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第20話「接触」

 月曜日の放課後、細身の人物が現れた。

 場所は学園の裏門だった。17が一人で歩いていたとき、気配が来た。一つだけ。敵意がない。でも目的がある。

 前回と同じ気配だった。

 17は足を止めなかった。裏門を出て、人通りの少ない道に入った。細身の人物がついてきた。

 小さな公園に入った。

 17は立ったまま振り返った。

 細身の人物がフードを外した。三十代後半くらいの顔だった。前回よりも疲れた顔をしていた。目の下に隈があった。

「久しぶりだ」と細身の人物は言った。

「何しに来た」と17は言った。

「情報を渡しに来た」

「対価は」

「ない」細身の人物は17を見た。「お前に知っていてほしいだけだ」

 17は少し間を置いた。

「聞く」


 細身の人物はベンチに座った。17は立ったままだった。

「管理局の上層部が本格的に動き始めた」と細身の人物は言った。「桐野が直接指揮を取る。学園への介入が始まる」

「知っている」

「そうか」細身の人物は少し笑った。「やっぱり先に知ってるな、お前は」

「続けろ」

「桐野の目的は二つだ」細身の人物は指を折った。「一つはお前の能力の全容把握。もう一つは、お前を通じて灰島迅に繋がる糸を探すことだ」

 17は動かなかった。

 灰島迅。

 その名前を、細身の人物の口から聞いたのは初めてだった。

「灰島を知っているのか」と17は言った。

「俺たちは十三年前に灰島に消された人間だ」細身の人物は17を見た。「お前も知っているはずだろう」

 17は少し間を置いた。

「続けろ」

「管理局は灰島を追っている。でも灰島は捕まらない。過去回帰の能力があるから、どんな包囲網も抜けてしまう」細身の人物は手を組んだ。「だから管理局は別の手を使おうとしている。お前を餌にして灰島をおびき寄せる」

「俺を餌に」

「灰島はお前のことを気にしている。それは確かだ。管理局はその繋がりを利用しようとしている」

 17は公園の出口を見た。人の気配がないことを確認してから、細身の人物に視線を戻した。

「なぜ俺に教える」と17は言った。

「灰島に利用されてほしくないからだ」細身の人物は静かな声で言った。「俺たちは灰島に消された。でも灰島を恨んでいるわけではない。灰島がやったことの意味は、俺たちにはわかる」

