃墟施設は学園から車で四十分の場所にあった。桐島が手配した車で移動した。山道を上がると、古い建物が見えてきた。かつて何かの研究施設だったらしい。窓はなく、壁が崩れかけていた。夜の山は静かで、虫の音だけがあった。
17が先に降りた。追跡の能力を使った。
二つの気配があった。建物の中にいた。どちらも能力者だった。解析の能力が二人の輪郭を読もうとした。一人はすぐに読めた。もう一人は、輪郭が掴みにくかった。
「二人いる」と17は咲に言った。「俺が中に入る。お前は外で待機して、俺が呼んだときだけ動け。」
「わかった」と咲は言った。今度は小さい声だった。真剣な顔だった。
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建物の中に入った。
天井が高かった。壁のあちこちに亀裂が入っていた。奥に向かって長い廊下が続いていた。非常灯が一つだけ生きていて、薄い光を出していた。
気配が近づいてきた。
廊下の奥から、足音が聞こえた。一人分だった。
姿が見えた。
二十代前半くらいの男だった。背が高く、肩幅が広く、歩き方に余裕があった。腕を組んで、17を見てから少し口角を上げた。
「噂の計測不能か」と男は言った。声が大きかった。廊下に響いた。「俺が燦だ。わざわざ来てくれたか。」
「お前たちが何をしに来たか聞く」と17は言った。
「お前に会いに来た」と燦は言った。「管理局でもNullでもない、計測不能の能力者がいると聞いて、燦本物かどうか確かめたくなった。それだけだ。」
「確かめてどうする」と17は言った。
「気に入ったら一緒に来てもらう」と燦は言った。「気に入らなかったら帰る。それだけだ。簡単だろ。」
「断る」と17は言った。
「まだ確かめてないだろ」と燦は笑った。「確かめてから決めろ。」
燦の右手が動いた。
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糸が出た。
17の絔と同じだった。でも違った。太さが違った。量が違った。一本の糸が蛇のように17に向かってきた。17は横に動いてそれを外した。糸が壁に当たって、壁に亀裂が入った。
17は式系・絔を使った。糸が燦に向かった。
燦が笑った。「同じ系統か。面白い。」
燦の糸が17の糸に絡みついた。17の糸が千切れた。
17は少し止まった。
17の絔の糸が千切れたのは初めてだった。それだけ燦の出力が高かった。同じ系統の能力をぶつけたとき、出力の差がそのまま結果になった。
「驚いたか」と燦は言った。「俺の縛は、お前の糸よりずっと強い。」
17は答えなかった。別の角度から絔を使った。細い糸を複数本、同時に走らせた。燦の足元、腕、背後から同時に。
燦が動いた。全部を力で弾いた。
「数で来るか」と燦は言った。「だが俺の出力の前では数も意味がない。」
廊下の壁が揺れた。燦の糸が空間に満ちていた。
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17は後退しながら解析の能力を使い続けた。
燦の縛の仕組みを読んでいた。絔と同じ系統だが、根本的な部分が違った。絔は糸を「操る」能力で、17の意思で動く。燦の縛は糸が「存在に巻きつく」能力で、一度触れると剥がすのに出力が必要だった。出力の差がある以上、正面からぶつかれば17が不利だった。
では出力以外の部分を使う。
17が前に出た。燦の懐に入り込もうとした。近距離なら燦の糸が展開しにくい。
燦が笑いながら後退した。「近距離か。いいぞ。」
燦の糸が近距離でも展開した。太さが増していた。17が腕で受けた。腕に糸が巻きついた。引っ張られた。
17は巻きついた糸の方向に逆らわず、そのまま燦に向かって体重をかけた。燦が少し体勢を崩した。17の拳が燦の脇腹に入った。
燦が呻いた。でも倒れなかった。糸を張ったまま17の腕を引いた。17が浮いた。
「力で来るか」と燦は言った。「それも悪くない。」
17が空中で絔を使った。燦の足元に糸を走らせた。燦が動こうとした瞬間に足が止まった。その隙に着地した。
燦が出力を上げた。足元の糸が千切れた。
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しばらく攻防が続いた。
17が絔を使うたびに燦が出力で弾いた。17が近距離に入るたびに燦が糸で引き剥がした。一進一退だったが、消耗の差が出始めていた。絔を何度も千切られることで、17の出力が削られていた。燦の出力は変わらなかった。
17は廊下の壁際まで後退した。
燦が前に出た。「もうわかっただろ。出力が違いすぎる。お前の糸では俺には勝てない。」
「まだ終わっていない」と17は言った。
「意地っ張りだな」と燦は言った。笑っていた。「まあいい。もう少し付き合ってやる。」
燦の糸が広がった。廊下全体を覆うほどの量だった。
17が後退できなくなった。左右も壁だった。
燦の糸が17に向かって来た。
そのとき、窓の外から根が入ってきた。
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細い根が複数本、窓から這い込んできて燦の足元に絡みついた。燦が止まった。「なんだ」と燦は言った。
「外にいるのか」と燦は言いながら、足元の根に出力をかけた。根が千切れた。でも一瞬だけ、燦の動きが止まった。
その一瞬で十分だった。
17が動いた。燦の糸が薄くなった瞬間を使って、燦の懐に入り込んだ。絔の糸を燦の両腕に絡みつかせた。千切れた。もう一本。また千切れた。でも千切れる前の一瞬、燦の動きが止まった。その瞬間に17が燦の体を掴んで、廊下の壁に叩きつけた。
重い音がした。
燦が壁に沈んだ。しばらく動かなかった。
17は距離を取った。
燦がゆっくりと立ち上がった。笑っていなかった。初めて笑っていない顔だった。「やるな」と燦は言った。「本物だ。」
「終わりか」と17は言った。
「終わりじゃない」と燦は言った。「ただ。」燦が廊下の奥を見た。「俺が本気を出す必要はなかったみたいだ。」
廊下の奥から、足音がした。
一人分だった。ゆっくりとした足音だった。
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姿が見えた。
細い男だった。燦よりも背が低く、肩幅が狭かった。うつむきがちに歩いていた。顔が暗くて、表情がよく見えなかった。燦の隣に来て、止まった。
「兄さん」と燦は言った。少し違う声だった。「出てこなくていいって言っただろ。」
「負けそうだったから」と朧は言った。小さい声だった。
「負けてない」と燦は言った。
「負けそうだった」と朧は繰り返した。
燦が少し黙った。
朧が17を見た。うつむきがちのまま、でも目だけが17を見ていた。
17は朧を見た。解析の能力が朧の輪郭を読もうとした。
読めなかった。
燦のときはすぐに読めた。でも朧は読めなかった。輪郭が掴みにくかった。さっきも同じだった。施設に入る前、二人の気配を読んだとき、朧の輪郭だけが掴みにくかった。
それが今、はっきりした。
朧は、17の解析の能力が読みにくい相手だった。
「お前が朧か」と17は言った。
朧は答えなかった。ただ17を見ていた。
「兄さんには関係ない」と燦は言った。「俺が片付ける。」
「片付けられなかった」と朧は言った。
「まだ本気を出してない」と燦は言った。
「本気を出しても無理だと思う」と朧は言った。静かな声だった。感情がなかった。
燦が止まった。
朧が一歩前に出た。
廊下の空気が変わった。




