大賢者の研究
カレン達はハティスが滞在しているあばらやに到着した。ハティスは先にそのあばらやに入り、大きな敷物を出してきた。
「いや、ここは人をたくさん入れられるようなものではないのでな」
誰に言いわけするでもなく、家の前に敷物を広げた。カレン達4人はその上に腰を下ろした。ハティスも同じようにした。
「さて、それではなぜ私のところに来たのか、それを説明してくれるかね」
ミラが口を開こうとしたが、カレンの視線に気づいて口を閉じた。
「要点だけ言いますと、タマキ様が倒れました」
「それは、病気、というわけではないのだね」
「はい。タマキ様の体内で力が乱れているのですが、おそらくその原因は外にあるのではないかと思います」
それを聞いたハティスは大きくため息をついた。
「そうか。そうなってしまったか」
カレンはその言葉に少し眉をひそめた。
「こうなることは予想していたのですか?」
「そういうことだ」
ハティスはしばらくの間、目を閉じて考え込むようにしてから口を開いた。
「まずは伝説の英雄の話から始めよう。500年前、当時はまだノーデルシア王国のような強力な国はなく、魔物の脅威も今よりも大きかった。そこに現われたのが、名前もわからない、ただ伝説の英雄として知られる人物だった」
「その英雄は凄まじい魔法で魔物や魔族を倒して平和をもたらし、ノーデルシア王国の基礎を作ったんですよね」
ミニックの言葉にハティスはうなずいた。
「その通りだ。だが、その英雄は建国の後はいくつかのスペルカードを残し、姿を消したのだ。その理由は不明とされている」
「500年前の話と今回のことが関係あるって言われても、どうなんだろうね姉さん」
ソラは小声でミラにそう言ったが、頭をはたかれた。
「いいから黙って聞いてなさい」
ハティスはそれに気づいていたようだが、かまわずに続けた。
「私は人生を捧げて、姿を消した伝説の英雄の足取りを追ってきた。そして、その中で伝説の英雄と呼ばれた人物のことが少しずつわかってきたのだ。まずその人物はな、カレン」
ハティスはカレンの名を呼び、その顔をじっと見た。
「おそらく、英雄はお前と同じ力の魂を持っていた。そして、その魔力は今の勇者と同等かそれ以上のものだっただろう」
「つまり、伝説の英雄というのは、タマキ様と私の力を併せ持つ存在だったということですか?」
カレンの言葉にハティスは重々しくうなずいた。
「集めた伝承によれば、おそらくその通りだろう。それほど強力な力を持っていたのだ」
それを聞いてミニックは腑に落ちない顔をした。
「ちょっと待ってください、それならなんで王国の基礎を作るだけで、王にもならないで姿を消したんですか?」
「そうできない事情があったはずなのだが、それはわからなかった。しかし、今回のことで考えていた1つの可能性が現実味を帯びてきた」
「その可能性というのは、どういうことでしょうか? それに、そのことがどうタマキ様と関係するのでしょうか?」
「残念だが、今はまだ言えん。確証を得るためには知の都に行かなくてはいかんのだ」
ハティスはそこで言葉を切り、それぞれの顔を見まわした。そして立ち上がろうとした。だが、それはカレンに止められた。
「ハティス様、お話しておきたいことがあります」
「なんだね?」
「まず、タマキ様は私の魂の一部を持っています。あの方を救うためにそうしました。そしてもう1つ、タマキ様と私の記憶は現在、混ざり合っています」
「うむ」
カレンの言葉に、ハティスはそれだけ言ってうつむいた。それからおもむろに顔を上げた。
「それも考えなければならないことだな。とにかく、今は知の都を目指さなければならん」
「わかりました。では町に戻って準備をしてから、明日の朝、お迎えに上がります」
カレンとあとの3人は立ち上がり、町に向かった。
町に戻った一行はとりあえず宿に集まった。
「ここから知の都までは、まあ10日といったことろですから、食料の調達も必要ですね」
「また前の隊商と一緒に行くのはどうなんです?」
ミニックがそう聞いたが、カレンは首を横に振った。
「私達の出発は明日ですが、隊商はもうすこし滞在するようなので、残念ですがそれは無理ですね」
「そうなんですか。それじゃ、僕達だけか」
「そんなこと言ってないでさっさと買出しに行くよ」
ミラがミニックを無理矢理引っ張っていった。
「それでは私達はそれ以外の準備をしましょうか」
「はい」
残ったカレンとソラは厩舎に向かった。2人はそこで荷馬車と備品類のチェックを始めた。
一方、ミラとミニックは食料の買出しのために市場に来ていた。
「あなた達」
その途中、後ろから声をかけられ、2人が振り向くと、そこにはシェイラが立っていた。
「今朝のあれは一体なんだったの? あなた達もあの変な男もすぐにどこかに行ってしまったし、よければどういうわけなのか聞かせてもらえない?」
ミラとミニックは少し顔を見合わせた。
「どうします、正直に話すわけにはいきませんよ」
「別に明日出発するんだし、適当にごまかしておけば大丈夫だって」
そう小声で言ってからミラはシェイラに笑顔で向き直った。
「あー、いえ、大したことじゃなかったんです。そのなんというか、あれは勘違いだったんです」
「勘違い?」
「そう、勘違いです。いや、どうもあの男は賞金稼ぎかなんかだったみたいで、それで勘違いをしてあんなことになったんですよ。あの後カレン師匠があの男を締め上げて誤解は解いたので何の問題もありません」
「賞金稼ぎ」シェイラはその単語にだけ反応した。「確かにただ者じゃない雰囲気だったしね」
「そうですそうです、それで今言ったように問題は解決済みですから、大丈夫です」
「まあ、こうしてここに戻ってきてるっていうことは、少なくとも問題は解決したのね。あの男が賞金稼ぎなんてものだとは思えないけど」
「ははは」
いぶかしげなシェイラの様子に、ミラはなんとなく笑ってごまかした。ミニックもなんとなく同じように笑ってごまかした。シェイラは2人の様子を見て、苦笑いを浮かべた。
「話したくないことがあるなら、無理にごまかしたりしなくてもいいから。それにカレンからあなた達の目的も聞いてるしね」
「え? 聞いてたんですか」
「大賢者ハティスっていう人を探してるんでしょ。残念ながら力にはなれなかったけどね」
「いえ、それならもう大丈夫です」
「見つかったの?」
「はい、それで明日にはここを発つので、食料の買出しに来てたところなんです」
「そうだったの。今回は一緒に行けないけど、道中気をつけてね」
そう言って、シェイラは手を振ってその場を立ち去った。ミラは頭をかきながら軽く息を吐いた。ミニックもため息をついていた。
「なんか、ぐっと疲れましたね」
「まあ、納得はしてくれたみたいだし、これでいいでしょ。魔族だなんだなんて言ったら、話がややこしくなりすぎるから」
「ですね。じゃあ、早いところ買出しを済ませちゃいましょう」
「そうそう。さっさとすませて、明日からの旅に備えてたっぷり休んでおかないとね」