知の都再び
出発してから9日。急ぎ気味で進んでいたので、一行は予定していたよりも早く知の都に到着した。まずはカレンが1人で城に向かった。
待っている間ハティスは一言もしゃべらず、公園のベンチに腰かけ、一歩も動かなかった。あとの3人は適当に町を見てまわっていた。大した時間はかからず、カレンはすぐに戻ってきた。
「入城の許可が出ました。他の3人はどこに」
「うむ、近くにいるはずだが」
「探してきますので少々おまちください」
カレンは3人をすぐにつかまえ、5人そろって城の前まで来た。門をくぐり、受付で武器を預けると、カレンが先頭に立ち、まっすぐに館長のエリットがいる部屋を目指した。目的の部屋の前に到着し、カレンがドアをノックした。
「どうぞ」
中からエリットの声がして、カレンはドアをゆっくりと開けた。エリットは自分の座る椅子をドアのほうに向け、一行を迎えた。
「ようこそ、みなさん。特にハティス、あなたとはずいぶん久しぶりな気がしますね」
エリットは穏やかな微笑を浮かべた。ハティスはそれを正面から受け止め、若干険しい顔をしていた。
「さあ、椅子は用意しておいたから座ってください」
5人はエリットを囲むように置かれている椅子に腰を下ろした。エリットはそれを見まわし、カレンに視線を止めた。
「タマキ様はどうされたの?」
「今は病、のようなもので動くことができません。私達はそれを治す方法を探しているのです」
「そう。それは大変でしたね。ハティスが一緒なのはそういう事情でしたか」
「そういうことだ。だから、あの部屋への入室を許可してもらいたいのだ」
「もちろんそれはかまいませんが、私から1つ条件があります。あなたに本を書いてもらいます。いえ、もちろんあなたの名前で書かなくてもいいのです。ただ、その知識をしっかりした形として残してもらいたいのですよ」
ハティスは渋い顔をしてうなずいた。
「わかった、本などいくらでも書こう」
その返答にエリットは立ち上がり、1つの古びた本を引き出しの中から取り出した。
「さあ、それではこの城で1番重要な場所にご案内しましょう」
エリットを先頭に、一行は城の地下に降りていった。両脇に警備の兵士が立っている頑丈そうな扉の前まで到着した。
「鍵を」
エリットがそれだけ言うと、警備の兵士はそれぞれ鍵を取り出した。そしてその鍵を扉の鍵穴に差し込んで同時に回した。エリットは扉の中心にある小さな扉を開けると、その中にあるくぼみに持ってきた古びた本を差し込み、それを時計回りに回した。
「さあ、入りましょう」
兵士が重そうに扉を開け、一行がその中に入ると、重い音を立てて扉は閉まった。中は薄暗かったが、エリットが扉の横に行って何かをすると、灯がともり、室内の様子がよく見えるようになった。
「これは、すごい」
ソラが室内の様子に感嘆の声を上げた。通常の閲覧室よりも重厚な本棚がところ狭しと立ち並び、入り口近くの8人程度が使えるテーブル以外は、密林のような感じだった。
「ここにある本はどれも貴重なものばかりです。みなさん、これを」
エリットは薄手の手袋を取り出して全員に配った。
「本は大切に扱ってくださいね」
ミラは用心深く本には近づこうとはせず、椅子に座ってあたりを見回していたが、ソラとミニックはすぐに本棚に近づいていった。カレンはハティスのことを見ていた。ハティスはゆっくり歩き出すと、本棚の間を通って、部屋の奥に進んでいった。
ハティスは探すべきものがどこにあるかわかっているようだったので、カレンはその後は追わずに、椅子に座り、同じように座っているエリットを見た。
「ハティスはここに入ったことがありますから、自分が探しているものがどこにあるかはわかっているでしょう。あなたが知りたいことをきっと話してくれますよ」
エリットはカレンに向かって微笑んだ。カレンはうなずいて待つことにした。
しばらくして、ハティスは抱きかかえるほどのサイズと、片手で持てる小さな2冊の本を持って戻ってきた。それを机に置くと、ゆっくりと椅子に座った。それを見たミラとソラは、本を見るのを中断してテーブルに着いた。
