第31話「確認という名の修行」
木曜日の朝、咲は屋上にいた。
早朝だった。まだ授業が始まる前だった。
17がいた。
「あ、師匠!」咲は駆け寄った。「早いね!」
「ここにいつもいる」と17は言った。
「知ってる! だから来た!」咲は胸を張った。「修行つけてよ!」
「断る」
「えーーー!!」
それから三十分後。
二人は屋上にいた。
17が壁際に立っていた。咲がその前に立っていた。
「なんで断ったのに修行になってるの」と咲は言った。
「お前がしつこかったからだ」
「粘り勝ち!!」咲は両手を上げた。
「喜ぶな」と17は言った。「今日は修行ではない。確認だ」
「確認?」
「お前の能力の範囲と限界を確認する」と17は言った。「戦えるかどうかより、どこまで戦えるかを把握しておく必要がある」
咲は少し真剣な顔になった。
「何かあるの?」
17は少し間を置いた。
「今すぐではない」と17は言った。「でも動きがある。その前に確認しておきたい」
「動きって、管理局?」
「それもある」
「それも、ってことは他にも?」
17はしばらく咲を見た。
「Nullという組織を知っているか」と17は言った。
「名前だけ」咲は少し真剣な顔になった。「管理局に消された能力者たちの組織でしょ。桐野さんから少し聞いたことある」
「そのNullが学園の近くで動き始めている」
咲は黙った。
いつもの元気な顔ではなかった。考えていた。
「師匠のこと、狙ってるの?」と咲は言った。
「可能性がある」
「なんで」
「まだわからない」と17は言った。「だから確認している。お前の能力も含めて」
咲はしばらく17を見た。
「全部は教えてくれないんだね」
「今は無理だ」
「わかった」咲は頷いた。迷いがなかった。「じゃあ確認しよ。あたしにできることを全部やる」
確認、と17は言ったが、実質的には修行だった。
最初に17が言った。
「能力を使え。地面に根を張って、俺を捉えてみろ」
「えっ、師匠を?」咲は少し驚いた顔をした。
「ああ」
「捉えられなくても怒らない?」
「怒らない」
「絶対?」
「絶対だ」
咲は少し間を置いた。それから目を閉じた。
地面に根が這った。見えない根が屋上の床を伝った。17の足元に近づいた。
届かなかった。
17が一歩動いた。それだけで根の射程から外れた。
「えっ」咲は目を開けた。「速っ」
「根が見えている」と17は言った。「地面を這う感覚が、こちらには伝わる。動き始める前に外れた」
「そっか」咲は少し考えた。「じゃあ複数同時に出したら?」
「やってみろ」
咲が目を閉じた。今度は複数の根が同時に這い出した。四方向から。
17はまた動いた。でも今度は一度で外れなかった。
二歩目で外れた。
「惜しい!」咲が言った。
「悪くない」と17は言った。「でも根の速度が遅い。俺が動く速度に追いついていない」
「速くする方法ある?」
「根を細くして本数を増やせ」と17は言った。「太い根を少数より、細い根を多数の方が速い」
「なんで?」
「太い根は出力が大きい分、展開に時間がかかる。細い根は出力が小さい分、速く動ける。対象を捉えるだけなら細い方がいい」
咲は少し考えた。
「やってみる」
三度目。
細い根が地面を這った。本数が増えていた。さっきより速かった。
17が動いた。
根が追った。
三歩目で、17の足元に一本だけ届いた。
「当たった!!」咲が叫んだ。
「ああ」と17は言った。「一本だけだが」
「でも当たった!」
「次は全部当てろ」
「むずっ!!」
それから一時間、同じことを繰り返した。
十回試して、三回は複数本が当たるようになった。
咲は汗をかいていた。床に手をついていた。
「つかれた」と咲は言った。
「休め」と17は言った。
「師匠は?」
「疲れていない」
「ずるい」咲は床に座り込んだ。「師匠って、なんでそんなに動けるの」
「長い間動いてきたからだ」
「あたしも長い間修行してきたけど、師匠みたいには動けない」
「俺とお前では、動いてきた内容が違う」と17は言った。
「どう違うの」
17は少し間を置いた。
「俺は、負けたら終わりという状況で動いてきた」と17は言った。淡々とした声だった。「お前は管理局の訓練で動いてきた。訓練には終わりがある。でも俺が動いてきた状況には終わりがなかった」
咲はしばらく17を見た。
「それって」と咲は言った。小さな声で。「つらかった?」
「さあ」と17は言った。
「またさあ」
「本当にわからない」と17は言った。「つらいと思う余裕がなかった」
咲はしばらく黙っていた。
