表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/49

18話「呼び出し」

 木曜日の朝、白瀬の携帯に連絡が届いた。

 差出人は管理局の直属上官、桐野という人物だった。白瀬がこの学園に送られる前に直接指示を受けた相手だ。

 内容は短かった。

 「今週土曜日、局舎に来い。朝霧も同様」

 白瀬は画面を見たまま、しばらく動かなかった。

 呼び出し。報告のペースが遅すぎると判断されたか、昨夜の外部委託の件が引き金になったか。おそらく両方だった。

 白瀬は携帯をしまった。

 朝霧に伝えなければならなかった。


 一時間目が始まる前、白瀬は朝霧の席に近づいた。

「土曜日、呼び出しが来た」と白瀬は言った。声を落としていた。

「私にも来た」と朝霧は言った。

「同時か」

「おそらく示し合わせている。別々に話して、情報に齟齬がないか確認するつもりだろう」

 白瀬は少し考えた。

「何を話す?」

「事実だけを話す」と朝霧は言った。「ただし、解釈は渡さない」

「どういう意味だ」

「起きたことは全て話す。でも誰がやったかの結論は言わない。証拠がないから、と」

 白瀬は朝霧を見た。

「賢いな」

「嘘をつく必要がない」

 チャイムが鳴った。二人は前を向いた。


 昼休み、17は屋上にいた。

 柊が来た。隣に並んだ。今日はパンを一つだけ持っていた。

「最近、白瀬くんと朝霧さんの様子がおかしい」と柊は言った。

「そうか」

「何か知ってる?」

「さあ」

「また、さあって言う」柊は17を横目で見た。「でも表情が少し違う。知ってるときと知らないときで、目が違うんだよね」

 17は少し間を置いた。

「よく見ている」

「ずっと見てたから」

「呼び出しが来たんだろう」と17は言った。「管理局から」

 柊は息を吐いた。

「やっぱり知ってたじゃない」

「追跡の能力で二人の様子を読んだ。それだけだ」

「大丈夫なの、二人とも」

「さあ」

「また、さあ」

「今回は本当にわからない」と17は言った。「俺が関与できる問題ではない」

 柊は空を見た。

「何もできないのが嫌だな」

「そういうことがある」

「17はそういうとき、どうするの」

 17は少し考えた。

「待つ」

「待つだけ?」

「動ける状況になるまで待つ。焦って動いて状況を悪化させるより、待つ方がいい場合がある」

 柊はそれを聞いて、少し間を置いた。

「それ、経験から言ってる?」

「ああ」

「どんな経験?」

「今は無理だ」

 柊は苦笑した。

「わかった。また今度ね」


 土曜日の朝、白瀬と朝霧は電車で管理局の局舎に向かった。

 二人並んで座って、窓の外を見ていた。車内は空いていた。

「緊張してる?」と白瀬は言った。

「していない」と朝霧は言った。

「俺は少し緊張してる」

「なぜ」

「嘘はついていないけど、本当のことも全部言わない。その綱渡りが」

 朝霧は白瀬を見た。

「正直だな」

「朝霧さんには隠す意味がない」

 朝霧は少し間を置いた。

「緊張は必要ない」と朝霧は言った。「私たちは事実を話す。解釈を渡さない。それだけだ」

「うん」

「ただ」と朝霧は続けた。

「ただ?」

「桐野は頭がいい。事実だけから解釈を引き出す能力がある。気をつけろ」

 白瀬は窓の外を見た。

「わかった」


 局舎の応接室は白くて静かだった。

 桐野は五十代の男だった。背が低く、穏やかな顔をしていた。でも目が鋭かった。長年人を見てきた目だった。

 白瀬と朝霧が向かいに座った。

「久しぶりだな」と桐野は言った。穏やかな声だった。

「お久しぶりです」と白瀬は言った。

 朝霧は頷いた。

「報告書は読んだ」と桐野は言った。「丁寧にまとめてある。でも物足りない」

「何が物足りないですか」と白瀬は言った。

「対象の能力の詳細だ。Formula、という呼称は確認できた。だが種類と効果が不明なままだ。二週間以上いて、それだけしか掴めなかったのか」

