封印
一行は昼頃に城に到着し、カレンはまず環の部屋に向かった。護衛の兵士に軽く手を上げて下がらせてから部屋に入ると、すぐにベッドに近づいていった。
環は今は意識が無く、出発した時よりも弱っているように見えた。カレンはベッドの脇に膝をついてしゃがむと、環の額に自分の右手を乗せた。
「タマキ様、私が最初に考えていたよりも、事態は複雑で厄介なようです。ですが、必ず解決してみせます。それまで待っていてください」
それだけ言うとカレンはまっすぐ部屋を出て行った。それからハティスと合流し、エバンスの執務室に向かった。護衛の兵士に取次ぎをさせ、2人は室内に入った。中ではエバンスと葉子が2人で書類仕事をこなしているところだった。
2人は手を止めて顔を上げた。室内に入ってきたカレンを見てからハティスに目を移すと、エバンスは表情を変えなかったが、葉子は軽く首をかしげた。
「カレン、そちらの方は?」
「この方が大賢者と呼ばれていたハティス様です」
カレンに紹介されたハティスは頭を深々と下げた。
「王子には初めてお目にかかります」
エバンスは立ち上がり、ハティスの前まで歩くと、右手を差し出した。
「あなたの話は聞いている。タマキのことで力を貸してもらえると、そう考えてもかまわないのだね?」
ハティスは差し出された手を握り返してうなずいた。
「もちろんそのつもりです」
「それならば、すぐに話を聞かせてもらおう」
エバンスは自分の机に戻った。カレンは自分とハティスの椅子を用意して、2人はそれに座った。まずはカレンが口を開いた。
「今回タマキ様が倒れた原因ですが、この城そのものに原因がある可能性があります」
「この城に?」
「はい。これはハティス様の研究からの推測ですが、この城そのものが巨大な結界で、その効果は封印です」
エバンスは黙ってうなずいて先をうながした。
「それはかつての伝説の英雄が施したもので、封印されているのはその英雄です」
「それがなぜ問題になるのだ」
「英雄が自分を封印したのは、自身の力が破滅の方向に傾いてしまうのを止められなかったからです。長い時間で肉体は滅びたはずですが、その破滅の力に満ちた魂はまだ存在しているはずです。そして、その魂は新しい肉体を求めていて、その力が伝説の英雄に匹敵する魔力を持つタマキ様に影響を与えているのだと思われます」
「そうか」
エバンスはそれだけ言うと、うつむいて考えをまとめているようだった。しばらくしてから顔を上げた。
「話はわかった。その伝説の英雄が封印されている場所というのはどこなのだ」
「この城の地下です。おそらく誰にも知られていない場所なのではないでしょうか」
そこでハティスが1枚の紙を取り出してエバンスに手渡した。それには簡略化した城の図が記され、英雄が自らを封印したと思われる場所に印がつけられていた。
「確かに、このような場所は私も知らない。すぐに確認しなければならないな」
エバンスは立ち上がって葉子に顔を向けた。
「私はしばらく席を外す。ヨウコ、悪いがしばらくここを頼む」
「わかりました」
葉子は微笑んで3人を送り出した。
途中でバーンズと合流し、4人は城の地下の最深部まで降りてきていた。ほとんど倉庫としてしか利用されていない地下は空気が淀んでいた。目的の場所には到着したが、もちろんそこには入口のようなものは見当たらなかった。
ハティスは壁に手を当てながら、ゆっくりと探るように辺りを調べていた。そして、一通り調べ終えると、壁のある地点に両手をついた。
「おそらくこのあたりでしょうな」
エバンスはその場所に近づき、片手を壁に当てた。
「こんな場所に英雄が自らを封印していたとはな。今まで、誰一人として気がつくものはいなかったのか」
「結果には人の認識を阻害する効果もあるのではないでしょうか。どうでしょうか、ハティス様」
「カレンの言う通りと考えたほうがいいかもしれませんな。結界の力が弱まっていなければ、こうして存在を感じとることも難しいかったはずでしょう」
ハティスは全員の顔を見まわしながらそう言った。
「とにかく、この壁を破らなければいけませんね。あまり人を使うわけにもいかないでしょうから、私がやりましょう」
バーンズはその場から立ち去り、手に巨大なバトルハンマーを持って戻ってきた。
「倉庫にあった古いものですが、壁を破るには十分でしょう」
そう言ってバーンズは壁をバトルハンマーで崩し始めた。カレンも眼鏡を外してその瞳を金色に輝かせると、自分の拳を使って壁を崩すのに協力し始めた。
そして、壁が崩されると、その先には4人の想像とは違うもの、さらに地下へと続く洞窟があった。
「行きましょう」
カレンは眼鏡をかけてから壁の松明を手に取り、先頭に立って洞窟に足を踏み入れた。洞窟は蛇行しながらも確実に地下に続いていた。
そうして、かなり地下深くまで到達した。徐々に道がなだらかになり、幅も広くなっていて、その先に光が見えてきた。
「これは驚きました。地下にこれだけの空間があったのですね」
その光の向こうに到達したカレンはそう言って、その空間を見回した。その広さは城の訓練所ほどもあり、中央には強い光を発する、人間1人を余裕で中に入れられるようなサイズの球体が浮いていた。後ろの3人もその光景に驚いていた。
「ここが英雄が封印されている場所なのか」
エバンスはそう言いながら光る球体に近づいていった。3人もそれに続いた。
「この球体が封印なのか?」
「おそらくそうでしょうな」
ハティスは球体を見上げてそう言った。
「城を1つ使ってこのサイズの結界です。かなり強力なのはまちがいないのでしょうが、やはり私が推測していたよりも力は弱くなっていますな」
「その通り。さすがかつては大賢者と称せられたハティス様」
突然背後から声が聞こえ、4人は振り返った。そこには薄ら笑いを浮かべたロレンザが立っていた。エバンスが1歩前に出た。
「なぜここに来たのだ。誰も近づけないように指示を出していたはずだが」
「ええ、指示は間違いなく出されていましたよ。ですが、私にとってはそんなものは影響のあるものではありませんね」
そう言ったロレンザは薄ら笑いのまま、どんどん近づいてきた。カレンがそれに向かって走り、行く手を遮るように立ちはだかった。バーンズはエバンスを守るようにその前に立ち、腰の剣に手をかけた。
「どういうことか、わかるように説明していただけますか」
カレンは腰のナイフに手を伸ばし、ロレンザから目を離さないようにした。
「おや、カレン。鋭いあなたのことだから、私の目的くらい、答えなくてもわかるのではないですか?」
「それは買いかぶりというものですよ。私がそれほど鋭ければ、今あなたとこうして対峙することもなかったでしょうから」
「そうして謙遜することもないでしょう。あなたが私のこと心底信頼していたことなどなかったのですからね。そのおかげで多少苦労させましたけど、今の状況はこの通り」
ロレンザが指を鳴らすと、その背後の空中に闇が広がり、そこからミラ、ソラ、ミニックの3人、そして環が地面にゆっくりと下ろされた。4人とも意識が無いようだった。
「この3人は私の邪魔をしてくれましてね。必要はなかったんですが、観客として連れてきたのですよ。何しろ、あなた達の弟子ですからね」
「今すぐ、その3人とタマキ様を解放しなさい」
カレンは静かに、不自然なくらい抑えた声を出した。ロレンザはそれを軽く聞き流した。
「さて、そろそろ始めましょうか。魔王の誕生を」
ロレンザは手を部屋の中心にある球体に向けた。