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第33話「均衡の崩れ」

月曜日の深夜、学園の警報が鳴った。


 それまでは何事もない静かな夜で、風さえほとんどなかった。それが突然、学園全体に低く重い振動音が走り、寮の窓に反射していた月明かりが微かに揺れた。桐島が一番に気づいて、十分後には東棟の裏手に全員が集まっていた。


---


 17、白瀬、朝霧、咲、桐島、水無瀬の六人だった。柊だけは寮に残っていた。桐島が「絶対に動くな」と伝えていた。


「Null?」と咲が小声で言った。学園に近づいてきていると聞いたのは三日前のことで、それが現実になったという事実を咲なりに飲み込もうとしているような顔だった。


「末端だ」と17は言った。「幹部ではない。」


「何人いる」と白瀬が低い声で言った。


「八人。東棟の裏に三人、正門付近に二人、西棟の屋上に二人。残りの一人が単独で動いていて、そいつが指揮を取っている。」


 白瀬が少し驚いた顔をした。「今数えたのか。」


「ああ。」


「どうやって。」


「さあ」と17は言った。白瀬は一瞬何か言いかけて、やめた。


「手分けする」と17は続けた。「桐島と水無瀬は正門の二人を抑えてくれ。白瀬と朝霧は西棟の屋上の二人。俺が東棟の裏の三人を処理する。指揮官は俺が後で直接向かう。」


「咲は?」と咲が自分で言った。


「俺と来い。」


「やった!!」と咲が小声で叫んだ。


「静かにしろ」と全員がほぼ同時に言った。


---


 東棟の裏手に潜んでいた三人は、17と咲が近づいたところで気づいた。三人が同時に動き、一人が炎系の能力を使って火柱を上げた。


「熱っ!!」と咲が叫んで後退した。17は前に出た。炎が17に向かって伸びたが、17が一歩だけ横に動いてそれを外した。大きく避けたわけではなく、ただ必要な分だけ動いたという感じだった。


 二人目が地面を砕く能力を使い、17の足元が崩れた。それでも17は崩れた地面の上に立ったまま動じなかった。三人目が刃物を持って近距離に来た瞬間、17の手が動いた。


 糸が三人目に絡みついた。


「式系・くびき


 三人目が人形のように止まった。二人目が再び地面を割ろうとした瞬間、17がそちらを一度見た。次の瞬間、二人目も止まっていた。一人目の炎系能力者が距離を取ろうと後退し始めたところで、17が短く言った。


「咲。」


「わかった!」咲は迷わず地面に手をついた。修行で何度も繰り返したように、細い根を複数本、素早く地面に這わせた。根は一人目の足元に絡みつき、動きを止めた。


 三人が同時に沈黙した。


「これでいい?」と咲が言った。


「ああ」と17は言った。咲は嬉しそうに立ち上がったが、17はすでに指揮官がいる方向に視線を向けていた。


---


 正門付近では、桐島と水無瀬が速度強化系の能力者と対峙していた。相手の動きは速く、水無瀬が正面からぶつかって壁まで吹き飛ばされた。


「速度は互角か少し向こうが上ですね」と水無瀬は壁から立ち上がりながら言った。どこか冷静な物言いだった。


「もう一度右に来る」と桐島が言った。情報収集系の能力で相手の動きのパターンを読んでいた。


「来るってわかってるなら避けます」と水無瀬は言って、次の突進を綺麗に外した。その隙に桐島が二人目を制圧し、一人目が態勢を立て直そうとしたところを水無瀬が追った。


「なんで速くなった」と一人目が言った。


「一度見たから」と水無瀬は言った。「だいたいわかった。」


---


 西棟の屋上では、白瀬と朝霧が遠距離系と格闘系の二人と向かい合っていた。遠距離系の衝撃波が飛んできて、白瀬は避けたが朝霧はそのまま受けた。一歩後退しただけだった。


「効かないのか」と遠距離系の能力者が言った。


「効いている」と朝霧は言った。「ただ、一発では止まらない。」


 格闘系の能力者が白瀬に向かって来て、二人が組み合った。少し白瀬が押されていた。


「朝霧さん」と白瀬が言った。


「わかっている」と朝霧は言って、遠距離系の能力者を見た。


「**式系・笪**」


 遠距離系の能力者が困惑した顔で自分の手を見た。能力が発動しなくなっていた。その隙に白瀬が格闘系の能力者を制圧した。能力を封じられた遠距離系の能力者が朝霧に近づこうとしたが、朝霧が一歩前に出ただけで相手が足を止めた。


「なんだその目は」と遠距離系の能力者が言った。


「見ているだけだ」と朝霧は言った。


---


 単独で動いていた指揮官のもとに17が向かった。四十代くらいの男で、落ち着いた表情をしていた。


「お前が17番か」と男は言った。


「そうだ」と17は言った。


「確認しに来ただけだ。Nullの幹部がお前に会いたいと言っている。本物かどうか、末端の俺たちには判断できないから、先に確かめに来た。」男は17をしばらく見た。「確認できた。本物だ。」


