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第14話「新たな力に何人たりとも反抗は許されない」

木曜日の放課後、空が急に曇った。

 柊は帰り支度をしながら窓の外を見た。朝は晴れていたのに、いつの間にか雲が厚くなっていた。雨が降りそうだった。昇降口を出て、図書室に向かおうと校舎沿いを歩いた。

 気づいたのは、広場に差し掛かった瞬間だった。

 知らない気配が、複数あった。柊の知覚系能力が鋭く反応した。一つではない。二つ、三つ、四つ、五つ。校舎の周囲に分散している。じっとしていた。待ち構えている気配だった。

 柊は足を止めた。振り返った。

 後ろに人が立っていた。

 いつの間にかいた。フードを被った人物だった。顔が見えなかった。声に聞き覚えがあった。あの廃ビル。細身の人物。Formula:0で消えたはずの人間だった。

「生きてたの」と柊は言った。

「消えただけだ。死んではいない」と細身の人物は言った。「今回は違う。17に直接用がある。お前はただ、ここにいてもらうだけでいい」

 柊の周囲に気配が集まってきた。四方から。ゆっくりと、逃げ道を塞ぐように。気配の数を数えた。七つ。全員が訓練された動き方だった。

 柊は動けなかった。


 17が察知したのは、柊が昇降口を出た三十秒後だった。

 寮に向かって歩いていた。追跡の能力が、柊の位置を捉えたまま止まった。そして周囲に複数の気配が集まっていくのがわかった。数を読んだ。七つ、プラス一。

 17は踵を返した。走らなかった。歩いた。でもその歩き方は普通の歩き方ではなかった。一歩ごとに地面を蹴る力が違った。校舎の角を曲がった瞬間、視認できる速度を超えていた。


 広場に出た。

 柊が中央に立っていた。周囲を七人に囲まれていた。細身の人物が正面にいた。

「来た」と細身の人物は言った。

「柊から離れろ」と17は言った。

「離れてほしければ話せ。十三年前のことを、お前は知っているはずだ」

「話すことはない」

 七人が動いた。同時だった。四方八方から、一斉に間合いを詰めてきた。

 17は動いた。

 正面の一人に向かって踏み込んだ。相手が拳を繰り出す直前、軌道の内側に入った。外から殴るより、内側から崩す方が速い。肘で相手の腕を外に流して、同じ動作の延長で喉元に掌底を当てた。音もなく倒れた。右側から来た一人が蹴りを放った。17は上半身だけを後ろに傾けて避けながら、相手の軸足を払った。体勢を崩した相手の首筋に手刀を当てた。左から来た一人が能力を使った。強化系、全身出力が上がる。速度が跳ね上がった。17の目がその動きを読んだ。足の腱が動く順番、重心の移動、次の一歩が来る位置。全部見えた。一歩だけ横に動いた。相手の拳が空を切った。その腕を引いて、勢いごと地面に叩きつけた。残り四人が止まった。三人が十秒以内に沈んだのを見て、動きが変わった。今度は連携した。一人が正面から囮になって、残り三人が側面と背後から同時に詰めてくる形だった。囮の動きが速かった。正面に意識を引きつけながら、側面の二人がタイミングを合わせてきた。悪くない動き方だった。でも17の目には、三人全員の動きが同時に見えていた。どこに足が来るか、どの角度から力が来るか、全部読めた。正面の囮を半歩右に動いて躱しながら、側面の一人の腕を掴んで左に投げた。投げた体が右側の一人に当たった。二人まとめて崩れた。背後の最後の一人が飛びかかってきた。17は振り返らなかった。一歩前に踏み込んで距離を消した。密着した状態では背後からの攻撃は力が乗らない。背後の腕が届く前に、肘を後ろに突いた。それだけだった。

 七人が地面に伏した。

 17は息を乱していなかった。


 細身の人物が柊の前に立った。

「七人を一分以内に」と細身の人物は言った。「前回と変わらない」

「退け」と17は言った。

「まだ話が終わっていない」細身の人物が右手を柊の方に向けた。空気が変わった。柊の体が動かなくなった。拘束だった。呼吸はできる。でも指一本動かせなかった。

「やめろ」と17は言った。

「話す気になったか」

 圧力が上がった。柊の顔が歪んだ。肺が押された。膝が折れそうになった。

 17の目が変わった。

 温度が下がった。怒りでも焦りでもなく、何か別のものが動いた目だった。細身の人物がそれに気づいた。

「その目は」と細身の人物は言った。声が少し変わった。「前回も見た。あのとき、お前は何を使った」

 17は答えなかった。

「Formula、と聞こえた。ゼロ、と」細身の人物は17を見た。「あれが限界か。あれだけがお前の手札か」

「さあ」と17は言った。

「なら、もう一度試してみろ。今度はこちらも」

 17は一歩踏み出した。

「Formula:1」

--- 

 細身の人物の動きが、止まった。

 一瞬だった。ほんの一瞬、体が固まった。何が起きたのかわからない顔だった。Formula:0とは違う。消えない。壊れない。ただ何かが、起きた。それだけだった。それが何なのか、細身の人物には判断できなかった。

 0だけではない。

 その事実が、細身の人物の動きを止めた。一秒にも満たない硬直だった。

 17はその一秒を使った。

 踏み込んだ。地面を蹴る音だけがした。細身の人物が反応しようとした。遅かった。17の右手が相手の胸倉を掴んだ。そのまま引き寄せながら足を払った。体重が完全に浮いた瞬間、地面に叩きつけた。背中から落ちた。衝撃で息が詰まった。細身の人物が起き上がろうとした。17は膝を相手の胸に当てて、体重をかけた。動けなくなった。

「終わりだ」と17は言った。

 細身の人物は天井を見ていた。息が上がっていた。それでも目は静かだった。

「1がある」と細身の人物は言った。「他にもあるのか」

 17は答えなかった。

「さあ、か」細身の人物は少し笑った。苦しそうな笑い方だった。「お前は昔からそうだった。聞かれたことに答えない」

「昔から、か」と17は言った。

「知っているだろう」

 17は少し間を置いた。

「引き上げろ」と17は言った。「次は止めない」

 細身の人物は17を見た。一秒。二秒。

「わかった」

 17が膝を外した。細身の人物がゆっくりと立ち上がった。倒れている七人を見た。

「一つだけ言う」と細身の人物は言った。「俺たちも十三年前に何かを失った。それだけは覚えておいてくれ」

 17は答えなかった。

 煙のような気配が立ち込めて、八人全員の姿が消えた。

 広場に17と柊だけが残った。


 柊はその場にしゃがみ込んだ。膝の震えが止まらなかった。深呼吸した。一回、二回。少しずつ落ち着いてきた。

 17が横に立っていた。

「怪我は」

「ない」と柊は言った。「ちょっと息が苦しかっただけ」

「そうか」

 柊は17を見上げた。

「さっきのFormula:1って」

「今は無理だ」と17は言った。

 柊は少し間を置いた。

「わかった」

 立ち上がった。膝がまだ少し震えていた。17が腕を掴んだ。いつもの掴み方だった。


 校舎の陰から、桐島と水無瀬が広場を見ていた。二人とも動かなかった。

「聞こえたか」と桐島は言った。

「Formula:1」と水無瀬は言った。「0だけじゃない」

「報告するか」

 水無瀬は広場を見た。17が柊の隣に立っていた。

「待ちたい」と水無瀬は言った。「上が動くタイミングを、もう少しだけ遅らせたい」

「俺も同じだ」と桐島は言った。

 空が暗くなり始めていた。

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