「対象は能力を滅多に使いません」と白瀬は言った。「使っても痕跡を残さない。確認できた事例は報告書に全て記載しています」

「全て、か」

「全てです」

 桐野は白瀬を見た。一秒。二秒。

「昨夜の倉庫街の件」と桐野は言った。「外部委託の三人が無力化された。お前たちは何か見たか」

「見ていません」と朝霧は言った。「報告書にも記載しました」

「お前たちの部屋から、倉庫街は見える」

「カーテンを閉めていました」と白瀬は言った。

 桐野は少し考えるような顔をした。

「外部委託を送ったのは私の判断だ」と桐野は言った。「お前たちの報告が遅いと感じたから動いた。それは認める」

「私たちのペースが遅いと判断されたということですか」

「そうだ」桐野は二人を見た。「なぜ遅い?」

「慎重に動いた方が対象の警戒を解けると判断しました」と白瀬は言った。

「結果は?」

「警戒は解けていません」と白瀬は言った。正直に。「対象は最初から私たちが何者かわかっていたようです」

 桐野は少し黙った。

「わかっていた上で、何もしなかった」

「そうです」

「なぜだと思う」

 白瀬は少し考えた。

「対象は、私たちが敵ではないと判断したのかもしれません」

 桐野の目が細くなった。

「敵ではない、か」

「あくまで推測です」

 桐野はしばらく白瀬を見た。それから朝霧を見た。

「朝霧はどう思う」

「同じです」と朝霧は言った。

「対象と、どの程度の距離感で接している」

「必要最低限です」と朝霧は言った。

「嘘をついていないか」

「ついていません」

 桐野は少し笑った。穏やかな笑い方だった。

「お前たちは優秀だ」と桐野は言った。「嘘はついていない。でも全部は話していない」

 白瀬は表情を変えなかった。

「全部話しています。証拠のないことは話せません」

「そうだな」桐野は立ち上がった。「今日はここまでにしよう」

 二人も立ち上がった。

「一つだけ言っておく」と桐野は言った。「対象への接触を強化するよう、上から指示が来ている。来週から、学園への直接介入が始まる」

「どのような介入ですか」と白瀬は言った。

「それはまだ言えない」桐野は二人を見た。「ただ、お前たちの任務の内容が変わる可能性がある。心づもりをしておけ」


 帰りの電車の中で、白瀬と朝霧は並んで座っていた。

 しばらく何も言わなかった。電車が揺れた。窓の外に景色が流れた。

「直接介入」と白瀬は言った。

「ああ」

「来週から」

「ああ」

 白瀬は窓の外を見た。

「桐野は気づいてた」

「わかっていた」と朝霧は言った。「でも証拠がない。だから動けない。それだけだ」

「いつまで持つかな、この綱渡り」

 朝霧は少し間を置いた。

「わからない」と朝霧は言った。「でも今日は持った」

「今日は、か」

「それで十分だ」

 白瀬は少し笑った。

「朝霧さんって、時々すごく大人なこと言うよね」

「そうか」

「そうだよ」

 電車が駅に着いた。二人は立ち上がった。


 その夜、17は屋上にいた。

 追跡の能力で、白瀬と朝霧が学園に戻ってきたことを感じた。二人とも無事だった。疲れた気配があったが、傷ついた様子はなかった。

 直接介入が来る。

 来週から。

 17は空を見た。星が出ていた。

 管理局が動けば、均衡がまた変わる。白瀬と朝霧への圧力が強くなる。桐島と水無瀬も挟まれる。

 そして灰島の影が、少しだけ濃くなった気がした。

 根拠はなかった。でもそう感じた。

 17は右手を見た。

 何もなかった。まだ何もない。

 でもいつか、必要になる日が来る。

 その日のために、今は待つ。

 焦って動いて状況を悪化させるより、待つ方がいい。

 柊に言った言葉を、自分でも繰り返した。

 月明かりが屋上を照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