「意味とは」

「お前を守るためだったということだ」細身の人物は17を見た。「それが正しかったかどうかは別として」

 17は答えなかった。

「もう一つだけ教える」と細身の人物は言った。

「何だ」

「桐野は今週中に学園に直接入ってくる。表向きは視察だ。でも本当の目的はお前を直接見ることだ」

「顔を見に来る」

「そうだ。そしておそらく、お前に直接話しかけてくる」

 17は少し考えた。

「桐野はどんな人間だ」

「頭がいい。穏やかに見えて冷たい。人を駒として見ているが、駒への敬意は持っている」細身の人物は少し間を置いた。「それと、嘘はつかない。ただし全部は話さない」

 17は少し間を置いた。

「続けろ」

「以上だ。今日持ってきた情報は全部話した」


 しばらく沈黙が落ちた。

 風が吹いた。公園の木が揺れた。

「一つだけ聞いていいか」と17は言った。

「何だ」

「お前の名前は」

 細身の人物は少し驚いた顔をした。17が名前を聞いたのは初めてだった。

「なぜ聞く」

「話すたびにお前と呼ぶのも面倒だ」

 細身の人物は少し考えた。

「榎本」と細身の人物は言った。「榎本誠司。今は管理局のデータには存在しないが、それが俺の名前だ」

「榎本」と17は繰り返した。

「ああ」榎本は17を見た。「お前の名前は、まだ言えないのか」

「ああ」

「そうか」榎本は立ち上がった。「いつか言える日が来るといいな」

 17は答えなかった。

 榎本がフードを被った。

「また来る」と榎本は言った。

「来るな」

「毎回同じだな」榎本は少し笑った。「でも来る。お前に知っていてほしいことがまだある」

 気配が消えた。

 17は公園に一人残った。

 ベンチを見た。榎本が座っていた場所だった。

 灰島迅。

 その名前を頭の中で繰り返した。


 夜、17は屋上にいた。

 榎本が言った言葉を繰り返した。灰島はお前のことを気にしている。

 知っていた。ずっと知っていた。でも誰かの口からそれを聞くのは、少し違う感覚があった。

 管理局が自分を餌に灰島をおびき寄せようとしている。そのために桐野が来る。

 17は右手を見た。まだ何もない。

 でも時間は確実に動いていた。


 翌朝、柊が屋上に来た。

「昨日の放課後、どこにいたの」と柊は言った。

「少し出かけた」

「誰かと会ってた?」

 17は柊を見た。

「なぜ聞く」

「なんとなく」と柊は言った。「雰囲気が違う気がして」

 17は少し間を置いた。

「桐野が今週来る」と17は言った。

「視察で?」

「俺を直接見に来る」

 柊は少し考えた。

「どうするの」

「普通にしている」

「普通に?」

「向こうが何を見ようとしているかは、こちらにはわかっている。だから普通にしていればいい」

 柊は空を見た。しばらく黙っていた。

「灰島っていう名前、聞いたことある?」と17は言った。

 柊は振り返った。17が人の名前を出すのは珍しかった。

「ない。誰?」

「いつか話す」

「今は無理?」

「ああ」

 柊は少し間を置いた。

「わかった」と柊は言った。「でも一つだけ」

「何だ」

「その人、17に関係がある人?」

 17は空を見たままだった。

「ある」と17は言った。

 それだけだった。

 柊はその一言の奥に、深いものがあることを感じた。聞いてはいけない深さだった。

 今は聞かない。

 でもいつか、全部話してくれる。そう思った。


 水曜日の午前、桐野が学園に来た。

 校長と並んで廊下を歩いていた。視察、という名目だった。スーツを着ていた。背が低く、穏やかな顔をしていた。

 17は教室の窓から廊下を見た。

 桐野の視線が教室を見渡した。一人一人を確認するように動いた。

 17の番が来た。

 桐野の視線が17で止まった。三秒。

 桐野の目が微かに変わった。でも焦りではなかった。むしろ何かが深まった顔だった。

 17は黒板を見ていた。

 桐野が視線を外した。廊下を歩き続けた。


 昼休み、桐野が食堂に現れた。

 偶然ではなかった。でも偶然を装っていた。

 桐野が17の隣のテーブルに座った。

「隣、いいかな」と桐野は言った。穏やかな声だった。

「どうぞ」と17は言った。

 二人は一つ離れたテーブルに座っていた。直接対話ではなく、偶然居合わせた形だった。しばらく二人とも食事をしていた。

「君が17番か」と桐野は言った。さりげない声だった。

「そうです」

「転入してきたのは最近だったね」

「はい」

「能力の計測が不能だったと聞いた」

「そうです」と17は言った。「スコアが出なかったと言われました」

「不思議なこともあるものだ」桐野は17を見た。「怖くなかったかい。自分の能力がわからないのは」

「特に」

「そうか」桐野は少し笑った。「強いな」

 17は答えなかった。

「一つだけ聞いてもいいかな」と桐野は言った。

「何ですか」

「ここの学園は、居心地がいいかい」

 17は少し間を置いた。

「普通です」

「そうか」桐野は食事を続けた。「それは良かった」

 それだけだった。

 桐野が先に食堂を出た。

 17は食事を続けた。

 桐野の最後の言葉が頭に残った。

 それは良かった。

 嘘ではなかった。本当にそう思っていた。

 それが一番、厄介だった。


 夕方、白瀬が17に近づいた。廊下の端だった。

「桐野と話してたな」と白瀬は言った。

「偶然居合わせた」と17は言った。

「偶然じゃないだろ」

「そうかもしれない」

 白瀬は少し考えた。

「何を話した」

「能力の計測が不能だったことについて。それだけだ」

「桐野は何か探ってたか」

「探っていたが、何も取れなかったはずだ」

 白瀬は17を見た。

「桐野に気をつけろ」と白瀬は言った。「あの人は穏やかだが、冷たい。人を駒として見ている」

「知っている」と17は言った。

「知ってるのか」

「榎本から聞いた」

 白瀬が止まった。

「榎本って、あの細身の」

「ああ。昨日接触してきた。情報を持ってきた。対価なしで」

「信用できるのか」

 17は少し間を置いた。

「できる」と17は言った。それだけだった。

 白瀬は壁に背中を預けた。

「だんだん、いろんなものが動き始めてるな」

「ああ」

「怖くないのか」と白瀬は言った。

 17は少し間を置いた。

「さあ」と17は言った。

 白瀬にはその「さあ」が、いつもと少し違う響きに聞こえた。

 わからない、ではなく。

 考えたことがない、に近い何かだった。

 白瀬はそれ以上聞かなかった。

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