炎と灰
まず動いたのは炎の塊となったサロアだった。体ごとぶつかってきたが、カレンはそれを素早く跳び越え、背後にまわった。サロアの背中に向かって剣が振るわれると、直接剣が届かない距離にも関わらず、その炎の体の一部が切り裂かれた。
サロアはそれにはかまわず、振り向きざまに口があった部分から炎を噴き出した。カレンはそれを後方に素早く下がってかわすと、上空に飛び上がった。サロアもそれを追って飛び上がったが、上昇するカレンとの距離は縮まらなかった。
サロアは火の玉を数発放ったが、カレンはそれを大きく弧を描くように飛んでかわすと、そのままサロアの後方から突っ込んでいった。サロアは振り返り左手から炎を噴出させたが、カレンはそれを剣の一振りで散らせ、サロアとすれちがいざまに剣を横薙ぎにした。
だが、それはサロアの急降下でかわされた。そのままサロアは勢いよく着地し、空中に静止したカレンと対峙した。
「なるほど、言うだけのことはあるな。今までとはレベルが違う」
「それがわかってるのなら、今すぐ消えて、2度と姿を現さないでもらいたいですね」
「決着つける気満々の奴がよく言う」
サロアは両手を広げ、その手の開いた。それと同時にそこから無数の火の粉が飛び、それは人の頭ほどの火の玉になってサロアの周囲に浮かんだ。
「だが、勝つのは俺のほうだぜ!」
その声を合図に、火の玉は一斉に動き出した。だが、カレンは静止したままだった。そこに火の玉が飛び、次々に爆発していった。だが、その中からカレンは無傷で飛び出し、急降下しながら剣を真上から振り下ろした。サロアはそれを飛び退いて避けたが、その立っていた地面は大きくえぐれた。
一度は飛び退いたサロアだったが、すぐに地面を蹴ってカレンに向かって飛んだ。右腕を斜め上から振り下ろしたが、それはカレンの剣に受け止められた。そのままの体勢で力比べが始まった。
力は均衡し、至近距離での睨みあいが続いた。その間もサロアの炎はカレンの体をじりじりと焼いていったが、それでもカレンは顔色を変えずに、徐々にサロアを押し込んでいった。
それに耐えられなくなったサロアは後ろに下がり、カレンの剣を逸らそうとした。だが、カレンは素早く剣を一度引いて、踏み込んだ。
「ガアァァァァ!」
下から振り上げられた剣がサロアの炎の左腕を切っていた。切り落とされた左腕は落ちた場所で燃え尽きたが、サロアはなんとか上空に逃れた。そして、切り落とされたはずの左腕は徐々に再生していった。もちろん、カレンはそれを待たなかった。
直線的に突進するのではなく、サロアよりも高い位置まで一気に上昇すると、そこからナイフを投げ、急降下した。サロアはナイフはかわしたが、カレンの剣を完全にかわすことはできずに、右肩をその斬撃がかすめた。
カレンはそのままの勢いで着地すると、すぐに再び飛び上がり、今度は下からサロアに迫った。今度はかわそうとせず、サロアは足からカレンに向かって突っ込んでいった。カレンはそれを急旋回して避けた。サロアはそのまま着地し、カレンは少し離れた場所に下りた。
サロアは左腕を完全に再生させ、それをカレンに向けた。
「貴様は!」
大地を揺るがすような声と共に、その左腕がよりいっそう激しく燃え上がった。
「焼き尽くしてやる!」
サロアの2倍以上の大きさの炎の渦がカレンに向かって伸びた。カレンはその場から動かず、剣を振りかぶり、その炎の渦に向かってそれを振り下ろした。炎と剣の衝突で衝撃波が広がった。
カレンは炎の渦を食い止めてはいたが、少しずつ後ろに押され始めた。そこにサロアがさらに力を込めた勢いが伝わり、体勢は崩さなかったが、さらに押された。
しかし、そこでカレンの右目がさらに輝きを増し、左目は闇の深さを増すと、それに反応するように、その手に持つ剣が光と闇を大きくしていった。
「ハアッ!」
