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もう1人の勇者

 スケルトンの襲撃から数日、王国は上から下まで大騒ぎだった。スケルトンの軍団を1人で壊滅させた勇者タマキの存在がその原因だった。そして問題を複雑にしているのは環が連れてきた魔女の存在だった。


 そんな中、エバンス、ロレンザ、バーンズの3人はエバンスの私室に集まっていた。


「タマキ様の力は我々の想像以上のものだったようですね」


 まずロレンザが口を開いた。バーンズはそれにうなずいた。


「確かに想像以上でしたね。カレン殿は予想していたようですが」

「バーンズ、お前の目からはどう見えた?」

「魔法の威力は凄まじいものでしたし、その動きも常人離れしていました。キングスケルトンを一撃で殴り倒してしまうほどです。ほとんど雑魚を相手にしているように見えました」

「話を聞けば聞くほどすごいな、タマキは。それだけの力があれば魔女を倒してしまうのは簡単だっただろうがな。なぜ生け捕りにしたのだ?」

「カレンが聞いた話では、勘だと言っていたそうです」

「勘か、いい勘だ。だが、そのおかげで知られたくないことを知られることになってしまったな」

「エバンス様、それに関して王様はなんとおっしゃっているのですか?」


 ロレンザの質問にエバンスは難しい顔をした。


「父上はまだ態度をはっきりさせていないが、魔女を始末してしまえという意見もあるらしい」

「そのようなことをすれば余計な疑念をまねくだけではないでしょうか? タマキ様は何かを感じたからこそ、魔女を倒さずに捕らえてきたのでしょう。いっそのこと、全てをお話するべきなのでは?」

「私もロレンザ殿に同感です。あれだけの力を持つ勇者様に下手な小細工を弄すべきではないかと」

「そうだな、タマキはいい男に思えるし、余計なことで距離を作ることはしたくないものだ。魔女の正体を明かしてもいいかもしれないな」


 3人は黙って考え込んだ。そこでドアがノックされた。


「エバンス様、カレンです」

「カレンか、入れ」

「失礼いたします」


 カレンは頭を下げて部屋に入ってきた。


「タマキの様子はどうだ?」

「今は自室でお休みになっています」

「そうか。カレンよ、タマキのことに関してお前の意見を聞かせてもらいたいのだが」

「はい」

「タマキは魔女の正体に関して何か言っていたか?」

「いえ。タマキ様はただ魔女が無事かどうかということだけを気にされています。今回はほかに気にする必要がある人間はいませんので」

「そういえば、タマキはこの町を守れるかと、出撃前にそう聞いていたな。彼が戦うのは、ただ守るためか」

「戦うのを楽しんでいたのなら、魔女を生かしておくことなどしなかったはずです」

「どんなに大きな力を持っていても、それに溺れず、自分の信念を貫く人間なのだろうな。私も、誠意を持って接するしかあるまい。カレン、今からタマキに会いに行くぞ」

「はい、エバンス様」


 4人は部屋から出て行った。



 環はベッドに寝転がって上を見ていた。あの朝、家を出たと思ったら、変な世界に足を踏み入れて、魔法やら骸骨の化物やら、あっという間に色々なことが襲いかかって来た。


 それでも誰も傷つけずに済んだ。化物はずいぶん倒したが、あれは生物とは言えないのは戦ってみてよくわかった。そしてあの魔女とかいう人は何だったのか。何かに操られているように見えた。まだ意識は戻っていないらしい。


 環は自分の右手を顔の前にもってきて、それをじっと見つめた。これからこの手で何をすることになるのかと、思わずためいきが出た。魔力のせいか体は疲れていないが、なにか心に隙間が生まれているような妙な感覚があった。


