第26話「うるさい弟子入り志願者」
土曜日の午後、学園の裏門の外に人が立っていた。
小柄だった。制服ではなかった。動きやすそうな服を着ていた。髪を高く結んでいた。腕を組んで、裏門をじっと見ていた。
年齢は、どう見ても高校生ではなかった。
中学生くらいだった。
17が裏門を出た瞬間、その子が動いた。
「いたーーー!! 17番ーーー!!」
声が大きかった。路地に響いた。近くにいた猫が逃げた。
17は立ち止まった。
その子が駆け寄ってきた。息が全く乱れていなかった。速かった。
「あたし天羽咲! 十四歳! 管理局所属! よろしく!」
17は少し間を置いた。
「そうか」
「そうかって! もうちょっと反応してよ!」咲は両手を腰に当てた。「あたし、あんたに勝負しに来たんだけど!」
「勝負」
「そう! あんたが計測不能って聞いてさ、どんくらい強いのか試してみたくなって! あたし管理局でも強い方だから、あんたに勝てると思って!」
17は咲を一瞥した。
それだけだった。
次の瞬間、咲の体が動かなくなっていた。
見えない糸が全身に絡まっていた。
咲は目を丸くした。
「え」
倒れなかった。糸に支えられていたから。でも一ミリも動けなかった。
「え、え、えーーー!? いつ!? 何!? え!?」
「終わりだ」と17は言った。
「おわ……」咲は固まった顔で17を見た。「……はや」
糸が解けた。咲がよろめいた。でも転ばなかった。体幹が異常に強かった。
しばらく咲は立ったまま固まっていた。
それから顔を上げた。
目が輝いていた。
「つよ」と咲は言った。一言だった。
「用が済んだなら帰れ」と17は言った。歩き始めた。
「待って待って待って!!」咲が前に回り込んだ。「弟子にして!」
17は止まった。
「弟子」
「そう! 弟子! あたしあんたに弟子入りしたい! こんな速く負けたの初めてで、なんかもう感動して、絶対あんたに習いたいって思って!」
「断る」
「なんで!?」
「面倒だ」
「面倒って!」咲は17についていきながら言った。「あたしめちゃくちゃ頑張るよ!? 言ったこと全部やるし、荷物も持つし、なんでもするし!」
「いらない」
「えーーー!!」
17は歩き続けた。
咲はついてきた。
しばらくそれが続いた。
「なあ」と17は言った。歩きながら。
「なに!?」
「管理局の所属なら、上司がいるだろう」
「いるよ!」
「上司に帰れと言われないのか」
「言われた!」咲は元気よく言った。「でも行ってきます!って来た!」
「言われたのに来たのか」
「だってあんたに会いたかったんだもん!」
17は少し間を置いた。
「怒られるぞ」
「怒られてもいい!」
17は歩き続けた。咲もついてきた。
路地を抜けて、大通りに出た。
17は咲を振り返った。
「帰れ」
「やだ」
「帰れ」
「やだって言ったじゃん!」咲は腕を組んだ。「あたし諦めないから! 絶対弟子にしてもらうから!」
17はしばらく咲を見た。
咲は真っすぐ17を見返した。嘘がなかった。悪意がなかった。ただ本当にそう思っていた。
「勝手にしろ」と17は言った。歩き始めた。
「え、いいの!?」
「帰れとは言い続ける」
「でも止めないってこと!?」
「好きにしろ」
「やったーーー!!」咲が両手を上げた。また猫が逃げた。
学園に戻ったとき、柊が正門の前にいた。
17を見た。それから17の後ろを見た。
咲がいた。17の三歩後ろをついてきていた。
柊は少し固まった。
「えっと」と柊は言った。「誰?」
「天羽咲! 十四歳! よろしく!」咲は元気よく言った。
「よ、よろしく……」柊は17を見た。「17の知り合い?」
「違う」と17は言った。
「違うの!?」咲が抗議した。「弟子だよ! 弟子!」
「認めていない」
「認めてなくても弟子だもん!」
柊は17と咲を交互に見た。
「えっと……」柊は17に小声で聞いた。「どういう状況?」
「勝負を挑んできた。瞬殺した。なぜか弟子入りしようとしている」
「なるほど……」柊はもう一度咲を見た。「管理局の子?」
「そう! あたし管理局最年少クラスだよ! 強いんだよ! でもこの人の方がぜんっぜん強くて、あたし感動して、弟子にしてもらうことにした!」