気合を入れて剣を振り切ると、炎の渦は散った。だが、カレンの視線の先にはサロアの姿はなかった。すぐに上空を見ると、そこには自分の体の4倍以上はある火の玉を作り出したサロアがいた。
「よけたらこのあたりは火の海だぜ、よけるなよ!」
巨大な火の玉が放たれた。カレンは剣を構えると、少しの迷いもなくそれに飛び込んでいった。カレンは瞬時に火の玉を貫き、勢いにまかせてそのままサロアの胴に剣を突き立て、切り裂きながら交錯した。
サロアは切られた場所を手で押さえながら落ちていった。カレンはそれは追わずに、火の玉の着弾地点に飛ぶと、勢いを失ったそれを剣で弾き返した。火の玉は見事に跳ね返され、上空で凄まじい爆発を起こした。
そこにサロアが飛び込んできたが、カレンは落ち着いてそれを横にかわすと同時に、その足に向かって剣を振った。
「ウゴォガアア!」
サロアの右足は切断され、バランスを崩して勢いよく地面に突っ込んで転がった。カレンはそれを追ったが、サロアは転がりながらも両手から滅茶苦茶に炎を噴射しながら上空に逃れた。カレンは炎をかわして、距離をとった。
「クソが! クソが! このクソがあああああああああ!」
サロアはそう叫ぶと。左足を再生させ、その炎の体の全てをいっそう燃え上がらせた。
「俺が負けるわけはない! 負けるわけはないぃぃぃぃ!」
巨大な炎の塊となったサロアは火の玉を撒き散らしながら、カレンに向かって突進した。カレンはそれを横に跳んで避けたが、そこにも火の玉が飛来した。それを剣で切り払いながらカレンは走った。
だが、すぐにサロアが後ろから追いついてきた。カレンは上空に飛び上がりそれをかわしたが、サロアはすぐにターンして、今度は正面から迫った。カレンはそれに剣を振り下ろしたが、体ごと弾かれて地面に叩きつけられた。
カレンは地面に片手をついて体を起こし、上空のサロアを見据えた。
「止めだあああああああああ!」
そこにサロアが押しつぶそうとでもするように急降下してきた。カレンは後ろに飛び退いてそれをかわそとしたが、サロアは軌道を変えてそれを追い、カレンは炎に飲み込まれそうになった。
しかし、次の瞬間、稲妻がサロアの体を撃ち抜いた。ショックでその勢いが殺され、カレンとの距離が開いた。カレンは飛び退いた位置から地面を蹴り、体ごとぶつかるようにして、剣をその胸元に深々と突き刺した。
「消えろぉぉぉぉぉぉぉ!」
カレンの咆哮に反応して、剣は強く光りだし、サロアの体をさらにえぐった。
「馬鹿なあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
サロアは悲痛な雄叫びを上げながら、なんとかその剣を両手でつかんだ。
「町も、貴様ら人間どもも道連れだああああああ!」
凄まじい勢いで飛び上がった。その向かう先は知の都。カレンはなんとか剣に力を込めてそれを落とそうとしたが、サロアの最後の力はそれを許さなかった。
そして、魔物達と激闘を繰り広げている最前線が見えてきた。そこで気が抜けたのか、一瞬サロアの力がゆるんだ。カレンはそのチャンスを逃さず、力づくで軌道を変えた。サロアは抵抗しようとしたが、すでに手遅れで、そのまま2人は最前線から離れた地面に激突した。
投げ出されたカレンは、なんとか膝をついて顔を上げた。すでに瞳は元に戻り、体にもいくつもの火傷や傷を負っていた。カレンの視線の先のサロアは、炎ではなく、ぼろぼろな状態で普通の体に戻っていた。それでもサロアはゆっくりと立ち上がった。
「なめたこと、しやがって」
そうつぶやきながらカレンに向かって1歩ずつ、ひどくゆっくりと足を進めた。
「今、止めを」
そこまで言ったが、その場に崩れ落ちた。その体は末端から灰になり、風に飛ばされていった。カレンはその光景を見届けてから立ち上がろうとしたが、そうすることはできず、その場に倒れた。