「タマキ様、カレンです。起きていらっしゃいますか?」


 環の思考はカレンの声で遮られた。


「ああ、起きてるよ。鍵はかけてない」


 カレンがドアを開けてエバンスを室内に導いた。環は体を起こした。エバンスはソファーに腰をおろした。


「タマキ、休んでいるところをすまないな」

「いや、別にいいよ。それで、何の用かな?」

「ちょっと話がしたいと思ったのだが。かまわないか?」

「ああ、別にいいよ」

「圧倒的な戦いぶりだったが、タマキは元の世界では何をしていたのだ?」

「別にただの学生で、勉強してただけだよ。喧嘩ならともかく、あんな化物は相手にしたことはなかったね」

「勉学をしていたのか。しかし、戦いが怖いとは思わなかったのか?」

「怖い? そういえば全然思わなかったな。なんでだろう?」

「タマキがそれだけ胆力があったということだろう」


 エバンスはそう言って笑ったが、カレンは少し顔をしかめた。環はそれに気がついた。


「カレン、俺何かまずいことを言ったかな」

「いえ、なにも」

「それよりタマキ、なぜあの魔女を捕らえてきたのだ?」

「なんとなくだよ。人間みたいだし、何か様子がおかしかったからね。事情がありそうじゃないか」

「事情か」エバンスは腕を組んで少し考え込むような表情になったが、すぐに意を決したような表情に変わった。「事情は大いにあるのだ。しかもタマキ、君に関係がある」

「本来は君にこれを話すかは、今父上達が討議しているところだ。だが、我々のために戦ってくれた君には知る権利がある」

「知る権利っていうのは、何を?」

「魔女の正体だ」

「それを何で?」

「魔女というのは元々、タマキと同じ世界から我々が召喚した勇者なのだ」

「それはつまり、いや、なんでこんなことになってるんだよ」


 環は少々取り乱していた。エバンスはそれにかまうことなく話を続けた。


「彼女はミヤザキヨウコと名乗っていた。君ほどではないが優れた力を持っていて、我々に協力してくれたのだが、闇王に敗れて捕らえられてしまったのだ」

「それで魔女になって敵として現われたっていうわけなのか」

「そうだ。だが君が取り戻した」

「なるほど。何かあるとは思ったけど、そういうことだったのか。でもなんでそれを隠してたんだ?」

「以前に勇者がいて、しかもその勇者が敗れていたなど、言えるものではない」

「それはまあ、言いたくないだろうけどさ。それはちょっとな、気分が悪いよ。ひょっとして同郷の人間を殺すところだったんだぞ。カレンも知ってたんなら言ってくれよ」

「もうしわけありませんでした」


 カレンは素直に謝罪の言葉を口にして頭を下げた。エバンスはそれを見て自分も頭を下げた。


「カレンを責めないでほしい。これは我々の総意だったのだ」

「わかったよ。それで魔女、じゃなくてミヤザキさんはどうなるの?」

「まだわからない。しかし、こうしてタマキに真実を知らせた以上、処刑などということはないはずだ」

「処刑って、そんなことやったら暴れるよ、俺は」

「タマキ様が暴れたらこの国は滅んでしまいますので、どうか自重してください」

「ああ、そうならないと約束する。私が皆を説得しよう。なに、タマキが暴れると言えば納得しない者はいまい」


 エバンスはさわやかに笑い立ち上がった。


「カレン、タマキを頼む。必要なことはなんでも手配してくれ」

「はい、エバンス様」


 カレンの返事にうなずいて、エバンスは部屋を出て行った。環は緊張の糸が切れたのか、ベッドに倒れこんだ。


「ところでタマキ様、今着てらっしゃる服ですが、だいぶ傷んでしまっているようですね」

「ああ、そうかな。あれだけ派手にやったわりには大丈夫みたいだけど」

「預けていただければ、同じものはできませんが、似たものなら作ることはできます」

「できるの?」環はブレザーを脱いだ。「じゃあとりあえず、このブレザーだけよろしく。あと、ミヤザキさんの見舞いに行こうと思うんだけど、案内頼むよ」

「はい、ご案内いたします」


 カレンはブレザーを受け取り、環の手をとった。


「いや、いちいち手をひいてくれなくても」

「そのほうが確実ですから」

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