第1話「席番17番」
入学式の朝、17番の席だけに名前がなかった。
他の生徒の席札には名前が印刷されている。けれど17番だけは、ただ数字が書いてあった。
「17」
それだけだった。
能力者育成校、聖凰学園。
国内に三校しか存在しない国家直轄の学園で、入学できるのは適性スコアB以上と判定された者だけだ。毎年の入学者は全国で二百人に満たない。それだけの場所に、名前のない生徒が紛れ込んでいた。
担任の神崎は、式が始まる直前まで教務部に問い合わせをしていた。
「データが存在しない、って……そんなことあるか」
返ってきた答えは「上からの指示で受け入れが決まった生徒です、詳細は不明です」だった。上から、という言葉の重さに神崎は何も言えなくなった。
その生徒は一番後ろの窓際に座っていた。
制服は正しく着ていた。姿勢も悪くない。ただ、何かが違った。教室に馴染んでいないのではなく、馴染もうとする気配がまるでない。ざわめく入学式の空気の中で、その席だけが静かだった。
隣の席の少女、二宮柊が横目でちらりと見た。
「ねえ、名前は?」
返事がなかった。聞こえなかったのかと思い、もう一度。
「名前、なんていうの」
「17でいい」
低い声だった。抑揚がなく、拒絶でもなく、ただ事実を述べるような言い方だった。
柊は少し黙ってから、前を向いた。変な人、とは思わなかった。なぜかはわからなかった。
午後、適性スコアの実測が行われた。
体育館に全員が集められ、一人ずつ測定装置の前に立つ。装置が数値を弾き出すと、大型モニターに表示される仕組みだ。スコアが高いほど歓声が上がり、低いほど静かになる。それが毎年の風景だった。
17番の順番が来た。
生徒たちの視線が集まった。名前のない転入生への好奇心と、少しの嘲りが混ざっていた。
17は無言で装置の前に立った。
数秒の沈黙。
モニターに文字が出た。
「ERROR ― 計測不能」
誰も笑わなかった。
笑えなかった、というほうが正確かもしれない。計測不能は前代未聞だった。装置が壊れたのかとざわめきが起きた。教師が慌てて確認に走った。装置に異常はなかった。
17はモニターを一瞬だけ見て、それから視線を外した。興味がなさそうだった。
その様子を、柊はじっと見ていた。
驚いていない。結果を知っていたような顔をしている。
――いや、違う。
結果がどうであっても、関係ないと思っている顔だ。
放課後、校舎裏に回ると声が聞こえた。
「計測不能ってことはスコアゼロだろ。なんでこの学園にいるんだよ」
三人の上級生が一人の一年生を壁際に追い詰めていた。絡まれているのは小柄な男子生徒で、顔が青くなっていた。
17はその横を通り過ぎようとした。
上級生の一人が気づいて振り返った。
「あ、お前が計測不能の奴か。ちょうどいい、まとめてやってやる」
17は立ち止まった。
上級生が踏み込んだ、その瞬間だった。
音がしなかった。
気づいたときには、三人全員が地面に伏していた。何が起きたのか誰にも見えていなかった。壁際の一年生も、遠くで様子を見ていた柊も、目を瞬かせるしかなかった。
17は三人を一瞥し、それから小柄な一年生に向き直った。
「怪我は」
「……な、ない、です」
「そうか」
それだけ言って、歩き去った。
夕暮れの廊下で、柊は遠ざかる背中を見送った。
足音がない。影が薄い。名前もない。
なのになぜか、目が離せなかった。