「ハティス様、その本は」
「これはな、大規模かつ特殊な結界のことを記した本と、城の詳細な設計図が集められた本だ」
「城の詳細な設計図って、そんなものまであるんですか。もし流出でもしたら一大事でしょうね。でも結界というのは、そんなすごいものなのですか?」
ミニックが驚きながらもそう言った。ハティスは落ち着いた仕草でその質問に答えた。
「大規模な結界というのは町をまるごと1つ封鎖することも可能なのだ。使い方によっては極めて危険なものになる。もっともそれだけのものが使える者など、ほとんどいないはずだが」
「そうなんですか、それで、その2つがどう関係するんですか?」
「まずはこれだ」
ハティスは大きなサイズの本を開き、それを全員に見えるようにした。ミラはそれを覗き込んで首をひねった。
「これはどこの城なんです?」
「ノーデルシア王国の首都の城だ。もっとも、この設計図は数100年前のものだから、今では細部はだいぶ違うはずだろう。だが、それは重要ではない。本当に重要なのはこの城の基礎にあたる部分と、ここだ」
ハティスが指差したところは地下にあり、設計図では空白になっていた。
「この図には何も描かれていないが、私の推測が正しければこの場所にこそ、勇者が倒れた原因があるはずなのだ」
一同の先を促すような視線を受けて、ハティスはもう1冊の小さな本を開き、自分の懐から紙とペンを取り出した。そして、その紙に本から何かを書き写し始めた。書き終わると、その紙を設計図の隣に置いた。
「この紙に描いたものと、設計図を重ねて見るとわかるのだが、この城の基礎というのは、ある目的を持って作られている」
「結界ですか」
カレンはすぐに気がついた。
「その通りだ。そしてこの結界の効果は封印。この空白の場所にあるものを封じ込めているのだよ」
「城をまるごと使った封印結界ですか。ハティス、あなたはこれがなんのためかも、予想がついているのではないですか」
「それはここにある書物だけではわからなかった。だが、各地に残っている伝承をつなぎ合わせると、私には1つの可能性が考えられるようになってきた」そこですこし間を置いた。「これだけの結界を考え、実行できたものは伝説の英雄くらいしかいないはずだ。おそらくこの城の設計をしたのはその英雄、そして、それを使って封印されているのも、その英雄だと考えている」
「なぜでしょうか」
そう聞いたカレンの顔をハティスはじっと見た。
「カレン、伝説の英雄はお前と同じ力を持っていたはずだと言ったな。つまり、それは破滅と創造という両面を持っている。もし、そのうちの破滅の力が大きくなりすぎたらどうなる」
「おそらく私の体は耐えられない可能性が高いでしょう。あるいは魔族のようになってしまうか」
「そうだ。だが、もし大きくなった破滅の力に耐えるだけの体と魔力を持っていたらどうなる?」
「体が耐えられたとしても、それはもはや人間とは呼べないものになっているでしょうね。魔族よりも、もっと純粋な破滅の力を持った存在」
「そう、魔族は人間と悪魔の中間のような存在だ。それを超える、つまり悪魔がこの現世に出現することになる。通常ならば召喚には器を必要とし、それに縛られる存在のはずのものが、自由を得て生まれるのだ」ハティスは大きくため息をついた。「理由はわからないのだが、おそらく英雄は自分がそうなりつつあるのを知り、そのために自らを封印したのだろう」
部屋に沈黙が訪れた。その中で一番最初に立ち直ったのはミラだった。
「でも、なんでそのことがタマキ師匠に関係あるんですか?」
「たとえ強力な結界の中でも肉体は500年もあれば滅びるだろう。だが、魂は別だ。何らかの理由で結界が少しでも弱まれば、すでに悪魔の核とも言えるものになってしまっている可能性のあるそれは、新しい肉体を求めるだろう」
「そして、それが伝説の英雄に匹敵する力を持つタマキ様の体に影響を与えているわけですか」
カレンの口調は落ち着いていたが、テーブルの上に置かれた手は強く握り締められていた。