「それだけか」と17は言った。


「それだけだ。うちの幹部はお前に敵意を持っていない。いつか機会があれば、話を聞いてやってくれ。」


 男が暗闇に背を向けたところで、17が言った。


「一つだけ聞いていいか。Nullの幹部は、俺をなぜ探している。」


 男は少し間を置いた。「それは幹部から直接聞いてくれ。俺の口からは話せない。」


 そのまま男は暗闇に消えた。


---


 二十分後、東棟の前に全員が集まった。


 Nullの末端七人は全員制圧されていて、指揮官だけが消えていた。誰も大きな怪我はなかった。咲が「あたし役に立った!」と17に言い、17が「ああ」とだけ答えた。白瀬がそれを聞いて苦笑した。


「指揮官は確認だけして帰った」と17は言った。「次に来るのは末端ではない。Nullの幹部が直接来る可能性がある。」


「強い?」と咲が言った。


「わからない。ただ、今夜の七人とは別物だと思っておけ。」


 咲は頷いた。それから少し考えるような顔をして、「じゃあやっぱり修行続けないと」と言った。


 全員が少し笑った。桐島が「引き上げるぞ」と言って、それぞれが寮の方向に歩き始めた。


 緊張が解けていた。今夜は制圧できた。それは事実だった。


---


 それが油断だったと、17が気づいたのは一秒後だった。


 気配が来た。


 学園の外から、たった一つの気配が静かに入ってきていた。さっきまでそこにあった気配ではなかった。全員が東棟の前に集まったその瞬間を、どこかから見ていたように、ちょうどそのタイミングで現れた気配だった。


 17が振り返った。


 暗闇の中に人影があった。


 それが動いた。


 速かった。今夜の誰よりも速かった。水無瀬が対峙した速度強化系の能力者とも、桁が違った。17が動くより先に、その人影は咲の背後に回っていた。


「咲!」と白瀬が叫んだ。


 咲が振り返った瞬間、首元に腕が回った。咲の体が浮いた。


「動くな」と人影が言った。低い声だった。静かだった。「動いたら、この子がどうなるかわからない。」


 全員が止まった。


 17だけが、ゆっくりと人影の方を向いた。


 人影は若かった。二十代に見えた。顔に表情がなかった。咲の首元に腕を回したまま、17だけを見ていた。


「会いに来た」と人影は言った。「Nullの幹部だ。先ほど部下が伝えたと思うが、お前に話がある。今夜、少しだけ付き合ってもらう。」


「離せ」と17は言った。


「嫌だ」と人影は言った。笑ってもいなかった。ただ静かにそう言った。「お前が来てくれるなら、すぐに離す。でも来てくれないなら、この子を連れて行く。選べ。」


 咲が人影の腕を両手で掴んでいた。怖がっていたが、声を上げていなかった。17の顔を見ていた。


 白瀬が動こうとした。人影の腕が少し強くなった。咲が小さく息を詰めた。白瀬が止まった。


 沈黙が続いた。


 17はその間、一度も視線を外さなかった。人影を見たまま、静かに立っていた。


 その静けさが、いつもとは違った。


 白瀬は17の横顔を見た。怒っているとは見えなかった。感情が消えていた。それがかえって不気味だった。白瀬はその顔を見て、初めて17が本当に怒ったときどうなるのかを考えた。


「……わかった」と17は言った。静かな声だった。「咲を離せ。俺が行く。」


「師匠!!」と咲が叫んだ。


「黙っていろ」と17は言った。咲に向けた声は、柔らかくはなかったが、冷たくもなかった。「お前は関係ない。」


「関係ある!!あたしのせいで師匠が!」


「黙れ」と17はもう一度言った。今度は少しだけ低い声で。それで咲が黙った。


 人影が咲を解放した。咲が地面に足をつけた瞬間、朝霧が無言で咲の腕を掴んで後ろに引いた。


 人影が17を見た。


「ついてこい」と人影は言った。


 17が歩き始めた。


 白瀬が「17」と言った。


 17は振り返らなかった。


「明日の朝までには戻る」と17は言った。それだけ言って、人影と一緒に暗闇の中に消えた。


---


 残された全員が、しばらく誰も動かなかった。


 咲が朝霧の腕を掴んだまま、暗闇を見ていた。


「師匠」と咲は小さな声で言った。返事はなかった。


 白瀬が拳を握っていた。「追うか」と桐島に言った。


「無理だ」と桐島は言った。静かな声だった。「あの速度で移動されたら、追えない。それに17が自分で行くと言った。」


「咲を人質に取られたから行ったんだろう」と白瀬は言った。


「それでも17が選んだ」と桐島は言った。「俺たちが今できることは、明日の朝まで待つことだけだ。」


 咲が唇を噛んでいた。


 夜風が吹いた。


 17が消えた暗闇は、静かだった。

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