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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

助けた美形(おネエ)に「付き合って、王子様」と告白された件について~ちなみに私、女なんですけど~

作者: 鯛パニック

恋ってハリケーンらしいですね

最後の悪あがきのように、太陽が地平線に燃えるような赤を滲ませていた。コンクリートの校舎を茜色に染め上げる光も、もはや力なく、急速にその勢いを失っていく。夏が置き忘れていった熱気はすでに鳴りを潜め、体育館裏を吹き抜ける風は乾いた土の匂いを運んでいた。グラウンドの砂埃、そして忘れられたように隅に置かれた錆びたゴールの、どこか寂しい鉄の匂い。

そんな季節の変わり目に取り残されたような空間で──汚泥のような声が鼓膜を打った直後、麗の視界が激しく揺れ、真っ白に明滅した。


ぐらりと揺れた視界はノイズの走るテレビ画面のように激しく明滅し、白と黒の火花を散らす。キィン、と鋭い耳鳴りが頭蓋の内側で甲高く反響し、自分がどこに立っているのか、今がいつなのかさえも曖昧になる。一拍遅れて、焼けた鉄杭を押し当てられたかのような鈍い衝撃が頬を穿った。じく、じくと脈打つ熱が皮膚の下で醜く膨れ上がっていく。

口の中にじわりと広がった鉄の味に、舌が痺れた。


白山 麗

すらりとした長い手足に華やかな容姿。そして何より、物怖じせず、誰に対しても毅然と振る舞う「おネエ」という強烈なキャラクター。高等部一年の中でも一際異彩を放つ存在は、それを快く思わない一部の歪んだ人間にとって、格好の的だった。


「ふざけんじゃんじゃないわよ!!」


いつもなら、そう吐き捨てられたはずだ。磨き上げたネイルが煌めく指先で、その下劣な頬を躊躇いなく切り裂くくらいの気概は確かにあった。


だが、今の麗にその余裕はなかった。背後から不良の屈強な腕で羽交い締めにされれば、ぎしり、と肋骨が軋む音を立て、肺から空気が無理やり絞り出される。身動き一つ許されない屈辱。加えて、すでに数発ねじ込まれた腹の奥が、冷たい塊となって内臓を鷲掴みにしていた。息を吸うたびに、その塊が棘を立てて内側から身体を苛む。痛みと、じわじわと這い上がってくる原始的な恐怖が、麗の喉を締め付けて言葉を奪っていく。


「やっぱ『ソッチ』系ってさ、後ろの穴とか使ったりすんの? どんな感じなのか、俺たちがたっぷり試してやんよ」

下卑た笑い声とともに、カチャリ、とベルトのバックルが外れる無機質な音がやけに大きく鼓膜を打った。


秋風が汗の滲む肌を撫で、ぞわりと粟立つ。

男たちの粘ついた視線が、まるで獲物を嬲る蛇のように、全身を這い回るのが分かった。これまで必死に、丹念に作り上げてきた「白山 麗」という鎧が、自尊心が、音を立てて砕け散っていく。


──ああ、もうダメだ。

圧倒的な暴力と恐怖と抵抗できない無力感に目の前が暗く染まる。ぷつり、と心の糸が切れかけた──その時だった。


「……やめませんか」

声が響いた。


まるで澱んだ水面に一滴だけ落ちた清水のように。

怒声でも悲鳴でもない。ただ静かで、水面を滑る小石のように淡々とした声だった。だからこそ、獣じみた欲望と暴力で濁りきったこの場の空気を、鋭利な刃物のように切り裂いた。


麗を羽交い締めにしていた腕の力が、一瞬緩む。全員の視線が、声の主へと注がれた。


夕暮れの茜色を背負うでもなく、ただコンクリートの壁が生み出す深い影の中。

そこに音もなく立っていたのは、同じクラスの黒鉄伊吹だった。


──黒鉄伊吹

一言で言えば、根暗なオタク女子。

いつも教室の隅でぼんやりとSNSを眺めているか、文庫本を読んでいるか、携帯ゲーム機をいじっている。

クラスの誰とも交わろうとしないぼっち。


それがクラス全員の共通認識であり、スクールカースト上位にいる麗の眼中になど一度たりとも入ったことのない人種だ。

内心見下していたと言ってもいい。


なんでアイツがここに


絶望という名の沼の底で、ようやく差し込んだ一筋の光。その正体が、教室の隅で埃を被っている置物同然だった女だという事実に、麗の思考は完全に絡まり、ショートしていた。


