第25話「静けさの中で」
木曜日は何もなかった。
金曜日も何もなかった。
管理局の車は正門に止まったままだった。でも局員は動かなかった。桐野からの連絡もなかった。白瀬と朝霧への呼び出しもなかった。
静かだった。
嵐の前の、という言葉が頭に浮かんだが、今は静かだった。それだけだった。
木曜日の昼休み。
柊は購買でパンを買って、屋上に向かった。
17がいた。
「来た」と柊は言った。
「来た」と17は言った。
並んで立って、空を見た。白い雲が流れていた。
しばらく何も言わなかった。
柊はパンを食べた。17は空を見ていた。
「ねえ」と柊は言った。
「何だ」
「最近、静かだね」
「ああ」
「静かなの、嫌いじゃない」と柊は言った。「なんか、ほっとする」
17は少し間を置いた。
「そうか」
「17は? 静かな方が好き?」
「さあ」
「またさあ」
「本当にわからない」と17は言った。「静かなことも、動いていることも、どちらが好きかと聞かれると答えられない」
「じゃあどっちが慣れてる?」
17は少し考えた。
「動いている方が慣れている」と17は言った。「でも今は静かでいい」
柊はその答えを聞いて、少し笑った。
「なんか、正直だね。今日」
「そうか」
「そうだよ」
風が吹いた。パンの袋が揺れた。
柊はそれを押さえながら、また空を見た。
「一つだけ聞いていい?」と柊は言った。
「何だ」
「いつか、全部話してくれる?」
17は少し間を置いた。
「いつかは話す」と17は言った。
「いつか、って、いつ?」
「今は言えない」
「今は無理?」
「ああ」
柊はしばらく黙っていた。
「わかった」と柊は言った。「待つ。ちゃんと待てるから」
17は答えなかった。
でもその沈黙は、いつもの沈黙と少し違う気がした。柊にはそれがわかった。
木曜日の放課後。
朝霧が図書室にいた。
本を開いていた。今日は読めていた。静かな日だったから。
しばらくして、白瀬が来た。向かいに座った。
「何も来なかった」と白瀬は言った。
「ああ」と朝霧は言った。
「明日も来ないかもしれない」
「来ないかもしれない」
白瀬は本棚を見た。
「こういう日が続けばいいのにな」と白瀬は言った。独り言のような声だった。
朝霧は少し間を置いた。
「続かない」と朝霧は言った。
「わかってる」白瀬は少し笑った。「でもそう思う日があってもいいだろ」
「そうだな」
二人しばらく黙っていた。
「朝霧さん」と白瀬は言った。
「何」
「今、何を読んでる」
「植物の図鑑だ」
白瀬は少し驚いた顔をした。
「図鑑?」
「静かな日は、静かな本がいい」と朝霧は言った。
白瀬はしばらく朝霧を見た。それから少し笑った。
「貸してくれ」
「だめだ。読んでる」
「読み終わったら」
「考える」
白瀬はまた笑った。今度は声が混じった。
図書室が静かだった。
金曜日の朝。
桐島が職員室で書類を書いていた。
水無瀬が隣に座った。
「何も来なかったな」と水無瀬は言った。
「ああ」と桐島は言った。
「来週は来るか」
「来るだろう」桐島は書類から目を上げた。「でも今日は来なかった。それだけだ」
水無瀬は少し考えた。
「桐島さんって、こういうとき焦らないな」
「焦っても仕方ない」
「俺は焦る」水無瀬は正直に言った。「静かな方が不安になる。何が来るかわからないから」
「動いてるときの方が楽か」
「そうだな」水無瀬は窓の外を見た。「でも今日は静かでよかった気もする」
「そういうもんだ」桐島は書類に戻った。「嫌いじゃない、こういう日も」
水無瀬はしばらく窓の外を見ていた。
金曜日の昼休み。
17は一人で食堂にいた。
いつもは屋上に行くが、今日は食堂にいた。
柊が来た。
「あれ、今日は下にいるんだ」と柊は言った。
「ああ」
「珍しい」
「たまには違う場所でもいい」
柊は17の向かいに座った。
二人で食事をした。しばらく何も言わなかった。
食堂は賑やかだった。いろんな声が混ざっていた。
「にぎやかだね」と柊は言った。
「ああ」
「嫌い?」
「嫌いではない」と17は言った。「ただ、慣れていない」
「慣れてないけど、嫌いじゃない」柊は少し微笑んだ。「なんかそれ、17らしいな」
「そうか」
「そうだよ」柊はトレーを少し動かした。「ねえ、一つだけ聞いていい」
「何だ」
「今日、なんで食堂に来たの」
17は少し間を置いた。
「たまにはこういう場所にいてもいいと思った」と17は言った。
「それだけ?」
「それだけだ」
柊はしばらく17を見た。
「嘘くさい」と柊は言った。でも笑っていた。
「そうか」
「そうだよ。でも、まあいいか」
柊は食事を続けた。
17も続けた。
食堂の賑やかさの中で、二人の間だけ少し静かだった。
金曜日の放課後。
17は一人で校舎を歩いた。
特に何もなかった。局員は動かなかった。桐野からの連絡もなかった。
東棟の端の廊下に出た。
窓から外を見た。正門に車が止まっていた。三台のままだった。増えてもいなかった。減ってもいなかった。
ただそこにあった。
17は少し立ち止まった。
今週は静かだった。それが何を意味するのか、まだわからなかった。でも来週は違う。そういう気がした。
根拠はなかった。でも確かにそう感じた。
17は歩き始めた。
金曜日の夜。
17は屋上にいた。
空を見た。星が出ていた。
今週を振り返った。
静かだった。ただ、静かだった。
それだけなのに、いくつかのことを思い出した。
柊が言っていた。いつか、ちゃんと待てるから。
白瀬が言っていた。こういう日が続けばいいのにな。
桐島が言っていた。嫌いじゃない、こういう日も。
みんな、静けさの中で少し柔らかくなっていた。
17は右手を見た。まだ何もない。
来週、静けさは終わる。
そのとき、みんながどうなるか。17にはわからなかった。
でも今夜は静かだった。
それだけで、十分だった気がした。
夜風が吹いた。
17は空を見続けた。