「……なった経緯が早すぎる」柊は少し笑った。「咲ちゃん、って呼んでいい?」
「いいよ! 柊さんは?」
「二宮柊。17と同じクラス」
「あ、そうなんだ」咲は柊を見た。それから17を見た。それから柊を見た。「ねえ、柊さんって、この人と仲いいの?」
「そうだね、まあ」
「どのくらい?」
「どのくらいって……」柊は少し考えた。「よく話すし、一緒にいること多いし」
「ふーん」咲は少し間を置いた。それから真剣な顔で柊を見た。「彼女?」
柊が固まった。
17は歩き始めた。
「ちがっ、そういうのじゃ!」柊は咲に言った。顔が赤かった。
「じゃあいいじゃん! あたしが弟子になっても!」
「それとこれとは……」
「関係あるじゃん! あたし師匠のそばにいたいし! 邪魔されたくないし!」
「邪魔って私が邪魔なの!?」
「邪魔とは言ってない! でも邪魔!」
「矛盾してる!!」
17は二人を置いて歩き続けた。
後ろでまだやりとりが続いていた。
夕方、屋上に全員が集まっていた。
いつの間にかそうなっていた。
17、柊、白瀬、朝霧、そして咲。
白瀬が咲を見た。
「管理局の子だよな」と白瀬は言った。
「そう! でも今は師匠の弟子だから!」咲は元気よく言った。
「師匠って17のこと?」
「そう!」
白瀬は17を見た。
「お前、弟子取ったのか」
「取っていない」と17は言った。
「でも追い払ってもいない」
「面倒だ」
「なるほど」白瀬は少し笑った。
朝霧が咲を見た。無表情だった。
「管理局の誰の下にいる」と朝霧は聞いた。
「桐野さんの部署!」咲は言った。
白瀬と朝霧が同時に固まった。
「桐野の……?」白瀬は17を見た。
「知らなかった」と17は言った。
「いや知っとこうよ!!」白瀬が珍しく声を上げた。
「えっなんで空気変わったの!?」咲は周りを見た。「桐野さんって怖い人なの?」
「怖いというか」白瀬は頭を抱えた。「俺たちの……まあ、色々あって」
「ふーん」咲はあっさり言った。「でも関係なくない? あたしは師匠の弟子になりに来ただけだし」
「関係なくないんだよなあ……」白瀬は遠い目をした。
朝霧が17を見た。
「どうする」と朝霧は言った。
「今は放置する」と17は言った。
「放置って!!」咲が抗議した。「あたしここにいるんだけど!?」
「聞こえている」
「聞こえてて放置って言うの!?」
「ああ」
「師匠冷たすぎ!!」
柊が少し笑った。それから咲を見た。
「咲ちゃん、今日帰る場所ある?」
「ない!」咲は元気よく言った。
「ない!?」
「上司に無断で来たから帰りにくくて!」
「それは自業自得では……」柊は少し考えた。「とりあえず今夜どうするか考えないと」
「柊さんのところに泊まっていい!?」
「え、急すぎる……」
「やだ?」
「やだじゃないけど……」柊は17を見た。助けを求める目だった。
17は空を見ていた。
「17!!」柊が言った。
「俺に聞くな」と17は言った。
「あなたの弟子の話でしょ!?」
「認めていない」
「もう認めちゃいなよ!!」
咲が柊と17のやりとりを見ていた。
真剣な顔だった。
「やっぱり仲いいじゃん」と咲は言った。小さな声で。
柊が振り返った。
「仲いいのは認めるけど、だから何なの」
「べつに」咲はそっぽを向いた。「なんでもない」
柊は少し咲を見た。
それから少し笑った。
「咲ちゃんって、素直じゃないね」
「うるさい!!」
夜、咲は結局柊の部屋に泊まることになった。
17は屋上にいた。
今日のことを振り返った。
天羽咲。十四歳。管理局所属。桐野の部署。
桐野の部署の人間が、無断で自分に会いに来た。悪意はなかった。本当に純粋に勝負がしたかっただけだ。
でも。
桐野はこれを知っているのか。知っていて泳がせているのか。知らないのか。
まだわからなかった。
追跡の能力で気配を確認した。咲は柊の部屋にいた。まだ喋っている気配がした。元気だった。
17は少し間を置いた。
面倒なことになった。
でも、今夜の屋上はいつもより少し賑やかだった。
悪くはなかった。
そう思ったことに、17は少し驚いた。
夜風が吹いた。