それから顔を上げた。
「師匠」と咲は言った。
「何だ」
「あたし、強くなる」咲は真剣な顔で言った。「師匠みたいな状況になっても、負けないくらい強くなる」
「なれるかもしれない」と17は言った。
咲が止まった。
「え、肯定してくれた」
「素質はある」と17は言った。「あとは使い方だ」
「つかいかた?」
「強さは持っているだけでは意味がない」と17は言った。「どう使うかで、強さの価値が変わる」
咲はしばらく考えた。
「難しいこと言うね、師匠」
「そうか」
「でもなんかわかる気がする」咲は立ち上がった。「もう一回やる」
「休んでいい」
「やる!」
授業が始まる前に、柊が屋上に来た。
17と咲がいた。咲はまだ修行していた。床を這う根が何本も出ていた。17はそれを避けていた。
柊はしばらくそれを見た。
「修行してる」と柊は言った。
「してる!」咲は根を這わせながら言った。「師匠に教えてもらってる!」
「教えていない」と17は言った。根を避けながら。「確認しているだけだ」
「同じだもん!」
柊はその二人を見た。
17が避けるたびに咲が根の方向を変える。根が少しずつ速くなっていた。一時間前よりも明らかに速かった。
柊は少し笑った。
「17って、教えるの上手いんだね」と柊は言った。
「教えていない」と17は言った。
「教えてないのに咲ちゃんが速くなってるじゃない」
17は少し間を置いた。
「気のせいだ」
「気のせいじゃないよ!!」咲が言った。根が一本、17の足元に届いた。「当たった!!」
「ああ」と17は言った。
「褒めて!」
「悪くない」
「褒め方が渋い!!」
柊はまた笑った。
昼休み、四人が屋上に集まった。
17、柊、白瀬、咲。朝霧は図書室にいた。
白瀬が咲を見た。
「修行してたのか」と白瀬は言った。
「した!」咲は元気よく言った。「師匠に教えてもらった!」
「教えていない」と17は言った。
「教えてもらった!」
白瀬は17を見た。
「お前が教えたのか」
「確認しただけだ」
「確認しながら指摘したんだろう」白瀬は少し笑った。「それは教えてるやつだ」
17は答えなかった。
咲が白瀬を見た。
「白瀬さんって、Nullのこと知ってる?」と咲は言った。
白瀬が少し止まった。
「知っている」と白瀬は言った。「どこで聞いた」
「師匠から少しだけ」
白瀬は17を見た。17は空を見ていた。
「学園の近くで動いてるんでしょ」と咲は言った。「師匠から聞いた。全部は教えてくれなかったけど」
「そうだ」と白瀬は言った。少し間を置いてから。「気をつけた方がいい」
「うん」咲は頷いた。「だから修行した」
白瀬はしばらく咲を見た。
十四歳だった。Nullが動いていると聞いて、修行をした。怖がらなかった。ただ動いた。
「強いな」と白瀬は言った。
「でしょ!」咲は胸を張った。「師匠の弟子だから!」
「弟子と認めていない」と17は言った。
「認めてる!!」
放課後、咲が17を呼び止めた。
廊下の端だった。
「師匠」と咲は言った。
「何だ」
「今日、ありがとう」咲は真剣な顔で言った。「修行じゃないって言ってたけど、あたしにとっては修行だった。すごく勉強になった」
「そうか」
「あと」咲は少し間を置いた。「Nullのこと、少し教えてくれてありがとう。全部じゃなくてもよかった。師匠が話してくれたこと、それだけで十分だった」
17はしばらく咲を見た。
「いつかもう少し話す」と17は言った。
「うん」咲は頷いた。「待てる。ちゃんと待てるから」
その言葉は、柊が言った言葉と同じだった。
17は少し間を置いた。
「わかった」と17は言った。
咲は笑った。今日一番の笑顔だった。
「じゃあ明日も修行しよ!」
「確認だ」
「同じだもん!!」
夜、17は屋上にいた。
今日のことを振り返った。
咲の能力が一時間で伸びた。素質は本物だった。教えていない、と言い続けたが、確認しながら指摘したのは事実だった。
白瀬に言われた通りだった。
17は少し間を置いた。
Nullのことを少しだけ咲に話した。全部ではなかった。でも話した。
知らないまま巻き込まれるより、少しだけ知っている方がいい。
咲は怖がらなかった。ただ動いた。
それが、咲の強さだった。
追跡の能力が学園内を確認した。白瀬が寮にいる。朝霧も同じく。桐島と水無瀬は学園の外を確認している。
柊は自室にいた。窓の明かりが点いていた。
咲は柊の部屋にいた。また泊まっていた。
二つの明かりが同じ場所にあった。
17はその光をしばらく見た。
夜風が吹いた。