「……違うか。うん、……やめてください」

伊吹が、こてん、と音がしそうなほどゆっくりと首を傾げた。まるで自分に言い聞かせるように、先程の言葉を訂正する。

「やめませんか、じゃなくて。やめてください」


水が染み込むように静かで、けれど岩のように揺るがない声。有無を言わせぬ鋼の芯が通った響きが、乾いた空気を再度震わせた。


「あ? なんだテメェ」


上級生の一人が、地面に粘ついた唾を吐き捨てながら伊吹に歩み寄る。その手が乱暴に伸び、伊吹の制服の胸ぐらを鷲掴みにした。

鍛えているのか、厚い胸板を持つ大柄な男。対するは、平均的な身長の、細い線の女子。20センチはあろうかという身長差は、覆しようのない力の序列を残酷なまでに象徴していた。

常識的に考えれば、抵抗など無意味だ。次に何が起こるかなど、火を見るより明らかだった。


「…忠告はしておきます。もし私に一発でも殴りかかってきたら…その時は、やり返させてもらいますので」


伊吹の淡々とした言葉を、男は鼻で嘲笑った。まるで聞き分けのない子供をあやすかのように肩をすくめ、そして──躊躇なくその拳を振り抜いた。

ヒュッ、と空気を裂く鋭い音。

ごん、と骨と肉がぶつかる鈍い音。


麗は思わず息を呑んだ。目を背けたくなるような光景。あんな暴力の塊をまともに受けて、華奢な女子が無事で済むはずがない。顔が腫れ上がるのは火を見るより明らか。最悪頬骨が砕けるか、意識が飛ぶか。


──だが殴られた伊吹の体は揺らいでいなかった。

伊吹はゆっくりと手の甲で頬を拭う。その表情に痛みや恐怖の色は一片もなく、ただ氷点下の光を宿した瞳で、目の前の男を見据えていた。


「な……」

拳を振り抜いた男の顔から、嘲笑が凍りつくように消える。あるはずの反応がない。手応えだけが、生々しく拳に残っている。その理解不能な現実に、男の瞳が動揺に揺れていた。


「──殴られる覚悟があって、殴ったんですよね?」

──それが反撃の狼煙であった。


麗の瞬き一つの間。伊吹の身体が陽炎のようにブレたかと思うと、次の瞬間には深く沈み込み、その拳が男の鳩尾に突き刺さっていた。


「ごふっ…!」


カエルが潰れたような、空気が漏れ出す音。男の巨体が「く」の字に折れ曲がり、胃の中身を派手にぶちまけながら、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。


仲間が瞬時に沈められたことに狼狽える残りの二人にも、伊吹は容赦しない。


恐怖に引き攣った顔で後退る一人の顎を、流れるような動きの掌底が打ち上げる。ごきり、と嫌な音が響き、脳が激しく揺さぶられた男は白目を剥いてアスファルトに叩きつけられた。

最後の標的に向き直る伊吹。その脇腹に、骨が軋む音を響かせるほどの鋭い蹴りを叩き込む。みっともない悲鳴を上げ、残る一人も地面に倒れ伏した。

ほんの十数秒。それは戦闘というより、一方的な蹂躙だった。


うめき声を上げるだけの肉塊と化した上級生たちを、伊吹は静かに見下ろして告げる。その声には、先程までの静けさとは違う、絶対零度の圧があった。


「やり返すなら、どうぞ──その場合は黒鉄家が総出でお相手します」


──黒鉄

その名を知らない不良は、この辺り一帯にはいない。

古くから続く武術の総本山の家名。喧嘩を売れば骨も残らないと噂される、武の頂点。そして、その黒鉄家の次期当主である伊吹の兄が、界隈の不良たちを束ねる総番長であることも。


彼らの顔から、急速に血の気が引いていくのが分かった。

目の前の女への憎悪と侮蔑は、一瞬にして根源的な恐怖へと変質した。「黒鉄」に手を出した人間の末路──数々の悍ましい噂が、彼らの脳裏を駆け巡っているのだろう。三人は這うようにして立ち上がると、互いを突き飛ばすようにしてもつれる足で、悲鳴に近い叫び声を上げながら逃げ去っていった。


「…虎の威を借る狐は嫌いなんだけどな。しょうがないか」

一瞬だけ顔を歪め小さくそうぼやくと、伊吹は呆然と座り込む麗に向き直った。


「…大丈夫ですか?」

差し伸べられる手──荒れているけれど綺麗な形をした指先。


自分を救ってくれた圧倒的な強さ。


その姿に、麗の心臓が大きく跳ねた。

さっきまでの恐怖も、砕かれた自尊心も、惨めな屈辱も、すべてが急速に色褪せて遠のいていく。世界から音が消えた。風の音も、自分の呼吸さえも聞こえない。ただ目の前の存在だけが、スローモーションのように目に焼き付いて離れなかった。


