都への襲撃
夜、カレン達はそれぞれの部屋ですごしていた。カレンが窓から外を見ていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「ミラですけど、少しいいですか?」
「どうぞ、開いてますよ」
ミラはどことなく遠慮がちに部屋に入ってきた。カレンは自分はベッドの上に座って、ミラには椅子を勧めた。
「座ってください。何の話ですか」
「はい、では遠慮なく」そう言って椅子に座った。「あの、これからのことなんですけど、やっぱりタマキ師匠のところに戻るんですか?」
「そうですね。あの話が本当だとするなら、そうするしかありません。なにが出来るかは、わかりませんが」
「でも、例の結界っていうのを強化するとか、できるんじゃないですか」
「伝説の英雄が施した結界です。私達がそれに手を出せるのかどうか、そうできたところで、意味のあることができるのかどうか、わかりませんね」
そう言ってカレンは薄く笑った。ミラはどういう顔をすればいいのかわからないようだった。
「私達でなんとかできるんでしょうか」
「なんとかするしかありませんね。今はとにかく、一刻も早くタマキ様の側に戻ることを考えましょう」
カレンは立ち上がり、窓のところに歩いていった。そこから外を見ると、たいまつを持った兵士が走りまわっているのが見えた。
「どうも妙な雰囲気ですね」
そう言ってカレンはドアを開け、外に出た。ミラもその後についていった。カレンは走っている兵士を無理矢理引き止めた。
「一体、何の騒ぎですか?」
「見張りから魔物の姿を見たという報告があったので、確認をしているところです。離れた場所に少数ということなので、心配はありません」
そう言って兵士は立ち去っていった。ミラは安心したような表情を浮かべた。
「大したことじゃないみたいですね」
「そうだといいんですが、気になりますね。前の町の魔族の件もあります」
「武器を確保しておいたほうがいいんでしょうか」
「そうしておいたほうがいいでしょうね、ソラとミニックも呼んで来て下さい。私はエリット様に武器の件の許可を貰ってきます」
「わかりました!」
ミラは駆け出し、カレンは早足でエリットの部屋に向かった。
それから数10分後、4人はそれぞれの武器を手に、カレンの部屋に集まっていた。
「これからどうするんですか?」
ミニックがそう聞くと、残りの2人もカレンに注目した。
「私は外で警備に参加します。あなた達は武器だけは手元に置いておいて、今日は休んでおきなさい」
「でも」
反論しようとしたミニックをミラが止めた。
「これからのことを考えたら休めるうちに休んでおいたほうがいいって」
ミニックは多少不満があるようだったが、納得はした様子で立ち上がった。
「それじゃあ、僕は先に休ませてもらいます」
ミラとソラもミニックに続いて部屋から出て行った。
その後、カレンは見張り塔に立ち、夜の町を見渡していた。今までのところ特に変わった様子はなかった。
しかし、そこに突然上から熱風が吹きつけた。カレンが上を見上げると、そこには1つの人影が浮かんでいた。
「なんの用でしょうか」
カレンはショートソードに手をかけ、上空に浮かぶ人影、サロアを睨みつけた。
「あんたとまた遊ぼうと思ってな。おっと、今じゃなくてちょっと先だ。今度は邪魔が入らないようにお膳立てはしっかりしてある」
「何もしなくても、私は逃げはしませんよ」
「邪魔が入らないようにしたいと言ったんだ。まあ、明日になればわかる」
それだけ言うとサロアは飛び去った。
結局それ以上のことは起こらず、夜が明けた。それは穏やかなものではなく、朝日とともに魔物の影が町に向かって動き出していた。
夜のうちはほとんど姿が見えず、湧いて出たような魔物達に対して、エルゥドゥネス共和国の軍勢は慌しく出陣の準備を進めていた。その中でカレンはエリットのもとに急いでいた。
