絆
ロレンザがかざした手から衝撃波がミラに向かって放たれた。ミラはそれに吹き飛ばされ、エバンスの横まで転がった。ロレンザは続けざまに衝撃波を放ち、次々と自分を包囲していた者達を倒していった。
そして、最後にエバンスが残った。
「さて、エバンス様。あなたは次代の王です。私に協力していただけるのなら、悪いようにはしませんよ」
「そのようなことが聞けるわけがないだろう」
「それは残念です。1人ずつ止めを刺していけば、考えも変わるでしょうか?」ロレンザはなんとか立っているバーンズに手を向けた。「どうしますか?」
「エバンス様! 私にはかまわずに!」
「これは忠義というものですか。実に感動的ですが、エバンス王子、あなたが首を縦に振らなければ、どうせ全滅ですよ」
ロレンザはエバンスとバーンズを嘲笑した。エバンスは険しいが冷静な表情を崩さなかった。
「お前達魔族に従ってしまったら、それは滅んだのと同じだ」
「それでは戦いますか。勇者は悪魔に取り込まれ、あなた達の切り札であるカレンも動けないこの状況で」
「まだ終わってなどいない。終わらせるつもりもない」
エバンスは剣を振りかざした。ロレンザはそれを見て大げさにため息をついた。
「聡明と言われても、所詮この程度ですか。それならば、まずはあなたから処分してあげましょう」
ロレンザが手をかざし、エバンスは振りかざした剣を振り下ろした。そこから今までにない大きさの水の刃が放たれたが、それはロレンザの放った衝撃波で散らされた。
「それではさようなら、王子」
エバンスに向かって雷の矢が放たれようとしたが、そこに1枚のカードが滑り込んできて、ロレンザの手元で爆発した。舌打ちと同時に、ロレンザはカードの飛んできた方向を見た。
「カレン、そこで寝ていればいいものを」
まだ立ち上がれず、膝をついたままのカレンがいた。ロレンザがドゥームデーモンのほうに目を移すと、それはちょうど動き出したところだった。
「どうやらあなたの戦いも無駄だったようですね。見てみなさい、すでに悪魔は復活していますよ」
ロレンザの言葉通り、ドゥームデーモンはゆっくりと立ち上がっていった。それを確認したロレンザは満面の笑みを浮かべてエバンスに手を向けた。
「そろそろ退場していただきましょうか」
手から再び雷の矢が放たれようとしたが、いきなりロレンザを魔法の盾が円状に覆った。だが、ロレンザの雷の矢は止まらなかった。
「プロテンション! 反転!」
その声と共に雷の矢は魔法の盾に衝突し、その内部で消滅した。ロレンザは驚愕の表情を浮かべ、声のしたほうを見た。そこにはロレンザに向かって手をかざしている、ドゥームデーモンであるはずのものがいるだけだった。
「まさか、そんなバカな」
ロレンザの絶句を合図とするかのように、ゆっくりとそれは立ち上がった。そして、その顔を上げた。
「タマキ様!」
カレンはそう叫んだ。環はそっちに顔を向けて笑顔でうなずいてから、ロレンザに顔を向けた。ロレンザは見るからに混乱していた。
「お前は悪魔にその体を奪われたはずだ! なぜ、なぜ元に戻れた!」
環はその問いに自分のあごをなでて、しばらく考えるような仕草をした。
「どうしてかは俺にもあんまりよくわからないな。まあ、カレンのおかげだっていうのだけは間違いないと思うんだけどさ」
「しかし、悪魔はどうした! その体から追い出すなど不可能なはずだ!」
「いや、追い出してなんかいないぜ」
そう言った環は左手の人差し指にはめている指輪をロレンザに向けた。それは普通の指輪だったはずが、今は黒い闇をまっとたものになっていた。そこから声が響いた。
「そうだ、我はまだこの体の中にいる。だがまあ、なんというかな、この男と契約を結ぶことにした」
「契約だと? 私との契約があるだろう!」
「さっきそこの女と戦ってるときにな、創造の力を打ち込まれた。どうもそれがこの男の魂に反応して我の力を封じ込めたらしい。それで、さっきまでこの男と話していたのだが、これがなかなか面白かった」
「面白かっただと? 馬鹿な!」
「馬鹿だろう。だが、お前などよりこの男のほうが面白そうだからな、こいつと契約することに決めたのだ。我はこやつと一緒に、我が世界とは全く違うこの世界をじっくりと見させてもらう。戦いしか求めない貴様らよりもよほど条件がよいのだ」
「ま、そういうことだよ」環は手を戻した。「わかっただろ、あんたのたくらみは失敗したんだ」
そう言った環はロレンザを無視して、カレンに近づいていって右手を差し出した。
「大丈夫か、カレン」
「はい、タマキ様こそ大丈夫ですか」
「体中痛いけど、なんとか平気だよ」
環はカレンに右の肩を貸して立ち上がらせた。その光景を見ながら、ロレンザは冷静さを取り戻していった。
「そうですか、今回は失敗ですか。まあいいでしょう、今回はカレン、あなたの魂で我慢しましょう」
ロレンザはそう言って笑った。そこにエバンスの水の刃が飛んできたが、それは片手で弾いた。
「エバンス、俺達なら大丈夫だ。みんなをそこに集めて、見ていてくれよ」
環がそう言うと、エバンスは黙ってうなずいて、ロレンザの攻撃を受けた仲間達を助けに行った。
「余裕ですね、勇者タマキ。あなたの体はカレンとの戦いでかなり消耗しているはずです。すぐに消してあげますよ」
その言葉に環はにやりと笑って、左手の指輪を顔の高さまで上げた。
「おい、早速お前の力を貸してもらうぞ」
「好きに使え」
環の体から闇が溢れた。それは禍々しい力だった。ロレンザは再び驚愕した。
「まさか、その力、悪魔の力を使えるとでも言うのか」
「当たり前じゃないか。それ以上のこともこれから見せてやるよ」
「ありえない! そんなものは私は認めないぞ!」
「そんなこと言ったって、できるものはしょうがないじゃないか」
環はにやりと笑ってカレンの顔を見た。
「カレン、決めるぞ!」
「はい、わかりました!」
カレンはそう言って瞳と髪を白銀に変えた。そして、環とカレンは肩を組んだまま手を広げた。環の手は闇をまとい、カレンの手は光をまとった。
「破滅の力」
環は闇をまとった左手を前に差し出した。
「創造の力」
カレンは光をまとった右手を前に差し出した。
「それをつなぐ、絆の力」
2人が声を合わせると、その差し出した手の間に闇と光の道が出来た。そして2人は手の平を向かい合わせて、ゆっくりとそれを近づけていった。
「今こそ1つに」
2人の手がやわらかく握りあった。闇と光が一体になり、そのどちらとも言えないものがその場を満たしていった。
「こんなものが! なんだというんだ!」
ロレンザは両手に魔力を集中して、何かの魔法を放とうとした。だが、環とカレンはそれを見ようともしなかった。
「全てを生み出し混沌よ」
「今こそ、その力を示せ」
環とカレンの姿が闇と光が一体になったものに包まれていった。そして、それは2人の握られた手に集中していった。
「死ねええええええええええ!」
ロレンザの手から闇が光線のように放たれた。それは環とカレンを飲み込もうと凄まじい勢いで2人に迫ったが、その握られた手にぶつかると完全に止められた。
「これで」
「終わりです」
環とカレンの静かな言葉と共に、2人の手から闇と光が一体となったものが放たれた。それは闇の光線を飲み込み、さらにロレンザをも飲み込んでいった。