第17話「管理局の判断」
火曜日の朝、管理局の上層部で会議が開かれた。
出席者は五人。全員が上位の決定権を持つ人間だった。画面に聖凰学園のデータが映し出されていた。17番の欄だけが、相変わらず空白だらけだった。
議長格の男が口を開いた。
「報告が遅すぎる。桐島と水無瀬は二週間、何をしていた」
「表面的な能力の観察と、周囲の生徒との関係性の把握です」と職員が答えた。「ただ対象への直接接触は慎重に、という桐島からの進言があり」
「慎重に、だと」議長格の男は少し間を置いた。「外部委託が三人、倉庫街で無力化された。それでも慎重にか」
誰も答えなかった。
「方針を変える」と議長格の男は言った。「回収を前倒しにする。今月中に対象を学園から連れ出せ」
一人が手を挙げた。
「強制的な回収は、対象が抵抗した場合のリスクが」
「わかっている」と議長格の男は言った。「だからこそ、対象が抵抗できない状況を作れ。周囲の生徒を使え。友人関係があるなら、そこを突け」
会議室が静かになった。
画面の中の空白だらけのデータが、静かに光っていた。
同じ朝、学園で桐島は携帯を見ていた。
管理局からのメッセージだった。短かった。
「回収を前倒しにする。今月中。詳細は追って連絡する」
桐島は携帯を閉じた。窓の外を見た。朝の校庭に生徒たちが集まり始めていた。
水無瀬が職員室に入ってきた。桐島の顔を見て、察したように眉をひそめた。
「来たか」と水無瀬は言った。
「今月中だ」
「早い」
「外部委託が失敗したから、上が焦っている」桐島は携帯を机に置いた。「周囲の生徒を使えと言ってきた」
水無瀬は少し間を置いた。
「誰を」
「二宮柊が最有力だろう。父親は管理局の上位能力者で、対象との関係性も深い。使いやすいと上は判断する」
「使わせない」と水無瀬は言った。即答だった。
「上の命令だ」
「命令でも使わせない」水無瀬は桐島を見た。「あの子は関係ない」
桐島は少し考えた。
「俺も同じだ」と桐島は言った。やがて。「でも上が直接動いた場合、俺たちには止める手段がない」
「17に伝えるか」
「伝えるべきだろうな」桐島は窓の外を見た。「ただ、どうやって」
「直接話す」と水無瀬は言った。
「警戒されないか」
「もう警戒されている。今更だ」
二時間目の休憩、水無瀬が17を呼び止めた。
廊下の端だった。生徒が少ない場所を選んでいた。
「少しいい?」と水無瀬は言った。
「何ですか」と17は言った。
「話がある。今日の放課後、第二会議室に来られる?」
17は水無瀬を見た。三秒。看破の能力が動いた。嘘ではない。罠でもない。何かを伝えようとしている。
「わかりました」と17は言った。
放課後、第二会議室に桐島と水無瀬がいた。
17が入ってきた。扉を閉めた。三人だけになった。
「単刀直入に言う」と桐島は言った。「管理局が回収を前倒しにした。今月中に対象、つまりお前を学園から連れ出す命令が出た」
17は桐島を見た。表情が動かなかった。
「知っていたか」と水無瀬は言った。
「予想はしていた」と17は言った。
「周囲の生徒を使えという指示も出ている」と桐島は続けた。「名前は出なかったが、二宮柊が使われる可能性が高い」
17は少し間を置いた。
「なぜ俺に教える」と17は言った。
「使われたくないから」と水無瀬は言った。「あの子を。それだけだ」
17は水無瀬を見た。また三秒。本心だった。計算ではない。
「上の命令に反している」と17は言った。
「反している」と桐島は言った。あっさりと。「わかっている。でも子供を道具にするのは違う」
しばらく沈黙が落ちた。
「一つだけ聞く」と17は言った。
「何だ」と桐島は言った。
「お前たちは何がしたい」
桐島と水無瀬が目を合わせた。
「わからない」と水無瀬は言った。正直な声だった。「任務で来たが、任務通りに動く気がなくなった。それだけだ」
「それだけか」
「それだけだ」
17はしばらく二人を見た。
「わかった」と17は言った。「教えてくれてありがとう」
桐島は少し驚いた顔をした。17が礼を言うとは思っていなかったようだった。
「お前は、逃げるつもりはないのか」と桐島は言った。
「ない」
「なぜ」
「まだ終わっていないから」
それだけ言って、17は会議室を出た。
夜、17は屋上にいた。
月が出ていた。追跡の能力が学園の気配を読んでいた。柊は寮の自室にいた。窓の明かりが点いていた。
今月中。
予想はしていた。でも実際に期限が出ると、少し重さが変わった。
柊を使う、という話が頭の中に残った。使われる前に、何かできることがあるか。いや、使われないようにするには柊を遠ざけるしかない。遠ざけることは、今の状況ではほぼ不可能だった。柊は近づいてくる。追い払っても来る。それはもうわかっていた。
ならば、別の方法を考えるしかない。
17は月を見た。
まだ時間はある。今月中、ということは最短でも数日の猶予がある。その間に動く。
何を、とはまだ決まっていなかった。でも動く必要があることだけは確かだった。
翌朝、17は柊に声をかけた。
朝のホームルーム前、教室に二人だけだった。
「話がある」と17は言った。
柊は少し驚いた。17から話しかけてくることは少なかった。
「何?」と柊は言った。
「しばらく、俺に近づくな」
柊は17を見た。
「なんで」
「面倒なことになる」
「それ、いつも言う言葉」
「今回は意味が違う」と17は言った。声が少し低かった。「本当に、近づくな」
柊は少し間を置いた。
「何かあるの」
「ある」
「教えてくれる?」
「今は無理だ」
柊は17を見た。真剣な目だった。いつもの淡々とした目ではなく、何かを伝えようとしている目だった。
「わかった」と柊は言った。
「わかったか」
「わかった。でも」
「でも?」
「完全には無理」と柊は言った。静かな声だった。「あなたが危ないときは、近づく」
17は柊を見た。
「危なくなる前に終わらせる」
「それができなかったら?」
「できなかったことがない」
「じゃあ初めてになるかもしれない」
17は答えなかった。
柊は窓の外を見た。
「私ね」と柊は言った。「Formula:0も何もかも、あなたの全部がわからない。でも」
「でも?」
「あなたが誰かのために動けるってことは知ってる。それだけで十分だと思ってる」
17は何も言わなかった。
チャイムが鳴った。生徒たちが教室に入ってきた。二人の会話はそこで終わった。
柊は自分の席に戻った。
17は窓の外を見た。
柊の言葉が、頭の中に静かに残った。