エリットは自らの部屋の前で、軍の首脳を集めていた。カレンはそれが終わるまで待ち、声をかけた。
「エリット様、どうされるのでしょうか」
エリットは穏やかな表情をカレンに向けた。
「もちろん魔物は迎え撃ちます。城にも町にも近づけさせはしません」
「そのことなのですが、この襲撃を主導しているのは1人の魔族だと思われます。そしてその狙いは、私です」
「それで、あなたはどうするつもりなのですか」
「町を守り、魔族を討ちます」
その言葉にエリットはうなずいた。
「では、司令にあなたのことは伝えておきましょう。よろしく頼みますよ」
「本当にそれでいいのか」
その声にカレンが振り返ると、険しい顔をしたハティスが立っていた。
「今は一刻も早くノーデルシア王国に戻るべきではないのか」
「タマキ様ならばここで戦うでしょう。それに、ここまでやるからには、あの魔族が私を見逃すとも思えません」
カレンはそれだけ言うとエリットに向き直り、一礼をした。
「行ってまいります」
その場を立ち去り、城の入り口まで来ると、それを待ち構えていた3人が行く手を塞いだ。
「今度は私達も戦いますよ」
ミラを先頭に、ソラとミニックも気合の入った表情をしていた。カレンは3人の顔を見まわしてからうなずいた。
「もちろんそうしてもらいますよ、ただし、魔族と戦うのは私だけです」
「なぜです? 私達だって強くなっています」
「大丈夫」カレンは笑顔を見せた。「私にも切り札の1つくらいはあります」
ミラ達はそれに何も言えず、4人は最前線、町の外れに向かった。カレンはすぐに軍を統括する司令官のもとに向かった。
「あなたがカレン殿ですか、エリット様から話は聞いています」
「はい。早速ですが、どのように戦うのでしょうか」
「まだ相手の全容がわかりません。しばらくの間はここで防御を固めて守りに徹します」
「そうですか、では私は敵の様子を探りましょう。町のことはよろしくお願いします」それからカレンは後ろの3人のほうを向いた。「この3人はそれぞれ素晴らしい力を持っています。魔物達と戦う上で必ず大きな力になりますので、軍に加えてもらいたいのですが」
「ノーデルシア王国の戦士たるあなたがそう言うのであれば、間違いはないのでしょう。ありがたく、力を貸していただきます」
3人は軍に加わり、カレンは単独で魔物の中に入りサロアを探すことにした。だが、サロアは見つからず、魔物達の散発的な襲撃を防ぎ攻勢にでることもあったが、魔物を完全に打ち破ることはできず、容赦なく時間は経過していった。
そして、魔物が現われて7日。すでに多くを倒しているにも関わらず、次々に湧いてくる魔物達に、町を守る兵士達にも疲労の色が濃くなってきていた。
「一体、あの魔物達はどれだけいるんでしょうか。これじゃきりがありません」
ソラは焚き火を眺めながら、ため息をついた。
「おそらく、前の町の魔族、サロアがどこかに隠れてこの魔物達を呼びだしているのでしょう。ですが、この7日ずっと探しても、姿はまったく見当たりません」
「どうしてです? カレン師匠のことを狙っているのなら、すぐに姿を現してもいいじゃありませんか」
ミラは不思議そうに言ったが、それにはミニックが首を横に振って答えた。
「たぶん僕達が疲れるのを待っているんですよ。そうすればカレンさんのことを助けようなんて余力はなくなって、1対1で戦えるでしょ」
「それもあるかもしれません」カレンは昼間は魔物が満ちていた場所に顔を向けた。「ただ、もしタマキ様が倒れたことがハティス様のおっしゃった通りの理由ならば、裏で魔族が動いている可能性も十分にありえます」
「じゃあ、真実、かどうかはまだわかりませんけど、それを知っている私達をここに足止めしておくのが目的かもしれないんですか」
「可能性はありますね。まあ一番大きな理由はミニックの言う通りでしょうから、近いうちに決着はつけられます」
カレンは険しい顔で夜空を見上げた。