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第13話「監視者たち」

 月曜日の朝、白瀬は早く登校した。

 目的があった。

 誰もいない教室に入って、自分の席に座った。携帯を開いた。週末に届いていたメッセージをもう一度読んだ。

 「白瀬。先週の報告内容について確認したい。火曜日の件、現場に介入した能力者について心当たりはないか」

 白瀬は画面を見たまま、少し考えた。

 心当たりはある。でも確証がない。確証のないことを報告すれば、上が動く。上が動けば学園への介入が強くなる。それは白瀬が望む展開ではなかった。

 返信を打った。

 「心当たりなし。引き続き調査する」

 送信した。携帯をしまった。

 嘘をついた。初めてではなかった。でも今回は少し、重さが違った。


 一時間目が始まる前、朝霧が教室に入ってきた。

 白瀬と目が合った。二人は何も言わなかった。でも白瀬には朝霧が何を考えているかわかった。同じことを考えているからだ。

 火曜日の件。介入した能力者。あの規模。

 二人とも、答えを持っていた。でも互いに口にしなかった。

 17が教室に入ってきた。いつもの席に座った。窓の外を見た。

 白瀬は17を見た。朝霧も見た。

 17は二人の視線に気づいていたが、何も言わなかった。


 二時間目の休憩、白瀬は朝霧を呼び止めた。

 廊下の端だった。

「話がある」と白瀬は言った。

「聞く」

「上から確認が来た。火曜日の件」

「私にも来た」と朝霧は言った。

「何て返した?」

「心当たりなし」

 白瀬は少し笑った。

「同じだ」

 二人は少し沈黙した。廊下を生徒が通り過ぎた。声が遠ざかってから、白瀬が続けた。

「このまま隠し続けるのか」

「今は」と朝霧は言った。

「理由は」

「動かせない」朝霧は白瀬を見た。「あの規模を報告すれば、上は実力行使に出る。それは」

「まずい」と白瀬は続けた。

「そうだ」

 白瀬は壁に背を預けた。

「俺たち、いつの間にか任務と逆のことしてるな」

「気づいていた」

「割り切れてる?」

 朝霧は少し間を置いた。

「割り切るという感覚がわからない」

 白瀬は朝霧を見た。

「正直だな」

「嘘をつく理由がない」

「上には嘘をついてるけど」

「それは嘘ではなく、保留だ」

 白瀬は少し笑った。今度は作り物ではない笑い方だった。

「朝霧さんって、たまに面白いこと言うよね」

 朝霧は何も言わなかった。でも否定もしなかった。


 昼休み、17は図書室にいた。

 先週と同じ窓際の席に座って、例の薄い本を開いていた。存在しない街の地図だった。

 柊が向かいに座った。

「また来た」と17は言った。

「駄目?」

「別に」

 柊はパンを出した。今日は一つだった。17を見た。

「買いすぎてない」と柊は言った。

「そうか」

「うん。今日はちゃんと一つだけ買った」

 17は本を閉じた。

「それはそれで何か言いたそうだな」

「言いたいことはない」と柊は言った。笑っていた。

 しばらく柊がパンを食べた。17は窓の外を見ていた。

「白瀬くんと朝霧さん、最近様子が変わった気がする」と柊は言った。

「どう変わった」

「なんか、こっち側になってきた感じ」

 17は少し間を置いた。

「こっち側」

「うまく言えないけど」と柊は続けた。「最初は明らかに外から来た人たちって感じだったのに、最近は同じ場所に立ってる気がする」

 17は窓の外を見たまま言った。

「気のせいではないかもしれない」

「やっぱり何か知ってるんだ」

「少しだけ」

「教えてくれる?」

「今は無理だ」

 柊は息を吐いた。

「その言葉、本当によく聞く」

「そうか」

「お父さんにも言われたし、朝霧さんにも言われたし、17にも言われる」

「三人に言われたか」と17は言った。

「うん」

「ということは」と17は続けた。「三人とも、いつかは話すつもりがあるということだ」

 柊は17を見た。

「そういう解釈か」

「他にあるか」

 柊は少し考えた。それから笑った。

「確かに」


 午後の授業が終わった後、白瀬は単独で動いた。

 管理局が学園に配置した監視員、正門の男に接触した。人目のない場所で、短く話した。

「先週の件について、上から確認が来たと思うが」と白瀬は言った。

「来た」と男は言った。無表情だった。

「あなたは何と報告した」

「S相当以上の能力者が介入した、と。それだけだ。詳細は不明」

「詳細が不明な理由は」

「見えなかったから」男は白瀬を見た。「本当に見えなかった。あの規模で、痕跡がほぼない。そんな能力者がいるとは思わなかった」

 白瀬は少し考えた。

「上はどう動くと思う」

「もう一段階、介入を強める」男は声を落とした。「今週中に、学園内に別の人間が入る可能性がある」

 白瀬の表情が少し変わった。

「何人」

「一人か二人。今度は生徒ではなく、教師として」

 白瀬は頷いた。

「教えてくれてありがとう」

「俺は任務でここにいる」と男は言った。「でも子供を巻き込むのは好きじゃない」

 白瀬は男を見た。意外だった。

「そうですか」

「そういう人間もいる」と男は言った。「上の全員が同じわけじゃない」

 白瀬は少し間を置いた。

「わかりました」


 夕方、白瀬は朝霧に報告した。

 今度は屋上だった。許可証を使って入った。夕日が学園を染めていた。

「教師として入る」と朝霧は繰り返した。

「今週中に一人か二人」

 朝霧は少し考えた。

「17に伝えるか」

「伝えた方がいい」と白瀬は言った。

「どうやって」

「普通に話せばいい」白瀬は空を見た。「もう隠す必要もない気がしてる」

 朝霧は白瀬を見た。

「任務は」

「わからなくなってきた」と白瀬は言った。正直な声だった。「最初は単純だと思ってた。調べて報告する。それだけだと思ってた」

「複雑になった」

「なった」白瀬は朝霧を見た。「朝霧さんは?」

 朝霧はしばらく黙った。夕日が顔に当たっていた。

「私は最初から、単純だとは思っていなかった」

「なんで」

「あの訓練場の痕跡を読んだとき」と朝霧は言った。「これは単純な任務では終わらないとわかった」

「それでも来た」

「任務だから」朝霧は少し間を置いた。「でも今は、任務だからという理由だけではない」

 白瀬は少し笑った。

「それ、朝霧さんなりの大きな変化だよね」

「そうかもしれない」


 その夜、17は白瀬に呼び止められた。

 寮の廊下だった。夜の九時過ぎ。他の生徒の気配が遠かった。

「話がある」と白瀬は言った。

 17は立ち止まった。

「聞く」

「今週中に、教師として管理局の人間が入ってくる。一人か二人」

 17は白瀬を見た。白瀬は視線を外さなかった。

「なぜ俺に言う」と17は言った。

「言った方がいいと思ったから」

「任務に反する」

「反してる」と白瀬は言った。あっさりと。「わかってる」

 17はしばらく白瀬を見た。

「何が目的だ」

「目的はない」白瀬は少し笑った。「ただ、フェアにしたかった。俺たちがずっとお前の情報を探っていたから、せめてこれくらいは」

 17は答えなかった。

「信じなくていい」と白瀬は続けた。「でも嘘じゃない」

 廊下に沈黙が落ちた。

 やがて17は言った。

「わかった」

「それだけ?」

「それだけだ」

 白瀬は少し笑って、自分の部屋に向かった。

 廊下に17だけが残った。

 教師として入る人間。今週中。

 17は天井を見た。

 均衡が、また少し動いた。

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