傾いた太陽を背負い、その表情は影になって見えない。けれど、その姿はどんな宝石よりも、どんな喝采よりも、キラキラと輝いて見えた。









図書館の一番奥、西日の差し込む窓際の席。

埃っぽい古紙とインクの匂いが満ちるこの場所は、黒鉄伊吹にとって学校で唯一の聖域だった。しん、と静まり返った空気の中では、遠くグラウンドから聞こえる歓声さえもが現実味を失う。


ここまで来れば追っては来ないだろう。伊吹は安堵の息を静かに吐き、無意識に強張っていた肩の力を抜いた。



昨日、クラスのカースト上位に君臨する、色んな意味で目立つ存在である白山 麗を助けた──大変不本意な、暴力という最悪の手段で。


──伊吹は、心の底から暴力が嫌いだ。

拳が肉を打つ鈍い感触も、鉄錆のような血の匂いも、争いが放つ獣じみた熱も、何もかもが生理的に受け付けない。武術家特有の、ある種のヤンキー気質を持つ兄や姉のことは家族として嫌いではないが、どうにも肌に合わなかった。


食卓で語られる武勇伝は、彼女にとってただの苦痛でしかない。


そもそも何より「黒鉄」という家名が厄介の種だった。その名前を聞いただけで、己の力を試そうと喧嘩を売ってくる愚か者。薄気味悪い笑みを浮かべて、権力に擦り寄ってくる者。あるいは、得体の知れない腫物のように扱い、遠巻きにする者たち。


そんな生々しい人間の渦巻くリアルな関係に、伊吹は疲弊しきっていた。


だからこその、ネットだった。

強さも、家柄も、性別すらも関係ない。ただ純粋な「好き」だけで繋がれる、ぬるま湯のようなバーチャルな人間関係こそが伊吹の全てだった。そこだけが、彼女が呼吸をできる世界だった。


──とはいえ昨日の光景は流石に見過ごせなかった。一個人の尊厳が、理不尽な暴力によって無残に踏みにじられる様を黙って見過ごせるほど伊吹は冷酷ではなかった。

脳裏に焼き付いて離れない、あの恐怖と絶望に歪んだ麗の顔を見なかったことにはできなかった。


まあ、あの後の処理は面倒の一言に尽きたが、兄の力も少し借りて、面倒な後始末は全て済ませた。もうあの男たちが自分や麗に絡んでくることはないだろう。

これで、終わりだ。


今日からまた、影の薄いオタク女子として、誰にも干渉されない穏やかな日常に戻れる。


──そう、信じて疑っていなかったのだ


「おはよう伊吹チャン!」


翌朝、昇降口の靴箱にローファーを仕舞った、その瞬間までは


鼓膜を突き破って脳に直接響いたような声。

恐る恐る顔を上げると、すぐ真横に、後光が差していると錯覚するほど輝かしい笑顔を浮かべた白山麗がいた。


180センチを超える長身が、わざわざ猫のように背を丸めてこちらを覗き込んでいる──整った顔のパーツが、嫌でも視界に飛び込んでくる距離。壁が迫ってくるような圧迫感は、もはや恐怖でしかなかった。


「お、はよう、ございます」


処理能力を超えた情報量に脳が軋みを上げ、なんとか絞り出した声は掠れていた。

すると麗は、褒められた子犬のように嬉しそうに目を細め、次の瞬間、何の躊躇もなく伊吹の腕を取った。


「ね! 一緒に教室いきましょ!」

「ひぇっ」


喉からカエルが潰れたような声が出たが、麗は気にも留めない。そのままズルズルと、まるで腕にくっつく大きなぬいぐるみか何かのように、腕を組まれれれば全校生徒の視線が驚愕と好奇の色を浮かべて突き刺さる。そんな公開処刑と言ってもいい中、伊吹は麗に教室まで引きずられていった。


──それが地獄の始まりだった。


休み時間のチャイムが鳴るたび、麗は伊吹の席にやってきた。

「その本、なあに?」「趣味は?」「昨日のテレビ見た?」


キラキラした瞳で、人間が生物として保つべき適切なパーソナルスペースを完全に無視した距離感で詰め寄ってくる。そのたびに、クラス中の視線が無数の針となって背中に突き刺さるのが分かった。

なんだ、なんであの陰キャの黒鉄が白山と。

そんな声なき声が、伊吹の精神をゴリゴリとヤスリで削っていく。


──そして昼休み。

「ねぇ伊吹チャン! お昼一緒に食べない?」


満面の笑みで差し出された、色とりどりの可愛らしい弁当箱。それは伊吹にとって、断頭台への招待状にしか見えなかった。


──もう勘弁してくれ。


ただでさえ誰かと対面で食事をするのは、何を話せばいいか分からず苦痛でしかない。それなのに、なぜスクールカーストの頂点に君臨するこの男と、少女漫画のワンシーンみたいな真似事をしなくてはならないのだ。


