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24話「上層部」

 月曜日の朝、桐野から連絡が来た。

 白瀬と朝霧だけではなかった。桐島と水無瀬にも来た。そして17にも来た。

 内容は同じだった。

 「今日の放課後、全員で話したいことがある」


 朝のホームルームの前、桐島が職員室で水無瀬と話していた。

「全員呼び出した」と桐島は言った。声を落としていた。「今までは個別だった。一度に呼ぶのは初めてだ」

「何かを決める気だな」と水無瀬は言った。

「判断材料が揃ったと思っているのかもしれない。鷺沢が動けなくなった。情報が止まった。だから直接動くことにした」

「17はどうする気だろう」

「さあ」桐島は腕を組んだ。「でもあいつのことだ。全部わかった上で来るだろう」


 一時間目、柊は授業中に17の横顔を見た。

 いつも通りだった。黒板を見ていた。何も変わらなかった。

 でも今日は、少し違う気がした。

 何が違うのかはわからなかった。雰囲気ではない。表情でもない。ただ、柊の棘が、いつもとは違う色で光っていた。

 今日は何かが動く。

 柊はそう感じた。


 昼休み、屋上に五人が集まった。

 17、柊、白瀬、朝霧、桐島だった。水無瀬は下で見張りをしていた。

「全員呼び出された」と白瀬は言った。

「知っている」と17は言った。

「どうするつもりだ」

「行く」

「当然行く。でも何を話すつもりだ」

「聞かれたことに答える」と17は言った。「それだけだ」

 白瀬は少し考えた。

「桐野は今日、何かを決めようとしている。俺たちを一度に呼んだのは、各自の話を照合するためだ。誰かが嘘をついていれば、必ずどこかで矛盾が出る」

「だから全員、同じ話をする」と桐島は言った。

「同じ話というのは」と朝霧は言った。

「嘘をつかない」と17は言った。

 全員が17を見た。

「嘘をつかない?」と白瀬は言った。「でも全部話したら」

「全部話す必要はない」と17は言った。「聞かれたことだけに答える。聞かれなかったことは話さない。それだけだ」

「桐野は聞き方が上手い」と白瀬は言った。「誘導してくる」

「誘導されなければいい」

「簡単に言うな」白瀬は苦笑した。

「一つだけ約束してほしい」と17は言った。

「何だ」

「どんな話になっても、最後まで席を立つな」

 白瀬は少し間を置いた。

「わかった」

 朝霧も、桐島も、頷いた。

 柊は17を見た。

「私も行っていい?」と柊は言った。

「来い」と17は言った。迷わなかった。

 柊は少し驚いた顔をした。

「守るんじゃないの」

「隣にいる方が、守りやすい」と17は言った。

 柊は少し笑った。


 放課後、応接室に六人が集まった。

 17、柊、白瀬、朝霧、桐島、水無瀬。

 桐野が待っていた。隣に知らない顔が二人いた。スーツを着た男と女だった。表情がなかった。管理局の上層部だ、と17にはわかった。

「揃ったな」と桐野は言った。穏やかな声だった。「座ってください」

 全員が座った。

 テーブルを挟んで、桐野たちと向き合った。

「今日はいくつか確認したいことがある」と桐野は言った。「難しいことは聞かない。正直に答えてくれれば、それでいい」

 誰も答えなかった。

 桐野は17を見た。

「17番、まず君から聞こう」

「どうぞ」と17は言った。

「君は鷺沢輝という人物を知っているか」

「知っている」と17は言った。

 桐野の目が微かに変わった。

「どこで知った」

「先週の土曜日、ある場所で会った」

「どんな話をした」

「カードゲームをした」

 部屋が少し静かになった。桐野の隣の二人が顔を見合わせた。

「カードゲーム」と桐野は繰り返した。

「ああ。賭け事の形式だった。互いに情報を賭けた」

「結果は」

「引き分けだった」と17は言った。

 嘘ではなかった。カードの勝負は男が勝った。情報は17が取った。どちらとも言えなかった。

「鷺沢から何か聞いたか」と桐野は言った。

「いくつか」

「具体的に」

「管理局に上層部の会合があったこと。議題が俺の処遇だったこと」と17は言った。「消すか、管理下に置くか」

 部屋が静かになった。

 桐野の隣の二人が動いた。でも桐野が手で止めた。

「続けろ」と桐野は言った。穏やかなままだった。

「以上だ」と17は言った。「それだけ聞いた」

「鷺沢を式系で止めたのはお前か」

「ああ」

「なぜ」

「情報を取った後に自由に動かせるのは得策ではない」と17は言った。「桐野も同じことをする立場なら、同じ判断をするはずだ」

 桐野は少し間を置いた。

「そうだな」と桐野は言った。静かに笑った。「同じ判断をする」


 桐野が白瀬と朝霧に視線を移した。

「白瀬くん、朝霧くん」

「はい」と白瀬は言った。

「二人は鷺沢の件を知っていたか」

「知りませんでした」と白瀬は言った。「今日、ここで初めて聞きました」

「本当に?」

「本当です」

 桐野は白瀬をしばらく見た。それから朝霧を見た。

「朝霧くんは」

「同じです」と朝霧は言った。

「二人の報告書に、鷺沢の名前が一度も出てこない理由は」

「把握していなかったからです」と白瀬は言った。「対象の周辺人物として認識していませんでした」

「なぜ認識できなかった」