伊吹はオタク特有の早口で「今日はちょっと急いでるので! 用事があるので! 本当に大丈夫なので!」と一方的にまくし立てると、一方的にそう叫ぶと、売店で買ったゼリー飲料のキャップを捻じ切り、喉に流し込む。

そうして空になった容器をゴミ箱に叩き込むと廊下を疾走し、昼休みの喧騒を置き去りにして、唯一の安息の地へと逃げ込んできたのだった。



はぁ、と魂の底から絞り出したような深いため息が、古書の匂いに溶けていく。

心底勘弁してほしい。私が一体何をしたというのだ。ただ助けただけではないか。

目の前で起こっていた理不尽を見過ごせなかっただけではないか。


感謝の印に、このアタシがカースト上位の仲間に入れてやろう、とでもいうのだろうか?傲慢な施しなど迷惑千万だ。


伊吹は制服のポケットからスマートフォンを取り出し、SNSのアプリを開いた。冷たいガラスの感触が、火照った思考を少しだけ冷やしてくれる。画面の青白い光が灯ると、そこには見慣れたタイムラインが広がっていた。


仲間たちの、どうでもいい呟き。好きなゲームのアップデート情報。新作アニメの考察。


それらがささくれた心を、薄紙を一枚一枚重ねるように優しく癒していく。

顔も知らない、声も知らない。けれど同じ「好き」を共有する優しい世界。


これだ。この決して交わらない安全な距離感こそが至高なのだ。

伊吹の口元に、小さく、そして本物の笑みが浮かんだ──


「あ! いた!!」


──刹那

図書館の静寂という名の薄氷を、ハンマーで叩き割るような声が響いた。

この空間にある全ての色を塗り替えてしまうような、暴力的で、あまりにも場違いな陽の響き。それが壁に反響し、伊吹の鼓膜を蹂躙した。


「ひっ!!」


心臓ごと肩が跳ね上がる。

伊吹は咄嗟に、自分の聖域であるスマートフォンの画面を、宝物を守るように胸に抱えて隠した。

バクバクと暴れる心臓を抑えながら、恐る恐る顔を上げる。声の主は、言うまでもなく。

図書館の入り口に仁王立ちし、太陽の光を背負って満面の笑みを浮かべる、白山麗だった。


──逃げなくては。


生存本能が警鐘を鳴らす。伊吹が椅子を蹴るようにして腰を浮かせた──瞬間、目の前に壁が出現した。

長い脚がぬっと現れ、唯一の退路を完全に塞いでいた。


「ねぇ伊吹チャン。もしよかったら、今日の放課後一緒に帰らない?」


長い指が伸びてきて、伊吹の手首を捕らえた。焼印を押されたかのように熱い。その熱が血管を伝って全身に駆け巡り思考を麻痺させる。


「ひ、い、いや、あの、大丈夫です。一人で帰ります」

完全に逃げ腰になりながらも、伊吹はどうにか言葉を絞り出す。


「そんなこと言わないで。ねぇ、好きなものは? あとLINE教えてくれないかしら」

しかし、麗は全く意に介さない。

ぐいぐいと、物理的にも心理的にも距離を詰めてくる。

なんだ、なんなのだ、この男は。助けられたことへの恩義か? いや、それにしては執拗すぎる。それとも哀れな日陰者に友達を作ってやろうという、傲慢な憐憫か。伊吹の頭の中を仮説と検証が猛スピードで駆け巡る。


「あの! もし助けられたことに恩義を感じているなら、本当に気にしないでください! というかお願いだから放っておいてください! 別に友達を増やしたいとか、そういう欲求もないので!」


堰を切ったように言葉を叩きつけ、掴まれた手を振りほどいて逃走を図る──しかし、その腕は、先程よりもさらに強い力で引き留められた。


「待って!!」

「な、なんですか」

もうほとんど泣きそうだった。ビクビクと怯える伊吹に、麗は息を吸い込み、真剣な顔で

「好きなの!」

図書館の窓ガラスをビリビリと震わせるほどの声だった。棚の本が一瞬カタ、と揺れた──言葉が耳に届くと同時に時が止まった。


目を白黒させる伊吹を、麗はキラキラした、熱に浮かされたような瞳で見つめてくる。


「昨日、殴られて、自分のプライドとか、肉体とか、そういう尊厳をめちゃくちゃにされて…。そんな時に、あなたが助けてくれたの」


その声は、切実なほどに震えていた。

「お願い、付き合って。アタシの、王子様…」

潤んだ瞳が、まっすぐに伊吹を射抜く。

シン、と静まり返った図書館。

遠くで、司書の先生がわざとらしく咳払いをするのが聞こえた。

伊吹は、引き攣った顔で、目の前のあまりに現実離れした光景を数秒間かけて処理し、そして、ただ一つの、あまりにも当然の事実を告げた。


「……私、女なんですけど」

ここまで読んでいただいてありがとうございました

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