「対象は周辺人物を積極的に遮断する」と白瀬は言った。「接触があっても、こちらには見えない形で行われる。報告できなかったのは、俺たちの能力の限界です」

 桐野は少し考えた。

「正直だな」

「事実を言っています」


 桐野の視線が柊に移った。

「二宮さん」

「はい」と柊は言った。

「君は17番と親しいようだが、何か特別な話を聞いたことはあるか」

 柊は少し間を置いた。

「17といつも話します」と柊は言った。「でも特別な話というのが何を指すのかわかりません。具体的に何を聞きたいですか」

「管理局に関わる話を聞いたことがあるか」

「管理局が学園に来ていることは知っています」と柊は言った。「それ以上のことは聞いていません」

「17番から何も聞いていない?」

「17は今は無理だとよく言います」柊は桐野を見た。「でもいつか話すとも言います。私はそれを待っています」

 桐野は柊をしばらく見た。

「信頼しているんだね、17番を」

「はい」と柊は言った。迷わなかった。

「なぜ」

「見ていたから」と柊は言った。「ずっと隣で見ていたから」

 桐野は少し笑った。

「そうか」


 桐野が全員を見渡した。

「最後に一つだけ聞く」と桐野は言った。声のトーンが少し変わった。「全員に聞く。灰島迅という名前を知っているか」

 部屋が静かになった。

 白瀬が17を一瞬だけ見た。17は桐野を見ていた。

「知っている」と17は言った。

 また部屋が静かになった。桐野の隣の二人が動いた。桐野がまた手で止めた。

「いつから知っている」

「ずっと前から」と17は言った。

「どこで知った」

「それは答えられない」

「なぜ」

「俺の情報だからだ」と17は言った。「桐野に渡す理由がない」

 桐野は17を見た。長い沈黙だった。

「灰島はお前に関係がある人物か」と桐野は言った。

「ある」と17は言った。

「どんな関係だ」

「それも答えられない」

「なぜ」

「今は無理だ」と17は言った。

 部屋が静かになった。

 桐野の隣の男が口を開いた。

「17番」と男は言った。低い声だった。「君が情報を渡さないのであれば、こちらも相応の対応を取る必要がある」

「相応の対応とは」と17は言った。

「君を管理局の施設に移す。能力の検査が必要だ」

 白瀬が少し動いた。朝霧の手が机の下で動いた。桐島が息を吸った。

 17は動かなかった。

「一つだけ聞いていいか」と17は言った。男を見た。

「何だ」

「お前の名前は」

 男は少し間を置いた。

「神代だ」と男は言った。「神代準一」

「神代さん」と17は言った。「施設に移すというのは、消す、という判断が下りたということか」

 部屋が静かになった。

 神代は答えなかった。

「答えなくていい」と17は言った。「顔でわかった」

 神代の目が細くなった。

「顔でわかった、とはどういう意味だ」

「見えるから、と言った方が正確か」と17は言った。「お前が今、何を考えているか。嘘をついているか本当のことを言っているか。それが見える」

「能力か」

「さあ」と17は言った。「俺にもわからない。ただ、ずっとそう見えていた」

 神代は17をしばらく見た。

「不気味だな」と神代は言った。

「そうかもしれない」と17は言った。「でも、不気味だと感じているのはお前だけじゃない。俺自身も、たまにそう思う」


 桐野が口を開いた。

「今日のところは、これで終わりにしよう」と桐野は言った。穏やかな声に戻っていた。「みんな、正直に話してくれてありがとう」

「施設の話は」と白瀬は言った。

「今日は保留だ」と桐野は言った。「神代さん、いいですね」

 神代は少し間を置いた。

「今日は」と神代は言った。

 全員が立ち上がった。

 応接室を出た。


 廊下に出て、六人が並んだ。

 誰も最初は何も言わなかった。

 白瀬が息を吐いた。

「綱渡りどころじゃなかったな」と白瀬は言った。

「でも渡り切った」と桐島は言った。

「今日は」と朝霧は言った。

「今日は」と白瀬は繰り返した。

 柊が17の隣を歩きながら言った。

「神代って人、怖かった」

「ああ」

「17は怖くなかった?」

「さあ」

「またさあ」

「今回は少し怖かったかもしれない」と17は言った。

 柊が止まった。

「本当に?」

「少しだけ」

「初めて聞いた、そういうこと」柊は17を見た。目が少し赤くなっていた。「正直に言ってくれてありがとう」

「礼はいらない」

「いる」と柊は言った。「私にはいる」

 17は答えなかった。

 でも否定しなかった。


 夜、17は屋上にいた。

 今日のことを整理していた。

 神代準一。桐野の上の人間。消す、という判断に近いところにいる。今日は保留になった。でも保留は決定の先送りだ。

 時間が、また少し縮まった。

 17は右手を見た。まだ何もない。

 でも今日、少し怖かった、と柊に言った。

 嘘ではなかった。

 神代の目を見たとき、一瞬だけ何かを感じた。怖い、と呼ぶのが正しいかどうかはわからない。でも、今まで感じたことがない何かだった。

 消される、という現実が、輪郭を持ち始めた。

 17は空を見た。星が出ていた。

 柊の部屋の明かりが点いていた。今日も同じ場所にあった。

 その明かりをしばらく見た。

 夜風が吹いた。

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